誘導者。1

「コイツが誘導者ナビゲーターのセルカだ」


 ギルドマスターにバシッと背中を叩かれて迷惑そうに表情を歪めるのは金髪坊主頭のまだ幼さの残る青年。


 セルカは迷惑そうな表情そのままに、バーンダーバ達を値踏みするように遠慮のない視線で眺める。


「腕は立つんだって? 迷宮は初めてなんだよな? なら、俺の言うことに従ってもらうぜ」


 声変わりもまだなのか、青年は高い声だ。


「ああ、よろしく頼む」


 笑顔で差し出したバーンダーバの手を、驚いた顔で見つめる。


 その反応を見てギルドマスターがニヤッと笑った。


「な、セルカ。大丈夫って言ったろ?」


「そうっすね、まぁ、まだ分かんないっすけど」


 セルカは疑わしげな顔でバーンダーバの手を握った。


「若いしちょっとめんどくさいヤツだが、誘導者ナビゲーターとしての腕は確かだ。コイツのナビしたパーティの生存率は悪くない」


「めんどくさいは余計でしょギルドマスター。それで? 行くのは北の荒野の迷宮か?」


「そうだな、近いし、北の荒野が無難だろう」


 バーンダーバ達に変わり、ギルドマスターが相槌を打つ。


「他にはどこがあるんだ?」


「マジか、いくら白色冒険者ルーキーって言っても知らなすぎだろ。ギルドマスター、本当に大丈夫なんすか?」


 バーンダーバの疑問にセルカが苦笑いを浮かべた。


「戦闘力に関しちゃ保証する、バンさんよ、しっかり自己紹介しな」


 ギロリとギルドマスターが睨む。


「ああ、すまない、セルカ。私と迷宮に行く前に大事な話しがある」


 バーンダーバの脳裏に、グレイソードのメリナの顔が浮かぶ。緊張ですぐに次の言葉が出ない。


「なんだよ」


「…… 私は魔族だ」


 一息に、ボソリと言った。


「ああん?」


 セルカが首を傾げて頭にクエスチョンが浮かぶ。


 振り返ってギルドマスターを見る。


「ま、そうなるわな。信憑性はある、今回は俺から説明してやろう」


 ギルドマスターが椅子に座って机に足を乗せ、いつものリラックスした体勢をとる。



 ~~~~~~~~~~



「んで、魔界に食料を送りたいって? 本気かよ」


「もちろんだ、私は魔界を豊かにして魔族が現界へと侵攻するのを無くしたいと思っている」


 ギルドマスターのかいつまんだ説明の後、聞き終わったセルカの表情はなんとも言えない、微妙な表情である。


「…… あー、まぁいいや、めんどくせぇ。俺は誘導者ナビゲーターの報酬さえちゃんと貰えるんなら、アンタの事情はどうだっていい」


 バーンダーバの心配をよそに、セルカの反応は坊主頭を少しかいて肩をすくめるだけだった。


「本当か?」


「いいって言ってんだろ、ギルドマスターの紹介だしな。んで? 行くのは荒野の迷宮でいいんだな?」


「あ、ああ。そこで良い」


 あまりにあっさりとした終わり方に、緊張していたバーンダーバは肩透かしを食らった。


「それじゃあ」と、セルカが地図を出してテーブルに広げる。


 セルカが地図上で「ここだ」と指差したのはバーンダーバとフェイが出会った北の荒野だった。


「往復で3日、迷宮内で、今回は初探索だから3日かな。余裕を持って全部で10日分の食料とその他の備品、回復術師の力量は? それによって回復薬ポーションの量とかも変わってくるんだけど」


「準備までしてくれるのか?」


「素人が揃えたら足りなかったり多すぎたりするからな、それで? 回復術師の力量は?」


 バーンダーバがフェイを見る、この中で回復魔法が使えるのはフェイの腰の魔剣だけだ。


「えーっと、どうなんでしょう」


 フェイが困った顔になる。


「おいおい、まさか回復術師がいないなんて言うなよ?」


《小僧、力量というのが曖昧で分からん。どの程度の技量が欲しいんだ?》


「え、なに、今の誰?」


 唐突に聞こえた知らない声、部屋の中の"人間"の顔をセルカが見回した。


《中々に良い反応だな小僧》


「どわっ、びっくりした。嘘だろ? ソレか?」


 セルカがフェイの腰に下がったフェムノを見る。


「がははは、驚いただろう。それがさっきも説明した聖剣だ」


 嬉しそうにギルドマスターがフェムノを指差す。


「喋んのかよ! どうなってんだ?」


《どうなっているかは秘密だ。それで? お前の求める回復術師の技量はどの程度なんだ?》


「あ、あぁ、そうだな。どのくらいの傷なら治せるん、ですか?」


 喋る聖剣に、セルカが畏まった顔になる。


《どんな傷でも"塞ぐ"程度なら可能だ、無くした腕を生やしたりは出来んがな》


「以前に腹部の内臓に達する程の傷を一瞬で治してました」


 フェイが捕捉する。


「スゴいな、何回くらい出来ますか?」


《100は可能だ》


「どんだけだよ、分かりました。それじゃあ、ポーションは控えめですみそうだな。じゃあ、準備代金は金貨1枚と大銀貨2枚でいい」


「これで足りるか?」


 バーンダーバが硬貨の入った財布をそのままセルカに渡す、セルカが巾着を開いて数える。


「足りねぇ」


「あ、待ってください」


 フェイが懐から財布を出し、足りない分を渡した。


「確かに、そんじゃあ出発は明日の朝。門が開く明け方にしようか、集合はここの食堂でいいだろう?」


 セルカが巾着を大事に上着の内ぽけっとにしまった。


「それで構わない」


「んじゃ、また明日だ」


 セルカが足早に部屋を出ようとする。


「今から買い出しに行くのか?」


「あぁ、そうだけど?」


「私もついていってもいいか?」


 セルカの表情が曇る。


「信用しろ、ちょろまかすような事はしねぇよ」


 巾着の入った内ポケットを叩く。


「いや、そうではない、単純に何を買うのか見たいだけだ」


「あぁ、それなら、まぁ、いいけど」


 良いとはいってもセルカの表情は非常に嫌だと物語っている。


「すまない、よろしく頼む。フェイとロゼはどうする?」


「アタイはいいや」


「でしたら、ロゼは私と湯屋に行きませんか?」


「いいね、そうしよう」


「では私はセルカと出掛けてくる」


「はい、宿は取っておくので名前を言えば部屋に入れるようにしておきますね」


「ありがとう」


《小僧、ソイツは世間知らずでちょっと馬鹿だ。世話を頼んだぞ》


「へ?」


 セルカがドアノブに手をかけたまま、フェムノを見る。


「いや、まぁ、世間知らずは認めよう」


「フェムノ、口が悪すぎますよ。すみませんセルカさん、バンはよそ見が多いのでたまにちゃんと着いてきているか後ろの確認をお願いしますね」


 セルカが視線をフェイからバーンダーバに移す、見るとバーンダーバの顔が若干悲しそうに見えた。

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