レベル666の冒険者。5

「すまない、だが、早く言わないといつまでも言えなくなるような気がしたんだ」


 バーンダーバが申し訳なさそうにフェイを見る。


 フェイがバンから目を逸らし、所在無げにグラスを見ると葡萄酒を一口飲んだ。


「…… なんとなく、そんな事を言われたらどうしよう。 みたいには考えてたので、そんなにショックはないですね」


 バンの顔を見ずにグラスを見つめて、グラスの中の葡萄酒をゆらゆらと揺らす。


「ただ、少し話を聞いていただいても良いですか?」


「もちろんだ」


 バンはテーブルの上で手を組み、落ち着かない様子で指を動かしている。


「私の故郷、エルフの里って凄い閉鎖的で、生まれた時から役割って言うんですかね、ここで言うと職業が決まってるんです。 例えば神官の子供は神官、鍛冶師の子供は鍛冶師みたいな感じなんですけど。 そんな感じで、こっちで言う結婚相手も決まってたりするんです。 それで、前にも言ったと思うんですけど、私とアルセンは幼馴染みで、お互い惹かれあってはいたんですけど、2人が結婚するのも生まれた時から決まってたんですよ。 私とアルセンは」


 フェイが葡萄酒をまた少し口に含んだ。


「でも、アルセンが帰ってきたらフラれちゃって。 婚約者のいなくなったら、里の中で結構立場が悪くなっちゃうんですよね。 大抵が誰かの第2婦人みたいな位置になるんですけど、それって大体が良くない結末になるんですよ。 説明するとややこしいんですけど、要は上手くいってる夫婦の所に、もう1人お嫁さんが来るわけで、家庭内のバランスが壊れるって言うんですかね? だから皆嫌がるんです、それで居ずらくなって私は故郷を出ていって……」


 フェイは大きくため息をついた。


「なにかすることとか、目標とか、そんな物を見つけようって旅に出たんですけど。 なーんにも見つからなくって。 生まれた時から全部決まってるのが当たり前だったせいですかね? なんでもして良いってなったらなにしていいかサッパリでした」


 自嘲げにふふっと笑う。


「そんなこんなで、私は、バンに出会った時、生きる意味なんて無いように思っていました。 故郷を追われるように出て、バンほどでは無いですけど、私もあっちへこっちへと意味もなく旅をしてたんですよ。 それもなんだか嫌気がさしてきて、なんにも無い所に行きたくなってあの荒野に行ったんです。 空っぽの荒野を見たせいですかね? なんだか、心まで空っぽになった気がして、どうでもいいような気になって。 魔物に襲われた時、大した抵抗もしないで、あぁ、もう人生も終わりかなぁ。 なんて思ってたくらいです」


 フェイはグラスの葡萄酒を中ほどまでぐいっと飲んだ。


「そこに、颯爽とバンが現れて私を助けてくれました。 一緒にご飯を食べて、誰にも言えなかった身の上話しなんかをちょっとして。 最初にバンの目を見たとき、失礼ですけど「あ、私と同じ、なんにも目的がない人だ」って思ったんです。 それが話してる間にバンには目標が出来て、力強い瞳に変わって。 

 それがすっごく羨ましいなって思いました」


 フェイはグラスに残っていた葡萄酒を喉を鳴らしながら飲み干して、カンッとグラスをテーブルに置いた。


「えっと、何が言いたいかっていうとですね。 今の私は、何か目的っていうか、目標って言うか。 何かが欲しいんですよ。 だから、その、バンの夢を手伝わせて貰えませんか? 邪魔にならないように、頑張りますから」


 頬に赤みがさしている。


 照れているのか、お酒のせいか。


 相変わらず、フェイはバンの顔を見ずに空になったグラスを見ている。


「…… 重ねて言う事だが、私といれば危険もある、もしかすれば私への憎悪がフェイにも向くかもしれない。 私は、荒野で出会い、なんの特もないのに私を助けてくれたフェイに嫌な思いはしてほしくない」


 バンがグラスの葡萄酒に口をつけるとグッと一息に飲み干した。


「…… だが、もちろん。 私もフェイと一緒にいたい気持ちはある。 一緒にいて心地良いと思った相手は、私はそう多くない。 だが……」


 グラスを置き、バンは黙った。


 長い沈黙、バーンダーバは何事かを言おうとしては首を傾げたり、視線を泳がせる。


《黙るな、結局どうしたいんだ? 貴様の思春期みたいな傷付く自分に酔ってる感じが果てしなくウザいから早く今すぐに1秒以内で終わらせてくれ!》


 フェムノの大声がギルド内に響き、一瞬ガヤガヤと聞こえていた騒音がシーンとなった。


 チラチラとバン達の座っているテーブルに視線が来る。


 どれもが「今のでかい声は誰だろうか?」という視線だ。


「フェイ! お前の事は私が護る! だから! これからも私と一緒にいてくれるだろうか?」


 なぜかバンが大きな声で答えた、さらに集まる視線。


 フェイが今度は間違いなく恥ずかしさから顔が真っ赤になる。


 バンは立ち上がり、フェイのそばで跪いてフェイの手を握った。


 端から見ればプロポーズにしか見えない宣言である。


「これからも、一緒に旅をしよう」


 なんの臆面もなく、バーンダーバはフェイの手を握ったままだ。


「フーフー! 熱いね!」

「見せつけてんじゃねーよ!」

「お幸せにー」


 そんな声と、拍手が起こる。


「あ、あ、あの、はい、よろしくお願いします」


 耳まで真っ赤にしたフェイがちらりとバーンダーバの顔を見て応じた。


 ちらりと見たバーンダーバは、フェイと同じように顔が赤い。


《…… 貴様、葡萄酒一杯で酔っているな》


 フェムノの冷めた声、今度は二人の頭へ直接喋る。


「酔ってなどいない」


 バーンダーバは立ち上がり、フェイの向かい側に腰かけた。


《酔ってる奴はそう言う》


 バーンダーバは肩を竦めただけで、それ以上反論はしなかった。


「すまない、私のせいで食事が冷えてしまった。 食べよう、フェイ」


「…… はい」


 満面の笑みでバーンダーバがパンを口にいれた。


「こちらはあそこのテーブルのお客様からです」


 テーブルに葡萄酒の瓶が置かれた。


 ウェイトレスが手で示した先には、笑顔でバーンダーバとフェイに手を振る3人組の冒険者がいた。


「ありがとう!」


「お幸せに!」


 バーンダーバが笑顔で葡萄酒の瓶をかかげる、フェイも苦笑いで頭を下げる。


 その後、あちらこちらから祝いの品のように料理や酒が差し入れがきた。


 続々とテーブルに料理が運ばれてくるたびにバーンダーバが実に美味しそうに食べるので、「お腹いっぱいだ」と言うまであちこちから差し入れが運ばれ続けた。

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