龍に惹かれて。4

「この村は良いな、ずっと住んでいたいくらいだ」


 朝、フェイと顔を見合わせたバンの開口一番の言葉にフェイが笑う。


「温泉も気に入ってましたもんね」


「あぁ、いまだに体の芯が温かい気がする」


 2人は朝日に眼を眩ませて、昨日の串焼きの屋台のおばちゃんに勧められた宿から出た。


 宿はおばちゃんの親戚がやっているらしかった、フェイは「商売上手な人ですね」と笑った。


 宿の隣の道具屋へ行くと、古びた店構えだが並べられている商品はどれも埃1つなく綺麗である。


「いらっしゃい、冒険者さん。 何がご入り用かな?」


 奥の椅子に座っていた店主らしき壮年の男が片足を引きずりながらやって来た。


「どうも、イスラン火山へと行く準備をしたいんだが。 なにが必要だろうか?」


「イスラン火山か、今は妙にレッドドラゴン達の機嫌が悪いから危険だぞ。 なにをしに登るのかね?」


 杖に寄りかかり、壮齢だが鋭い目線をバンに向ける。


「あー、レッドドラゴンの卵を取りに行く予定なんだ」


 男の強い目線を受けて、自分がなにかまずい事でもしているような気になったバンの声は少し力がない。


「…… 冒険者に行くなと言うのも野暮な話か。 ふむ、口ぶりからするに、イスラン火山へ初めて登るのだろう?」


「はい、そうです」


「なら、1つだけ約束だ。 イスラン火山の周りには樹海が広がっているだろう? その樹海の樹木限界線を越えるとレッドドラゴンから身を隠す場所が無くなる。 だから、そこで必ず立ち止まり間近にレッドドラゴンを見なさい。 そこならここから見るよりハッキリ見えるだろう、中央大陸最強の生物と言われるレッドドラゴンの姿が。 それを見て、少しでもまずいと思えば引き返すんだ。 老人のお節介だが、こうはなりたくないだろう?」


 男がズボンの裾を捲ると、その下には木の棒で出来た義足が覗いた。


 その義足を、杖でカンカンと叩く。


「ありがとう、肝に命じておこう」


 バンはまっすぐに男の目を見つめ返して応えた。


「ふはは、素直な人だ。 どれ」


 男が棚から折り畳まれた羊皮紙を取り出し、カウンターに広げる。


「イスラン火山の地図か」


「そうだ、見なさい、道は比較的に歩きやすい。 イスラン火山で険しいのは頂上付近だけだ、レッドドラゴンの住処までなら歩くのに大した装備は入らないだろう。 ちょっとした防寒具と、後は往復の食料か」


 男がブツブツと呟きながら品物を集める。


 片足だが、重心がまっすぐで転ぶような危なげはない。


 片足を引きずるように歩くのは、義足が短いせいだろう。


「貴方も、昔は冒険者だったのか? 物腰を見るに中々の腕と見受けるが」


 男がバーンダーバの顔を見てきょとんとした表情になる。


「はっはっはっ、こんな片足の老いぼれに物腰か、面白い冗談だ。 あぁ、若い頃は冒険者だった。 足と仲間を失って引退したがね」


 答える表情に、未練の影はない。


「先達の忠告だ。 しつこいようだが、危険を感じたら引き返しなさい。 見たところ腕が立つようだが、勇猛果敢と蛮勇は違う」


「分かった、言う通りにしよう」


「失敗したらまたこの村へ来るといい、温泉に入ってゆっくりすればスッキリするよ」


《話が長い上に、失敗前提で進めている感じがウザいオッサンだな。 バン、斬ってしまえ》


「ここは長閑のどかでいい場所だな、失敗しても成功してもまた来たい」


 頭に囁く魔剣の言葉を無視してバーンダーバが笑顔で話す。


「そうだろう、数年前はこうじゃなかった。 イスラン火山の麓に魔王軍の四天王、怒炎のオンオールが陣を張ってな。 ここらはみんな避難して誰もいなくなっていたんだ、これだけ復興したのは最近なんだよ」


 バンの表情が渋く、強張った。




 ~~~~~~~~~~



 怒炎のオンオール。


 彼は戦いを好み、戦いを愛した魔族らしい魔族である。


 そして、現界へ攻め入った魔族の中でも最も現界を踏み荒らした。


 最も人口の多い現界の中央大陸を我が物顔で蹂躙し、奪いに奪い、殺しに殺した。


 現界に住まう人々にとって、大魔王ダーバシャッドに次ぐ憎き魔族。


 彼は中央大陸の中心近くにあるイスラン火山の入り口に陣を張った。


 理由はレッドドラゴンの王、赤い鱗の王ロッソケーニヒから勇者へと闘争の加護を渡さないため。


 オンオールはイスラン火山の護りの傍らに手下をばらまいて中央大陸の街や都市の4割を攻め滅ぼすほどの活躍を示した。


 そこへやって来たのが、勇者アルセン。


 彼はオンオールを激戦の末に打ち倒した。


 そして、オンオールが今際の際に何事かを喋ると勇者アルセンは怒りを顕にしてオンオールにとどめを射した。


 その後、赤い鱗の王ロッソケーニヒから加護を受けるために来たはずの勇者アルセンはイスラン火山の赤い鱗の王ロッソケーニヒに会いに行かず、この地を去った。


 なぜ、勇者アルセンがイスラン火山に登らなかったのかは分からずじまいだ……



 ~~~~~~~~~~



 バンの頭には、道具屋の男の話が渦を巻いていた。


 戦いを好むオンオールと、戦いを好まないバーンダーバ。


 二人は、仲の良い方では無かったが、旧友の死に様を聞かされたバーンダーバの心は自分でも驚くほどに揺れていた。


「バン、大丈夫ですか?」


 心配そうにフェイがバーンダーバの顔を見る。


《気にするなフェイ、コイツのいつもの作戦だ。 フェイに心配してかまってほしいだけだ》


「フェムノは黙ってて下さい」


《なんでソイツばっかり!》


「ふふ、ありがとう。 少し、昔を思い出していただけだ。 心配いらない」


「そうですか?」


 一行は今、道具屋の主人の言っていたイスラン火山麓の樹木限界線にいる。


 バーンダーバは律儀に道具屋主人の「レッドドラゴンを見てから山に入りなさい」という言葉を護っていた。


「どんな人だったんですか? その、オンオールさんは」


「あぁ、そうだな。 一言で言うなら、"魔族"だな。 奴ほど魔族らしい魔族はいなかった。 戦いを好み、飢えを晴らすことを誰よりも楽しんでいた。 勇者との戦いで死力を尽くして果てたなら、本望だっただろう。 フェムノとは気があったんじゃないだろうか」


《むさ苦しい魔族はお前だけで充分だ》


 ふと、バーンダーバは思った。


「そういえばフェムノ。 お前の口ぶりからすれば、魔族の方がお前が話したくなるような相手はいたんじゃないのか?」


 戦好きのフェムノ、当然と言えば当然の疑問である。


 戦いが好きなら、戦いが好きな魔族が担い手に選べば戦いには事欠かない。


「確かにそうですね、戦うのが好きなら戦うのが好きな人が持ってた方が良いんじゃないんですか?」


《我にも我なりの戦いの矜持がある、先ず、自分よりも強大な相手に挑む奴が好きだ。 弱者をいたぶるのは楽しいが、面白くはない》


 良いことを言うのかと思った矢先にモラルの欠片も無い発言が飛び出し、フェイとバーンダーバは苦笑いするしかない。


《次に、戦いに身を置きたいが戦いなら何でも良いわけではない。 国家間の戦争なんぞつまらん、我は"個"の戦いが好きだ。 そして強烈に強く、狂おしいほどに求める願いを持った"個"がいい。 そういう願いを持った"個"こそが劇的な何かを引き寄せる。 劇的ななにかを引き起こす。 我が担い手に選ぶのはそういう存在だ。 そういう者の生き様を、特等席で眺めたい》


 聞いていて、フェイが首をかしげる。


「それじゃあ、なんで私を選んだんですか? 聞いていてなんにも当てはまらないですけど」


《我の最初の担い手に似ていたからかもしれんな》


「へぇ、どんな人だったか聞いてもいいですか?」


《そうだな、性格で言うなら正反対と言っても良いかもしれない。 その者も好戦的ではないが、"違う"と思えば相手が誰でも引かない胆力があった。 それがたとえ"神"であってもな。 フェイに似ているのは容姿だ》


「エルフだったんですか?」


《いや、どこにでもいるヒームだったが。 赤い髪にボンキュッボンの美しい女だった》


「「……」」


 バンとフェイがなんとも残念な表情で聖剣を見る。


「お前、聖剣の癖にそんな動機でフェイを担い手にしたのか……」


《おい待て、人の郷愁を不純な動機にすげ替えるな。 我だって似た人間に会うなんて数百年ぶりなんだ、懐かしんで当然だろう?》


 若干、口調にいつもの落ち着き払った雰囲気がない。


「お、見ろ。 レッドドラゴンだ」


「本当だ、すごい、ここから見たら迫力ありますね」


《我の話が終わってないぞ?》


 バンとフェイはフェムノを他所に、上空を飛ぶレッドドラゴンを見上げて息を飲む。


 原色の赤は太陽の光を受けて輝き、雄壮な姿は畏怖を覚えるが、空を舞う様は美しくもある。


「どうします? バン」


「行こう」


 フェイの言葉に振り返ったバーンダーバは満面の笑顔だった。


 木の影から出て山肌に踏み出す。


《おい待て、我の話が終わってないぞ!》


 フェムノの呼び掛けに、バーンダーバとフェイは目を合わせて肩をすくめ、少し笑って歩きだした。

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