紅い鱗の王。1

 石を削り出し、磨き上げられた壁にはそこかしこに精巧な飾り彫りがある。


 普通はあるはずの天井を支える柱が何処にもない。


 そのせいで空間が異常に広く感じる。


 床には見事な紅い絨毯が敷かれている。


 壁には剣がそこかしこに掛けられているが、どれ一つ同じものはない。


 だが、一番眼を引くのは天井だ。


 天井がない。


 そこには先程まで眺めていた空があった。


「フェイ、見てみろ。 凄いぞ、空がある」


 先に入っていたバーンダーバが子供のように上を見上げて笑っている。


「もうバン、置いていかないで下さいよ」


「あ、すまない。 夢中になってしまった」


 フェイは口を尖らせて見せるが、すぐにまた天井に視線を向けた。


「凄いですね、どうなっているんでしょう」


「お褒めに預かり光栄です、実際の空を魔法で写し出しています」


 いつの間にか後ろに立っていたロスロヴェルスの声にフェイは飛び上がりそうになった。


「レッドドラゴンは凄いな、こんな城を造れるとは」


「いえ、この城内の意匠は出入口の隠蔽と空の写し以外は全てドワーフ製です」


「ドラゴンとドワーフは仲が良いんだな」


「いえ、ドワーフが造ったものを闘争の龍アグレスドラゴン様が奪われました。 そこへそのまま我らレッドドラゴンは住んでおります」


「まったく、あの男はどこにいても乱暴なんだな。 そうか、ドワーフが造ったのか……」


 バンは小声でポツリと言って、壁の装飾からまた天井の空を見上げた。


「行きましょう、紅い鱗の王ロッソケーニヒがお待ちです」


 天井を見上げるバーンダーバにロスロヴェルスが手で先を促す。


「あぁ、そうだな」


 まっすぐ伸びる通路をロスロヴェルスの後に続く、人が10人は楽に並べそうな横幅の通路だ。


 先には巨大な両開きの扉が見える。


 壁にはずっと剣や斧、槍等の武器がかかっている。


「この武器も全てドワーフ製なのか?」


「いえ、中にはドワーフ製の物もありますが、殆どが我らに挑んで死んだ人間の武器です。 我らの主紅い鱗の王ロッソケーニヒは"武器"を集めるのが好きなのです」


「…… そうか」


 バーンダーバが後ろを歩くフェイをチラリと見ると、フェイは壁に並んだ大量の武器を眺めて顔をひきつらせている。


 バーンダーバはここへ来たことを今さらながらに少し後悔し始めていた。


 彼の腹積もりとしては現界で唯一、魔界との繋がりのある知り合いの知り合いのようなレッドドラゴンに会い。


 自分にもこんな繋がりがあるんだとちょっとフェイとフェムノに見せようという程度の感覚だった。


 そんなバーンダーバの軽い感覚とはレッドドラゴンのロスロヴェルスの対応は非常に重たく、フェイの反応は非常に悪い。


《中々の戦闘狂だな、ざっと見ても武器は万を超えるぞ。 死んだ者から奪った武器を壁に飾る趣味もまあまあ悪くない》


 魔剣の反応だけが良いせいでバーンダーバは余計に気が重くなった。


「ロスロヴェルスだ、開け」


 扉の前でロスロヴェルスが低い声で言うと、扉は音もなくゆっくりと左右に開いた。


 開いた先は大広間。


 絨毯や壁にかかったタペストリーはロスロヴェルスの服装と同じ赤と青を基調にしている。


 部屋の左右にロスロヴェルスと同じ服装の者達がずらりと並び、床に片膝をついて頭を下げている。


 先には左右に大きな階段があり、正面にはまた大きな両開きの扉がある。


「我らが王は上です、行きましょう」


 ロスロヴェルスが頭を垂れる者達の間を通って階段へと向かう。


「ロスロヴェルスさん、私に頭を下げる必要はない。 彼らに楽にしているように伝えてくれ」


 ロスロヴェルスはバーンダーバをチラリと見て、すぐに視線を前に戻した。


「強き者に礼を尽くすのは我らレッドドラゴンの文化ですので、お気になさらずに」


 階段を上がりながらロスロヴェルスは言う、バーンダーバはそれを聞いてもう一度後ろを振り返る。


 相変わらず彼らは頭を下げていた。


 階段を上り、しばらく通路を進みまた階段を上る。


 最初に通った通路の倍はありそうな通路の先の巨大な扉。


 その前にロスロヴェルスが片膝をついた。


「王よ、魔弓のお方をお連れいたしました」


『通すがいい』


 ロスロヴェルスに答えたのは地響きのような声だった。


 声と共に、巨大な両開きの扉がずずっと開く。


 開いた先は岩をくり貫いただけの厳ついドーム状の空間、燃えるような紅い鱗のドラゴンが寝そべっている。


 大きさは外で見たロスロヴェルスの倍はありそうな巨体。


『初めまして、魔弓のバーンダーバ殿。 私は闘争の龍アグレスドラゴンの第一子にしてレッドドラゴンの王、紅い鱗の王ロッソケーニヒである。 此度は如何なる理由で我が寝床を訪れたのか?』


 片目だけを半分ほど開き、気だるそうに喋る。


「招いてもらい感謝する。 私は魔界にいた頃にそなたの父上である闘争の龍アグレスドラゴンと話した事があり、その姿に感動した者です。 そのアグレスドラゴンの子と聞いたので、さぞ美しい姿だろうと思い一目見たく思いやって来ました」


 バーンダーバは片膝をついて応える。


『…… 父上から魔弓殿の事は聞き及んでいる、魔弓殿の主が現界へ侵攻した折、「絶対に魔弓のバーンダーバには手を出すな」と。 そんな御仁が来るからてっきり戦いに来たのかと思っていたが』


 物騒な事を言っている割には、紅い鱗の王ロッソケーニヒは相変わらずめんどくさそうな相好は崩さない。


「確かに、闘争の龍アグレスドラゴンとは戦ったが、私は戦うのが好きという訳ではない。 戦い終わった後は闘争の龍アグレスドラゴンとは親しく喋ったのだが、その辺りは聞いていないのか?」


 若干だが、バーンダーバは気落ちしたように肩を落とした。


『さあな、父上が"お喋り"したというのに、私はにわかに驚いているほどだ。 父上は私に多弁に喋る事はなかった』


「そうか」


『要件はそれだけか?』


「あぁ、私は今冒険者をしているのだが、良ければ卵を1つ分けてもらえないだろうか?」


『…… それは私の子を渡せと言うのと同義であるが、望むなら戦い奪うしかないだろう』


 紅い鱗の王ロッソケーニヒがそう言うと、後ろに立つロスロヴェルスからも殺気が漂った。


「いや、すまない。 そういう事なら無理にとは言わない、気分を悪くさせて申し訳ない」


『もう用は終わりか?』


「はい、お招き頂き、ありが」


《ドラゴンよ、随分と眠たそうで暇そうだ。 我と少し遊ばないか?》


 フェムノの言葉に、紅い鱗の王ロッソケーニヒの眼が開いた。


 フェイの腰に下がる剣を凝視する。


『…… 今のは、その腰の剣か?』


 重たそうな首を上げ、見開いた眼を細めて見つめる。


《如何にも、我が名は銀聖剣フェムノ。 異界より呼び出されし聖剣である!》


『…… 貴様が、聖剣だと?』


 瞳にみるみる憎悪が浮かぶ。


『では、お前が此度の魔王を殺した勇者か?』


 矛先が、剣を持ったフェイに移る。


『なぜだ、なぜ我が前に現れなかった!!』


 唸り声と共に紅い鱗の王ロッソケーニヒが立ち上がる。


 空間を覆い尽くさんばかりの巨体、その全身から怒りが発散される。


 バーンダーバが背中にフェイを庇う。


『私は貴様に加護を与えるためにこの世に生を受けた。 この山で300年の時を待った。 何故だ、なぜ来なかった。返答次第では噛み殺してくれる』


 射殺さんばかりの双眼がフェイを睨み付ける。

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