紅い鱗の王。2

《かははははっ、かぁーはっはっはっは、かふっ、かっは、げほっげっほ!》


 なんで剣の癖にむせるんだろうかと、バーンダーバは素朴に疑問である。


 今、紅い鱗の王ロッソケーニヒと相対した大広間には魔剣の笑い声のみ・・が響きに響き渡っている。


 バーンダーバも、フェイも、紅い鱗の王ロッソケーニヒも、あの石のように無表情なロスロヴェルスでさえ、苦い表情を浮かべている。


《傑作だ、勇者にフラれていじけた者がこれで4人にまで増えたぞ! 信じられん、なんと酷い勇者か。 空気という物をまったく読まないクソ迷惑な男だ! かははははっ!》


 フェムノが笑う理由。


 それは龍の顔に苦々しい表情がこうも浮かぶのかというほどに顔を歪ませた紅い鱗の王ロッソケーニヒの話を聞いたせいである。



 ~~~~~~~~~~



 レッドドラゴン、紅い鱗の王ロッソケーニヒは時の大神クーンアールが300年前にした予言の"4人の魔王を従えた大魔王"に対抗するために闘争の龍アグレスドラゴン愛情の龍エロイスドラゴンに命じて誕生させた。


 理由は、大魔王と戦う勇者に"闘争の加護"を与えるため。


 イスラン火山に生まれて300年。


 種族を増やしながら、紅い鱗の王ロッソケーニヒはその時を待った。


 そして予言通り、魔界から魔王を従えた大魔王が現れた。


 瞬く間に中央大陸を制圧し、紅い鱗の王ロッソケーニヒの住まうイスラン火山の麓も大魔王の軍勢に支配された。


 紅い鱗の王ロッソケーニヒは住処を囲う魔王軍をわざわざ追い払うような真似はしなかった。


 方位する魔王軍四天王、怒炎のオンオールを見て


『この程度の存在を倒せないような勇者であれば、加護を与えるに相応しくなかろう』


 そう考え放置した。


 大魔王が現界へ侵攻して2年が過ぎた頃、ようやく勇者は現れた。


 上空から見たレッドドラゴンの話しでは、勇者は女とたった2人で現れたそうだ。


 "ようやく、自分の使命も終わる"


 紅い鱗の王ロッソケーニヒは勇者に加護を与えるまでイスラン火山を動くことは出来ない。


 大きな翼を持って生まれたのに、自由に羽ばけない事に歯痒さを持つのはごく自然である。


 そして、勇者は見事イスラン火山に陣を張るオンオールの軍勢を撃ち破り、オンオールを壮絶な一騎討ちの末に打ち倒した。


 紅い鱗の王ロッソケーニヒは待った。


 勇者が自分の元へと訪れ、使命を全うするその瞬間を。


 だが。


 勇者はオンオールが漏らした最後の言葉に力なく首を左右に振るとそのままイスラン火山に背を向けて去っていった。


 訳が解らぬままに。


 まさか、そのまま来ないという事はないだろう。


 そう考えて紅い鱗の王ロッソケーニヒは勇者を待った。


 何をしに勇者は戻ったのか?


 忘れ物?


 バカな、ここまで来て。


 1日。


 2日。


 3日経っても勇者は来ない。


 意味が解らない、しばらく後に勇者が大魔王を討ったと報告を聞いた。


 怒り、絶望し、虚無感に支配された後は勇者を恨み、神を恨んだ。


 自分の存在は一体なんだったのか?


 自問自答を繰り返し、イライラは募るばかり。


 私に気を使った子供達が、天井に魔法で空を映してくれたが、気は一向に晴れない。



 ~~~~~~~~~~


 話を聞いた聖剣は、ゲラゲラと下卑た笑い声を上げながら目の前にいる元魔王軍四天王筆頭の現況を面白おかしく喋り。


 勇者にフラれた可哀想な許嫁の話しを道徳観皆無で話して聞かせた。


 そして、今に至る。


 笑っているのは、下卑た魔剣だけだ。


紅い鱗の王ロッソケーニヒよ、提案がある」


 バーンダーバが声をかけた。


『…… なんだ?』


 バーンダーバ達が来た時から悪かった機嫌は、魔剣のせいでさらに悪くなっている。


 呼び掛けたバーンダーバをギロリと睨む。


「良ければ、私達と旅をしないか?」


『…… 行って何をするというんだ? 傷を舐め合うのは御免だ』


 紅い鱗の王ロッソケーニヒは「ふん」と鼻をならした。


「私は、魔界を豊かにして、魔族が現界へ侵攻するのをやめさせたい。 お主の役目は勇者に加護を与えて魔王を祓う事だ、だから、私の目的に通じるものがあるのではと思ったのだ。 お主の存在意義からそう遠い話しではないだろう。 私に力を貸してもらえないだろうか?」


 紅い鱗の王ロッソケーニヒは『ぐるる』と唸り、値踏みするようにバーンダーバを見つめる。


『魔界を豊かにしてなぜ争いがなくなる? 腹が膨れてまた攻めてくるだけの話しではないのか? むしろ、侵攻してくる魔族が飢えていないだけ被害は増すだろう』


「そうならぬ様にするのだ、その為にまずは魔界を豊かにする。 今の魔界は余りにも貧しすぎる、満ちているのは不満だけだ。 そんな状態で現界に侵攻するなと言っても無理な話だ、腹が減って目の前にご馳走が並んでいる。 戦う理由しかないのが今の魔界の現状だ、せめて、戦わないでもいい理由が欲しい」


『分からんな、魔族は食料なんぞあろうが無かろうが争い続けてきた。 今さら争いが無くなる筈も無い』


「だが、私のように争いを好かない者もいるのだ。 それに、腹が減っていては話をする気にもなれない。 だから、まずは食料が必要なのだ」



『……』


「協力して貰えないか?」


『…… いいだろう、フェイよ、先程は怒鳴って申し訳なかったな』


「え、いえ、そんな」


 急に話をフラれたフェイが慌てて返す。


『フェイ、詫びと言ってはなんだが。お前に闘争の加護を与えよう』


「…… へ?」


 フェイの目が点になった。


『私とて、ここから出たい気持ちはある。だが、私は勇者に加護を与え、役目を終えねば自由になれない。 フェイよ、まがりなりにもお前は聖剣を持っている。 ならば、ついでに私の加護も受け取るがいい』


 ついでに受け取るには荷が重すぎる。


 むしろついでの意味も分からない。


「そんな、私には荷が重いです、無理です無理です!」


 手を振り回した後で顔の前で大きくバツを作る。


『だが、私は加護を与えなければここから出ることが出来ない』


「そ、それならバンにお与えください」


『まがりなりにも、勇者に与えるべき"闘争の加護"だ。魔族に渡すわけにはいかぬ』


「フェイ、助けると思って貰ってくれないか」


《フェイ、力はあって困る物ではない。貰っておけ、それで全て丸く収まる》


 バーンダーバとフェムノが退路を絶つように話を合わせる。


「…… うぅ、分かりました」


『ありがとう、ではこちらへ来てくれるか』


 フェイはカチコチに緊張し、手と足を一緒に出しながら紅い鱗の王ロッソケーニヒの牙が届く位置まで進んだ。


 紅い鱗の王ロッソケーニヒは、巨大な鎌首を動かして顔をフェイの顔の前まで、吐息がかかるほどまで近付いた。


『汝、如何なる敵にも臆さず向かい、蛮勇の謗りを受けようと歩みを止めぬ事を誓うか?』


 紅い鱗の王ロッソケーニヒの双眼が、フェイを包み込むように見つめる。


「はい」


 内心、フェイは今すぐ逃げ出したいのを堪えて返事を返した。


『汝、如何なる逆境にも心を震わせ、死せる瞬間まで歩みを止めぬ事を誓うか?』


「はい」


『汝、挑む心を失わず、例え敵がいなくなろうとも自らに挑み続ける事を誓うか?』


「はい」


『フェイよ、そなたに紅い鱗の王ロッソケーニヒより闇を打ち払い光をもたらすための"闘争の加護"を与える』


 紅い鱗の王ロッソケーニヒがフェイの額に口をあてた。


 空間を埋め尽くす程の紅い閃光が弾ける。


 全員の視界が奪われ、ようやっと眼を開けると。


「うあぁぁあ、疲れた、これでようやっとアタイも面倒な使命から解放されたよ。フェイちゃんありがとね」


「へ?」


 長身の美女がフェイの前に立っていた。

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