龍に惹かれて。1
「おはようフェイ、まだお腹がいっぱいだ」
バーンダーバがお腹をポンポンと叩く。
ギルド内の宿で泊まり、翌朝に飲食スペースの掲示板の前で落ち合った。
「あんなに食べるからですよ」
最後には、店のメニューのほとんどがテーブルに並んでいた。
バーンダーバはそのほとんどを食べきっている。
「残してはいけない気がしてな」
《お前は2度と酒を飲むな、ずっとへらへらと笑っていて薄気味悪い》
「そうか、すまない」
バーンダーバがポリポリと頬をかいた。
「私は面白かったですよ、少し恥ずかしかったですけど」
「うむ、まぁ、不思議と気分の高揚する飲み物だな。 嫌いではないが、控えるようにしよう」
《ふん、それで? 依頼はどうするんだ?》
フェイとバーンダーバが掲示板に目を移す。
「また採取がいいな、フェイはいつもはどんな依頼を受けていたんだ?」
「ほぼ、森での採集依頼しか受けてないですね。 最初の頃に街中の"何でも屋"依頼を受けたこともありましたけど、私には森での依頼が相性が良いのでやらなくなりました」
「そうか」
バーンダーバが依頼掲示板を眺める。
「字を覚えたいな、せっかくこうやって掲示板を見ていても何も分からない」
バーンダーバが下唇を出して嘆く。
「では、私で良ければ教えますよ。 字が読めないと不便も多いですからね」
「世話になるな」
バーンダーバが苦笑いで答える。
「いいじゃないですか、気にしないで下さい」
「では、どんな採集依頼があるのか教えて貰えるか?」
「はい、そうですねぇ」
フェイが依頼書を下から順番に見る。
「兄さん、良い剣だな。 腕もよさそうだ」
後ろからの声に振り返ると、いたのはいつかのフェイとバーンダーバが湯屋に入ろうとしたのに難癖をつけてきた冒険者二人組だった。
「俺達はまだ2人なんだ、よかったらパーティを組まねぇか?」
明らかに含みのありそうなイヤらしい笑みを浮かべている。
バーンダーバの見た目の変わりように、自分達が前に絡んだ相手だと気付いていないらしい。
「おぉ、お前達か。 あの時は依頼に失敗して落ち込んでいたらしいな、その後は依頼は順調か?」
バーンダーバが爽やかな笑顔で返すと、2人組は顔を見合わせた。
「あぁん、なんの事だ?」
フェイがバーンダーバの隣に立った、2人組がフェイとバーンダーバを交互に見る。
「あー、あれか!? あのきったねぇ2人組か!?」
「嘘だろ!? 別人じゃねぇか!」
「いい服着てんじゃねぇか、なんでそんなに羽振りが良くなってんだよ?」
バスタードソードを背負った方がバーンダーバの上着をつまんで引っ張る。
「ベルランの採集だ、知っているか? 香りの良い小さな花なんだが」
《相手をするなバン、さっさと殺せ》
魔剣の問い掛けをバーンダーバが黙って流す。
《ほら、今なら我を使わせてやろう。 バターのようにそいつらの首を切り落としてやる!》
「ぎゃははははっ! マジかよ、ベルランどんだけ取ったら服に鞄に買い揃えれるんだよ!」
「おいおい、根こそぎ取ったんじゃねーだろーな! 森が裸んなっちまうぜ!」
ゲタゲタと下卑た笑い声を上げる。
「そんなに儲かったんならなんか奢ってくれよ」
青竜刀を腰に下げた方がバーンダーバの肩に手を回した。
フェイが嫌そうな顔でそれを見る。
「あの、依頼を選んでいる途中なので今度にして貰えませんか?」
《今度なんぞ無い、コイツらの首を落とせ! ワグナーとやらの所へ持っていけば鉄貨1枚くらいにはなるだろう》
「いーじゃねーか姉ちゃん、俺ら依頼に失敗続きでよ。 ちょっと助けてくれよ」
バーンダーバはあちこちの言葉に頭がこんがらがりそうになる。
「んで? どんだけベルラン取ったんだよ?」
「ベルランは麻袋1つだ、他に
「ライカンスロープを6体って」
「フカしすぎだろ?」
2人組が胡乱げな目で見合う。
「嘘じゃないですよー」
2人組が後ろを見るといつの間にかジュリーが立っている。
「ライカンスロープ6体分の素材は確かに受理しています、それより、あんまり他の冒険者に絡みすぎるとギルドの心証が悪くなりますから控えて下さいね」
「ちっ、うるせーな。 わざわざ小言言いに来てんじゃねーよ」
「受付にすっこんでろ、俺達冒険者がいねーと飯が食えねーくせして上からモノ言ってんじゃねーぞ」
青竜刀の男がジュリーの服を掴もうと伸ばした手、その手首をバーンダーバが掴んだ。
「自分よりも弱い相手に手を上げるのは感心しないな」
手首を掴まれた男はピクリとも動けない。
「おい、離せよ」
バスタードソードの男がバーンダーバに向かって凄む。
「おい、よせ」
青竜刀の男が連れを止めた、顔が痛みで歪んでいる。
「悪かった、最近、依頼が失敗続きでイライラしてたんだ。 許してくれ」
バーンダーバがパッと手を離す。
「いいんだ、お互い同じ冒険者だ。 私は昨日なったばかりのルーキーだしな、また、何か分からない事があれば世話になるかもしれない。 その時はよろしく頼む」
バーンダーバが笑顔で返すが、青竜刀の男は顔がひきつっている。
「あぁ、そうだな、またな」
後退りながら、連れを手で制する。
「それじゃ、俺達は行くよ」
バーンダーバが2人組の背中を、ギルドから出ていくまで見送る。
「すまない、また迷惑をかけたな」
2人組を見送るとバーンダーバがジュリーに向き直った。
「いえー、私も余計に首を突っ込んですみませんー」
ジュリーがニコニコしている。
「子犬に絡まれて困ってる顔がおかしくってー、つい来ちゃいましたー」
「がははははっ、確かに、上手いこと言うなジュリー!」
すぐそばのカウンターで飲んでいたギルドマスターが笑い出した。
「また気配を消して! いたんなら止めてくださいよー!」
「冒険者同士のいざこざなんぞいちいち仲裁してられるか」
「職務怠慢ですよー」
呆れた顔でジュリーがギルドマスターを見る。
バーンダーバはそれを頬をかきながら見ている。
「にしても、なんで最初から追っ払わなかった? お前なら簡単だろう」
ギルドマスターがバーンダーバを見る。
「力で追い払うのは簡単だ、私は力を使わずに解決したかったんだが。 いくら考えても良い案が浮かばなかった、ままならんな」
それを聞いたギルドマスターが鼻で笑う。
「あんな手合いは殴っちまえば良いんだよ、金を巻き上げたり殺したりしない限りはギルドも役所もなんにも言わねぇ」
バーンダーバは自分の言った事は聞いてなかったのか? と、思ったが口には出さなかった。
「覚えておこう」
「さあバン、気を取り直して依頼を選びましょう」
「うむ、フェイ、どんな依頼があるのか悪いんだが教えて貰えないか?」
「はい、もちろん良いですよ」
「採集依頼は青い紙だったな?」
「はい」
「これはなんて書いてある?」
「ビーリカ大蓮の花の採集ですね、ビーリカ大蓮はビーリカ湖の固有種で、人が乗っても沈まないくらい大きな葉っぱです。 ビーリカ湖は中央大陸で1番大きな湖なんですよ」
「凄いな、すぐにでも行ってみたい。 こっちは?」
「イスラン火山の火山灰を籠いっぱいに採集、って書いてますね。 なんに使うんでしょうか?」
「ふむ、これは?」
「荒野のベヒーモスの糞の採集ですって、荒野のベヒーモスの生態調査の為にって書いてますね。 糞を採取した詳細な場所も要記載ですって」
「そんな物まであるのか、それで助かる人がいるのか?」
「冒険者ギルドは金さえ貰えたら人道的に問題がなければ依頼を貼り出す。 もちろん、物好きが出す依頼にゃ"なんだこりゃ"ってのもあるが。 人助けって言うなら間違いなくなるだろうよ」
カウンターに座ったギルドマスターが口を挟む。
「そういうものなのか。 これは?」
「イスラン火山に住むレッドドラゴンの卵の採集ですって」
「レッドドラゴン?」
「はい、
「
「あぁん、なんか知ってるのか?」
「魔界にいた頃に少し話した事がある、そうか、
「おいおい、マジか。
ギルドマスターの口が空いている。
「その依頼は金級なので、私達では受けれないですよ?」
「そうか」
「待て待て、バンさんよ。
「ああ、数日だが、共に過ごした事がある」
バーンダーバが頬をかく。
「…… ほーん、それで? レッドドラゴンに会って何を話すってんだ?」
「父親に会った事がある、というのと、
「…… おもしろい、行ってきな。 依頼は俺の名前で出しといてやるよ」
「いいのか?」
「いいんだよ、どうする? やるのかやらねーのか」
「フェイはどう思う?」
「ば、バンが行くなら私ももちろん」
「よし、ではよろしく頼む」
「はいー、"レッドドラゴンの卵の採集"受理いたしました。 手付金は大銀貨1枚になりますー」
「手付金は俺が出しといてやる」
「いや、それは申し訳ない」
「気にすんな、達成のギルド貢献度は俺に入るからな。 ウィンウィンだ」
「そうか」
「ではー、"レッドドラゴンの卵"採集依頼。 行ってらっしゃいませー」
ジュリーの手の、依頼開始の鐘の音が鳴り響いた。
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