龍に惹かれて。3

 イスラン火山。


 最後に噴火したという記録は何百年と昔であり、その姿は木々に囲まれた穏やかな物だ。


 傾斜がきつく、切り立っているのは頂上付近だけで、山の麓はなだらかな斜面に火山の栄養豊富な土が豊かな森を育み、山を包むように広がっている。


 そばには温泉が湧く場所が多く、温泉の周りに人が集まり村が出来るのでイスラン火山の周りには村が点在する。


 どの村に立ち寄っても、イスラン火山の恩恵が受けられる。


 ぜひ、1度は訪れてほしい。


 だが、イスラン火山へ登ることはオススメ出来ない。


 イスラン火山の中腹には、かつてドワーフから住処を奪ったレッドドラゴンが住んでいる。


 その翼を広げた巨大な姿は山から遠く離れていても畏怖を覚えるほどに荘厳である。


 名声を欲し、レッドドラゴンを倒さんと挑んだ冒険者を全て返り討ちにしている。


 強さは比類なく、レッドドラゴンを倒せるのはその父である闘争の龍アグレスドラゴンくらいであろう。


 イスラン火山の穏やかな見た目とは裏腹に、世界でも最も恐ろしい場所の、一つである。



【中央大陸を歩く。 ギラム・ネスレ著】



 ~~~~~~~~~~



「と、書いてありますね」


 フェイが本をパタンと閉じる。


「そうか」


 バンとフェイの目前には、なだらかに頂上まで続く大きな山がそびえている。


 ギルドで依頼を受け、準備を済ませてその日の昼にはダイナスバザールの東門を出た。


 普通なら歩いて3日程の距離を、2人は数時間で走破した。


「火山と言うから火を噴いているのかと想像していたが、本のとおり穏やかなものだな」


 イスラン火山が遠目に見えた辺りから、2人はゆっくりと歩いている。


《この距離では我の気配感知にレッドドラゴンとやらは入ってこんな、バン、お前にはレッドドラゴンは見えているのか?》


「かなり遠いが、山の頂上付近を飛んでいるのが見えるな」


《楽しみだ、ドラゴンの鱗はさぞや斬り応えがあるだろうな》


「フェムノ、斬る予定はないぞ?」


《言ってみただけだ》


 フェイとバーンダーバが魔剣を胡乱げな目で見るが、言っても無駄だろうと目をそらした。


「今日はどこかの温泉宿に、泊まりましょうか。 山登りですからね、いろいろと装備も整えないと駄目ですし。 それに、気持ちいいですよ、温泉」


 フェイが嬉しそうに前を見る。


 視線の先には温泉から立ち上る湯気が見える。


「温泉か、楽しみだ」


「この辺りは温泉の数だけ村があるんですって、私が前に入った温泉はここからだとイスラン火山の反対側なんです。 場所によって温泉の効果や効能が違うらしいですよ」


「地下水が温まって出てきただけなのに種類があるのか?」


「言われてみれば、なんでなんですかね? フェムノは知ってますか?」


《簡単な話だ。 地面に埋まっている物がどこも同じなハズはないだろう? 土、石、それ以外にも生き物の亡骸や植物。 場所が少し違っただけで、混ざるものが変わる。 これは簡単に説明しただけだ、「へぇ~」っという程度に受け取っておけ》


「「へぇ~」」


 思わず出た返事が被り、バーンダーバとフェイが顔を見合わせて笑った。


「なんだか、妙な匂いが鼻につくな」


 バンが鼻をスンスンと鳴らす。


「あぁ、これは"硫黄"の匂いですね。 バンは苦手ですか?」


「あまり好きな匂いではないかな」


「私も最初は苦手に感じましたけど、すぐに慣れるといいですね」


 村は大きな木の杭で出来た塀にぐるりと囲まれている。


 入り口に衛兵の詰所はあるが、出入りする人間を検査するような素振りはない。


 魔物に対しての側面が強いようだ。


 村へと入ると木製の平屋建ての家が並び、所々に石造りの少し大きな建物がある。


 石造りの建物にはどれも湯気が立っている。


「あの建物が温泉なんです、温泉に入るだけなら無料なんですよ。 宿とか食事にはお金がかかりますけど」


 フェイの指差した先、石造りの建物はバンの目には少なくとも3つはある。


「どれが温泉なんだ?」


「全部温泉なんですよ、温泉に入りにきた観光客が落としていくお金でこの村は成り立っているので温泉施設が沢山あるんです」


「そんなふうに運営される村もあるのか、興味深いな」


 周りを見ると、木製の家の前には屋台が出ている物がある。


 網の上で肉を焼いていたり、大きな鍋に汁物を煮ていたり。


 道行く冒険者や、湯治をしに来たらしい観光客が屋台で食事をとっている。


「美味しそうだ」


「そうですね、晩御飯にしましょうか」


 フェイとバーンダーバが笑顔で顔を合わせ、近くの串焼きを出している屋台に入る。


「いらっしゃい、何本にする?」


 恰幅の良いおばちゃんが笑顔で出迎える。


「2本頼む」


「あいよ、銅貨4枚ね」


 おばちゃんが串を壺の中のタレに漬け込む。


 バーンダーバが財布から銅貨を取り出しておばちゃんに渡した。


「はいはい、お二人さんは温泉に入りに来たのかい?」


「いや、私達はイスラン火山へ冒険者ギルドの依頼で来たんだ」


 バーンダーバは串焼きを受け取り、一本をフェイに渡した。


「火山へ? それじゃあ結構腕の立つ冒険者様なんだね」


「いや、私は白色冒険者ルーキーだ」


 バンが嬉しそうに胸元から冒険者ライセンスを取り出して見せた。


白色冒険者ルーキー? 悪いこた言わないからさ、あそこはやめときな。 今はどうにもレッドドラゴン達の虫の居所が悪いみたいで物騒だから」


 おばちゃんがイスラン火山の方を見て表情を曇らせる。


「ま、どっちにしろ行くんだろうけどね、冒険者ってのは。 宿は決まってんのかい?」


「いや、まだ決まっていない」


「それなら、ここをまっすぐ行って最初の三叉路を左に行ったら2つ目の宿がおすすめだよ。 隣は冒険者ご用達の道具屋もあるからね」


「そうか、忠告と助言をありがとう」


 おばちゃんに手を振り、言われた道を歩く。


 辺りはずいぶんと暗くなってきた、行き交う人の足元を家の中から漏れる火の灯りが緩く照らしている。


 それ以外にも、村の所々には松明が掲げられている。


「この村も、夜は寝ないのだな。 ラスレンダールは大きな街だからかと思っていたが」


 バンが松明を見て呟く。


「ここは観光地ですからね、その、夜の方が賑やかになる場所もあったりしますから」


「夜の方が賑やかなのか? 面白そうだ、行ってみないか?」


「え、いや、その」


 フェイが困った顔になる。


《バン、魔界には女を買って抱くような場所はなかったのか?》


 うざ絡み系のオッサン口調の聖剣の言葉に、バーンダーバが自分の質問をすぐに後悔した。


「もう、やめてくださいフェムノ」


 フェイが腰の剣を叩いた。


《フェイ、痛くはないが叩かないでくれ。 一応、フェイが言いにくいと思って我が代わりに説明しているんだぞ?》


「嘘ですよ、声がなんか楽しそうっていうか、へらへらしてる感じじゃないですか」


《そんな事はない、なぁ、バン》


「なんで私に言うんだ」


《貴様のために説明したというのに、味方をせんとは酷い裏切りだ》


 自分が聞いた事とはいえ、夜の方が賑やか・・・の意味がわかったバンも若干気まずい。


「そうだな、分かった。 今回はフェイが言い出したからフェイが悪いということにしておこう」


「ちょっとバン!」


《かははは、我もそれが良いと思う》


「よし、この話はこれでおしまいにしよう。 宿を取る前にこの辺の屋台で今日は腹ごしらえしないか、フェイ?」


 釈然としない顔でフェイが頷いた。


「フェイ、前に来た時はどれを食べたんだ? なにか美味しかったものはあるか?」


「そうですねぇ」


 バンの言葉に表情を変えて悩む。


「食べたわけじゃないんですけど、気になった料理がありましたね。 さっき食べたお肉もそうなんですけど、この辺は羊の畜産が盛んで、羊のお肉と太い麺を一緒に炒めた料理が有名なんですよ」


 フェイがキョロキョロとあちこちを見回す。


「あ、ありました。 あそこですよ」


 フェイの指差した先の屋台には羊の看板が掲げてある。


 屋台の前に立つと、独特の獣の匂いと食欲をそそるタレの香ばしい香り。


 鉄板の上で焼かれる肉がジュウジュウと小気味良い音を立てている。


「美味しそうだな」


 鉄板を見たバンは考える前に呟いていた。


「いらっしゃいませ、なん皿ですか?」


 調理の手を止めずに店主の若い男が笑顔で応える。


「2皿下さい」


「はいどうぞ、1皿大銅貨1枚です。 皿はそこの籠に入れて下さいね」


 木の器にこんもり盛られた麺と肉が湯気を立たせる。


「ありがとう」


 バンが大銅貨を手渡して皿を受け取る。


「どうもです」


 短い会話を交わし、バンがフォークで肉と麺を頬張ると表情が緩む。


「旨いな!」


「美味しいですね」


 二人はその後、屋台を3つ梯子してからようやく宿に入った。

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