龍に惹かれて。5

《確かに、フェイが我の元担い手に似ているのは髪色と体型だけだ。 だが、それに郷愁を覚えて何が悪い! こちとら1000年は存在しているのだ、我にとっては大切な事だ》


 フェムノは2人に下品な物を見るような眼で見られたのが気に入らず、プリプリと怒った口調でずっと抗議している。


 フェイとバーンダーバは、そんなフェムノをからかい半分に「分かった、みなまで言わなくて良いよ」そんな雰囲気でいなしている。


「1000年か、長い時だな。 その間にタイプの女性は何人くらい見つかったんだ?」


 フェイが「フフッ」と笑いを漏らす。


《よしバン、貴様は私の刃の錆びにしてやろう。 ま、私の刃に錆びが浮くことはないがな。 つまり、貴様は錆びすら残さず消えると言うことだ。 そこになおれっ!》


「分かった、すまない。 冗談だ、そんなに怒らないでくれ」


《貴様とは当分口をきいてやらんからなっ》


 本来なら喋らない剣が喋らないと叫ぶ事が滑稽に思えてバーンダーバが「フフッ」と笑う。


《何がオカシイ!》


「いや、なんでもない。 それより見ろ、もうレッドドラゴンがあんなに近くに見える」


 バーンダーバが指差した先、上空をはばたくレッドドラゴンの翼が風を切る音が聞こえるほどに近い。


「こっちに気付いているようだが、降りてきてはくれないか」


 バーンダーバがレッドドラゴンに向かって手を振る。


 呑気なバーンダーバの隣で、フェイがレッドドラゴンの口から覗く牙を見て"喰われ"やしないかと顔を青ざめさせている。


 樹木限界線を超えてずいぶんと山を登った。


 レッドドラゴンからはバーンダーバ一行が十分にその視界に入っているはずだが、一向に襲ってくる気配はない。


 獰猛で縄張り意識の強いレッドドラゴンにしては、様子がおかしい。


 その様子に青ざめたフェイが気づくはずもなく、バーンダーバの隣でただただ固まっている。


《······バン、中腹からレッドドラゴンの気配がさらに20以上現れた。 どうやら岩壁のどこかに巣があるようだ、我の魔力感知でも探れん程度には妨害されているがな》


 フェムノの言葉通り、先程までは3体しか上空に飛んでいなかったレッドドラゴンの影がどんどん増えていく。


 空を覆わんばかりの数のドラゴンが旋回している、明らかにバーンダーバとフェイを旋回する渦の中心においている。


 恐怖も相まって、フェイには煌めく赤い鱗が舞うそれはまるで巨大な炎の渦のように見えた。


 かなり距離が離れているのに、時折目が合うのをフェイは感じる。


 その視線は獲物を狙う狩人の物か、相手が何者かを疑う審判の物か。


 一体の竜が螺旋の中からゆっくりとこちらに向かって降りてくる。


「降りてきますね」


《安心しろフェイ、敵意は感じない》


 降りてくるレッドドラゴンは近づくにつれどんどん大きくなる、地面に降り立つ姿は視界を覆うほどの巨躯だった。


 光に鈍く光る赤い鱗。


 首から腹、そして尾まで白い線が走る意外は全てが赤い。


 額から伸びるねじくれた角は黒く、瞳孔は赤い。


 その赤い瞳でバーンダーバを見つめ、次の瞬間、ドラゴンの全身が赤い光で覆われた。


 バーンダーバとフェイは目が眩み、眼を開くと先程までドラゴンが居た場所には赤と青を基調とした服に身を包んだ青年が立っていた。


「お初にお目にかかります。 貴公を魔弓のバーンダーバ殿とお見受けいたします、こちらへはどのようなご用向きで参られたのでしょうか?」


 片ひざを付き、視線を下げて青年が喋る。


 あまりの低姿勢にバーンダーバがぎょっとなる。


「いや、普通に、楽にしてほしい。 私は魔界で闘争の龍アグレスドラゴンと話したことがあるんだが、ここに住まうレッドドラゴンが彼の子供だと聞いて会いに来ただけなんだ」


 若干慌てぎみのバーンダーバを下から見上げる青年は、石のように表情を一切変えずにバーンダーバを見る。


 数秒、石の表情のまま何事かを思案したのかスクッと立ち上がる。


「畏まりました、ご案内致します。 招待の準備をしますゆえ、歩いての案内になることをお許しください」


 青年はまた恭しく頭を下げる。


「もちろん構わない、というか、招待は不要だ。 本当に気を使わないでくれ」


 バーンダーバは少し、気軽に来たことを後悔していた。


「では、こちらへ」


 青年は背を向けて歩き始めた。


 いつの間にか頭上で渦を巻いていたレッドドラゴンは一頭残らず消えていた。


 青年の後について歩きながら、バーンダーバはなにか話さないといけないと会話を探していた。


「そうだ、申し遅れたがこちらは私の旅の連れでフェイという」


 バーンダーバの言葉を聞くと青年はピタリと足を止めた。


「こちらこそ申し遅れました、私は紅い鱗の王ロッソケーニヒの使い、名をロスロヴェルスです。 バーンダーバ殿、フェイ殿、よろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げたまま、ロスロヴェルスは動かなくなった。


「こちらこそ挨拶出来てなくてすみません、なんかタイミングが分からなくって」


 フェイも慌てて頭を下げる。


「ロスロヴェルスさん、頭を上げてくれ」


 ロスロヴェルスはゆっくり頭を上げ、二人を見るとくるり・・・と向きを変えた。


「では、行きましょうか」


 またゆっくりと歩き出したロスロヴェルスの後を黙ってついていく。


「あー、ロスロヴェルスさん、なぜ私が魔弓のバーンダーバだと知っているんだろうか?」


「······ それはもちろん、バーンダーバ殿が我らの祖アグレスドラゴン様を負かした唯一の存在ですから。 アグレスドラゴン様よりよくよくお話は聞いております」


「本当か。 アグレスドラゴンはなんと言っていた?」


 バンが顔をほころばせる。


「はい、"此度魔界より進行する魔王軍の中にいる魔弓のバーンダーバには絶対に手を出すな、もしも手を出せば龍族が滅ぶことになる"。 と」


 バンのほころんだ顔がそのままひきつった。


「アグレスドラゴンはそんな事を言っていたのか、随分と人聞きが悪いな」


 まるで言い訳でもするようにボソリと呟いた。


 それを聞きとどめたロスロヴェルスがまたピタリと足を止めた。


「バーンダーバ殿、一つお願いがございます」


 またくるり・・・とバーンダーバに向き直ったロスロヴェルスの顔は相変わらず石のように表情が読めない。


「なんだろうか?」


 若干落ち込み気味のバーンダーバがロスロヴェルスの眼を見返す。


「我らが王、紅い鱗の王ロッソケーニヒはここしばらくずっと機嫌が悪いのです。 もしかすれば、バーンダーバ殿のお気に触るような事もあるかもしれません。 どうかその時はご容赦を賜りたく」


 ロスロヴェルスはその場に片ひざを付き、頭が地面につかんばかりに下げる。


「いや、頭を上げてくれ。 お邪魔するのは私の方なのだ、私も粗相がないように気を付けよう」


「ご厚意感謝いたします」


 またお辞儀をしてからロスロヴェルスは歩き出した。


 バーンダーバは自分の後ろを歩くフェイをチラリと見る、フェイは状況が飲み込めずにキョトンとしていた。


《おい貴様、ちょっと知り合いのように言っていたが、アグレスドラゴンとどういう知り合いなんだ?》


 バンの頭にフェムノの言葉が響く。


「あー、魔界には度胸試しというか、命知らずの魔族がたまに闘争の龍アグレスドラゴンに戦いを挑むことがあるんだが······」


 歯切れ悪くボソボソとバンが喋る。


《貴様、"戦うの嫌いでちゅ~"とか言ってる癖にそんな真似をしたのか》


「いや、仕方なかったんだ。 魔王軍内で私を四天王の筆頭にすると魔王様が仰った時に怒炎のオンオールが反対して、力を示すためにそういう流れになったんだ」


 フェイが喋っている訳でもないのにナニかしらと喋っているバーンダーバをロスロヴェルスが振り返る。


「気にしないでくれ、お喋りな魔剣の相手をしているだけなんだ」


 バーンダーバがフェイの腰に下げられたフェムノを指差す。


 ロスロヴェルスは表情を変えないまま、捨てお辞儀をして前方に向き直った。


《おい、魔剣とはなんだ》


「それは今はいいだろう」


「失礼します、入り口に着きました」


 ロスロヴェルスが立ち止まる、バーンダーバとフェイが回りを見るが何処にも入り口と呼べるような物はない。


 なだらかな土と岩の山肌が何処までも続いている。


「光の屈折をねじ曲げて隠蔽しています」


 そう言ったロスロヴェルスが左手を岩肌につけると、左腕は吸い込まれるように岩肌をすり抜けた。


「どうぞ、着いてきて下さい」


 ロスロヴェルスが岩肌へ1歩踏み出し、2歩目にはもう既に消えていた。


「凄いな」


 バーンダーバが呟きながら、飛び込むように岩肌へ消える。


「ちょっとバン、待ってくださいよ」


 フェイが言う前にもう既にバーンダーバの姿は消えていた。


 恐る恐る、岩肌へ手を伸ばすとなんの抵抗もなく手が吸い込まれるように消える。


「ひっ」と小さく悲鳴を上げて手を引っ込める。


《フェイ、怖いなら我の柄をしっかり掴め。 大丈夫だ、出た先でレッドドラゴンが囲んでいたら我が一瞬で美味しい火加減で丸焼きにしてやろう》


「美味しく焼いても食べませんよ?」


《好き嫌いは良くないぞ?》


「そうじゃなくて」


《かはは、さっきまでレッドドラゴンを相手に怖がっていたのに、それに比べたらこんな仕掛けは子供騙しであろう? フェイ、スッと入ってしまえ》


 言われればそれもそうかと思える。


 フェイはフェムノの柄を握り締め、一足飛びに岩肌へ飛び込んだ。


 次の瞬間には、王城の正面玄関を潜ったのかと見紛うほどの華麗で巨大な空間に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る