紅髪の冒険者。1
紅い閃光が消え、フェイが眼を開いた先にいたのは胸と腰回りを隠しただけの鎧に身を包んだ燃えるような紅髪の女性。
背はバーンダーバよりも高い。
呆気にとられたフェイが髪と同じ燃えるような紅い瞳を見上げる。
フェイを見下ろし、女性はニヤリと笑った。
「あんがとねフェイちゃん」
ポンと肩を叩くと、フェイの横を通ってバーンダーバの元へと歩く。
「お主……
あまりの変わりように、と言うより、思っていなかった姿が現れてバーンダーバの口が開いている。
「そうさ、でも、ロゼって呼んどくれ。 もう
そう言いながら、妙に身体に近い位置で
妖艶な笑みを浮かべて、バーンダーバの首に両手を絡ませる。
「それで? 魔弓のバーンダーバさん。 アタイと一緒に旅をするってことは、
バーンダーバよりも背は高いが、バーンダーバよりも小さな顔を少し傾げてにっこりと微笑む。
妖艶な美しさと可愛らしさ、普通の男なら怖気の走る美貌だが、バーンダーバは困った顔で瞳を泳がせる。
「え、いや、そ、そうはならないだろう?」
バーンダーバはロゼの肩越しにフェイの顔を助けを求める眼で見る。
フェイの顔は若干、不機嫌そうに見えなくもない。
「あの、ロゼさん? 近くないですか?」
「ん?」
ロゼがフェイの方を振り返る。
フェイの顔を見て、バーンダーバの顔を見る。
交互に2人の顔を見たあと「ふぅ~ん」と意味深に鼻を鳴らした。
「な、なんですか?」
ロゼの視線にフェイがたじろぐ。
「いや、なんでもないよ。 悪かったね」
ロゼがバーンダーバの肩から手を離す、バーンダーバはあからさまにホッとした顔になった。
「ところで、今さら言うのもなんだが、ここから離れても大丈夫なのか? お主がここの王なのだろう」
「問題ないよ、アタイは元々、特に何もしてないからね。 ロスロヴェルス、留守は頼んだよ。ま、留守っても戻って来ないかもしんないけど。アンタ達も好きにしな」
「仰せのままに」
ロスロヴェルスが片ひざをついて答える。
「それじゃ、行こうか」
ロゼは返事も待たずにカツカツとブーツの音を鳴らして歩いていく。
フェイとバーンダーバは一瞬顔を見合わせた後でロゼに続いた。
通路を通り、階段を下りて、広間のレッドドラゴン達の前を通る時には「ロスロヴェルスに頼んであるから、皆よろしく」と、それだけ言ってロゼは立ち止まりもせずに歩き去った。
レッドドラゴン達はざわつきもせずに頭を下げただけだ。
出口が近付くとロゼの歩調はいっそう速くなる。
出口はもはや飛び出すように出ていった。
「んあぁぁああ~、最高の天気じゃないか! 良い日に外へ出られたもんだねぇ」
追い付いて外に出ると、ロゼは長い手足を太陽向かって思い切り伸ばしていた。
「ロゼさんもしかして、外に出るの初めてなんですか?」
空に向かって体を伸ばしていたロゼが振り返る。
その表情は大人の魅力をふんだんに含んだ見た目からはかけ離れた、無邪気な笑顔だった。
「まさか、流石に初めてじゃないよ。 親父がまだこっちにいた頃は一緒に空を飛び回ってたさ。 まぁ、ずいぶんと久しぶりなのは間違いないよ」
笑顔で答えるロゼ、その表情は龍の姿をしていた時の陰惨な面影はない。
フェイは少し、祝福を受けて良かったなと思った。
「んで、これからどこへ行くんだい?」
「ダイナスバザールへ戻ろう」
追いついたバーンダーバが答える。
「バーンダーバさん、アンタの計画はどんなモンなんだい?」
「バンでいい、私もロゼさんが嫌でなければロゼと呼ばせて貰いたい。 一緒に旅をするならその方が良いかと思うんだが」
「構わないよ、バン。 好きに呼びな」
それを聞いてバンはにっこりと笑った。
「私は何もかもを知らなすぎる、だから、今はヒュームの暮らしぶりを学ぶ為に冒険者をしている」
「ふーん、そのあとは?」
「分からん、食料をたくさん手に入れて魔界へ送り続ける方法を探すんだ」
「…… アンタ、それは計画って言うのかい?」
《コイツは馬鹿なんだ、その上考える前に行動、という程の行動力もない》
ひどい言い種である。
ロゼがフェイの腰の聖剣を見つめる。
「にしても、妙な組み合わせだねぇ。 勇者のフィアンセに聖剣に、魔界最強の魔族。 そこにアタイが入ったらもひとつ変な組み合わせだ」
何が面白いのか、ロゼがケタケタと笑う。
「私も、なんだか運命を感じますね」
「運命か、アタイの運命は勇者に会って終わるはずだったのに、それがどうして魔界を豊かに、ねぇ。 ま、暇だし付き合ってやるかね」
「ありがとう、それじゃあ行こう」
バーンダーバが先頭に立ち歩き始めた、景色を楽しむようにゆっくりと山の斜面を降りていく。
「そのダイナスバザールってのは、こっからどれくらいの距離なんだい?」
ロゼが両手を頭の後ろで組んで器用に斜面を降りる、まるで猫のようにしなやかな動きだ。
「普通に歩いたら4日ほどか、私とフェイは走って半日だった」
「ふ~ん」
ロゼは鼻を鳴らしただけで、後は黙ってついてきた。
イスラン火山の山肌を下り、山の麓の樹海の中に入るとロゼがだんだんと飽きた顔になる。
「森ってのはジメジメしててなんか辛気臭いねぇ」
ロゼが鼻をスンスンと動かしながら愚痴を洩らす。
「そうですか? 私は好きですよ、森」
フェイがにっこり笑って木を見上げる、一行は走らずにゆっくり森の中を歩いている。
「エルフは木の中に住んでるってのは本当なのかい?」
「はい、私の故郷は神聖樹ファランツリーです」
「アタイにゃ合わなそうだね、って言うか、歩くのも億劫になってきたよ。 この調子で歩いて行く気かい?」
ロゼが立ち止まる。
「そうだな、森を出るまでは歩こうと思うが」
「焦れったいね、アタイの背中に乗んなよ。 スカッと飛んできゃ速いじゃないか」
ロゼが空を指差す。
「乗せてくれるのか?」
バーンダーバの顔は嬉しそうだが、フェイの顔はひきつっている。
「だから乗りなって言ってんだろ、アタイもせっかく外に出れたんだから空を飛び回りたいんだよ」
ロゼの身体が紅く輝く、一瞬の後にそこにいたのは美しい紅い鱗のレッドドラゴン。
「ん? 洞窟で見た時よりも小さくないか?」
洞窟の時と比べれば今は半分ほどの大きさである。
『大きさは任意で改変が可能だ、まぁ、本来よりも小さくなれても大きくはなれんがな』
《なぜ口調が変わる?》
『気分が変わるんだ、龍の姿と人の姿での私は別人くらいに思え』
「間近で見ると本当に美しいな、太陽の下で見ると一段と綺麗だ」
《お褒めに預かり光栄だ、さあ、早く乗るがいい》
ロゼが乗りやすいように姿勢を低くする。
バーンダーバは「失礼する」と言ってから飛び乗り、フェイに向かって手を差し出す。
フェイは顔をひきつらせながらも、なにも言わずにバーンダーバの手をとった。
ぐいっと引き寄せられ、バーンダーバの前に収まった。
『行くぞ、しっかり掴まれ』
言うと同時に地面を蹴り、大きな翼が空気を押し潰すように上下に動く。
巻き起こった旋風に、森の木々が中ほどから
フェイの小さな悲鳴は風の音に欠き消された。
ロゼの巨躯がバーンダーバ達を乗せてみるみるうちに空へと上がる。
「すごいな! 森がもうあんなに小さい、見ろフェイ! あれはドリフの村だ! 煙突から煙が上がっているのが見えるぞ」
はしゃぐバーンダーバの前でフェイは眼をぎゅっと瞑って開かない。
「すみません、ちょっと怖いです」
それだけを絞り出した。
『ダイナスバザールの方角はどっちだ?』
「太陽を背に少し左だ」
バーンダーバの説明に『わかった』と呟くと、翼をはためかせて速度を上げた。
またフェイが「ひっ」と鳴いた。
「フェイ、怖いかも知れないが少し眼を開けてみたらどうだ? この景色はちょっとスゴいぞ」
言われてフェイが瞳をほんの少し開く。
視界には、上には雲が掴めそうな距離にあり。
眼下には地平線まで見渡せる絶景が広がっている。
地平線に沈んでいく海、線で描かれた山々、上から見る森は角度を変える度に緑が色を変えて輝いている。
いつの間にか、フェイの眼はいっぱいに開いていた。
「…… スゴいですね」
「そうだろう? これを見れただけでも、私は現界に来て良かったと思える」
見下ろす大地に流れる川、溢れる緑。
遠くの山々。
全ての景色が色鮮やかに、胸を打つ光景が広がっている。
「心を空っぽにして歩いていた頃は、世界がこんなに美しいとは分からなかった」
「…… そうですね」
『景色は気に入って貰えたようだな』
ドラゴンの姿の時は地響きのような荘厳な声音のロゼだが、それでも口調はどことなく嬉しそうな感じがする。
「あぁ、ありがとうロゼ」
『あれがダイナスバザールか?』
飛び立って1時間もしないうちに、目前に大きな円を描いた塀が見える。
円の中にはぎゅっと人の営みが詰まっている。
「すごいな、もう着いてしまった」
『冒険者ギルドというのはどこだ?』
「街の中心にある古城の中にある」
『わかった』
返事をするとロゼはダイナスバザールの中心に向かってぐんぐん高度を下げる。
ドラゴンに気づいた街の人々が指を指して悲鳴をあげる。
走って逃げる者、慌てて樽のなかに頭を突っ込む者、子供を背中に庇う母親。
一緒に歩いていた女性を置いて逃げる男。
地上は一瞬で阿鼻叫喚の騒ぎになった。
「ロゼ、このまま降りたら大事になりそうだ! 場所を変えよう!」
『面倒だ、このまま降りる』
聞く耳を持たずにロゼが街中の大きめの道に降り立った。
紅い閃光と共に人の姿に変わる。
「バン、冒険者ギルドってのはここかい?」
冒険者ギルドの看板を指差して、回りの大騒ぎも全く気にならない様子である。
「ああ、そうだ」
「んじゃ、行こうか。邪魔したね」
一言だけ、通りで目を点にしている通行者に言うとさっさとギルドの扉を潜って入っていく。
バーンダーバとフェイもペコリと街人達に捨てお辞儀をして逃げるようにギルド内へと入っていった。
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