レベル666の冒険者。4
バーンダーバは首にぶら下げた冒険者ライセンスを目線まで持ち上げ、しげしげと眺める。
種・魔族
その文字が目に入ると、冒険者になり、認められたという高揚感と、ギルドマスターの「怨嗟をしれ」という言葉が頭にもたげてバーンダーバは妙な気分になる。
「バン、まずは服と、あと身だしなみを整えに行きましょうか」
隣を歩くフェイの言葉に"はっ"となる。
「そうだな」
《バンよ、我も魔族というのは公表した方が良いとは思う》
「…… どういう事だ?」
「考えてもみろ、大量の食料を買い込んだ後、「これは魔界へと送ります」と言われれば、魔族に怨みを持つ者ならお前を殺してでも止めるだろう。 魔界に送った後でも同じことだ、二度と送らないように誰かがお前を殺しに来る。 もしくは、気に入らないからとお前を殺しに来るだろうし。 顔がムカつくという理由でもお前を殺しに来る。 そうならないようにするためには、最初から言っておいて納得して貰ってから送る事だな」
いくつか余計な内容があったが、バーンダーバは立ち止まり、フェムノの言葉を頭で反芻する。
フェイが、道の真ん中に突っ立って考え込むバーンダーバを心配そうに見つめる。
「フェムノよ、つまり、私が魔族であることは言った方が良いという事だな?」
《…… バカなのかお前は、そう言っているだろうが》
バーンダーバが若干落ち込む。
「もうフェムノ、言い方がキツすぎます」
《そうだな、言い過ぎた。 バカなりに理解したんだから誉めるところだった。 よくできまちたねバンきゅん~》
魔剣の煽りが止まらない。
「もうフェムノっ!」
「いや、いいんだフェイ。 フェムノの意見は私には貴重な物だ、これからも頼む」
下唇の出たバーンダーバが言っても締まらない。
《任されよ》
ドヤッとしたフェムノにフェイがため息をつく。
「とにかく、まずは身だしなみを整えましょう。 これからの事は、どこか食べ物屋さんでゆっくり話せば良いじゃないですか。 あ、ありましたよ」
フェイがハサミとクシが交差した看板を指差した。
「ここが髪を切ってくれる店か?」
「はい、魔界では髪の毛って伸びたらどうしてたんですか?」
「鬱陶しかったら掴んで切る、だけだ」
「そ、そうですか」
ワイルドな返答にフェイは苦笑いを返して、床屋の扉を開いた。
~~~~~~~~~~
「あれ、フェイさん? 隣の方はもしかして?」
髪を切り、服装を整えたバーンダーバを前に、冒険者ギルド受付のジュリーが細い目を目一杯に見開いた。
落武者のように垂れ下がっていた黒髪はサイドを上まで短く刈り上げ、上の髪は短くなりツンツンに立っている。
ボロボロだった服は冒険者らしいブレストプレートと薄いブルーの上下の服、その上にレザーコートを羽織っている。
レザーコートにはバーンダーバが仕立て屋に頼んで内ポケットを上から下まで左右で10個も縫い付けて貰った。
「便利なコートに仕上がりましたね」と、フェイが誉めると「ではフェイもお揃いにしよう」とお揃いのコートを着ている。
リュックも仕立て屋にあった一番大きいものを選んだ、今はまだ何も入っていないのでバーンダーバの背中でダランと下がっている。
「見違えたどころか、誰か分からなかったですよー。 何処から見ても、仲良し冒険者カップルにしか見えないですねー」
「もう、からかわないで下さいったら、ジュリーさん」
「あははー、すみませんー」
「だが実際、私も生まれ変わったような気分だ。 散髪というのは気分まで変わるものだな」
刈り上げた部分を下からじょりじょりと触りながらなんとも嬉しそうな顔でバーンダーバが呟く。
「似合ってますよー、バンさん」
「本当か? フェイが冒険者なら短い方が都合が良いと言うので短くしたんだが」
「あらー、フェイさんの好みなんですねー」
「や、そうじゃなくて、冒険者だったら短い方が良いと思ったからですよ! ジュリーさん変な風に言うのはやめてください!」
「あははー、すみませんー」
手をパタパタと振るジュリー。
「もう、それじゃあ飲食スペースでご飯にしましょう。 バンはお酒は好きですか? 私はあんまり得意じゃないんですけど」
「酒か、オンオールやヴィーマイが好きだったな。 私は魔王様が飲まなかったので私も飲まなかった」
バーンダーバは宴会でよく酒を飲んでウザ絡みしてくるオンオールを思い出して懐かしくなった。
「今日はバンの冒険者登録のお祝いで私がご馳走しますよ」
「祝いか、では、ありがたく頂こう」
「買い物でずいぶん遅くなっちゃいましたね、お腹ペコペコです」
外はもう既に暗くなっている。
「そういえば、初めて会った時もフェイはお腹をすかせていたな」
「それは今はいいじゃないですかっ!」
バーンダーバが笑いながら5~6人掛けのテーブルに座る。
この時間は飲食スペースもほとんどが埋っていて、忙しそうに給仕の女性が走り回っている。
フェイがメニューをバーンダーバに見せる。
「何にしますか? お肉か、野菜か、卵料理に、お魚もありますね、干物ですけど」
並ぶ文字列にバーンダーバはさっと眼を通したがさっぱりわからない。
「すまない、決められそうにないからフェイに任せても良いだろうか?」
「分かりました」
フェイが手を上げてウェイトレスを呼んだ。
「ご注文は?」
「飲み物は葡萄酒で、マーカロの干物とベルササラダにダンジョン豚のベーコン炒め、後はロールパンを下さい」
「かしこまりました」
去っていくウェイトレスの背中をなんとなく見つめるバーンダーバ。
「バン、ここでの食事はいくらになると思いますか? 大体ですが、一人の人が質素に暮らしたら1ヶ月で約金貨2枚くらいで過ごせます。 金貨1枚は大銀貨5枚、大銀貨1枚は銀貨10枚、銀貨1枚は大銅貨6枚くらい、大銅貨1枚は銅貨6枚分です。 それより下には大鉄貨と鉄貨があります、並べて見ましょう」
フェイがテーブルに硬貨を並べる。
「金貨が無いですけど、因みに、金貨の上には大金貨と白金貨があります」
テーブルに並んだのは大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨、大鉄貨、鉄貨。
バーンダーバはそれを見つめる。
「んー、そうだな。 この大銅貨が、2枚? いや、3枚か?」
《おおハズレだな》
バーンダーバの答えにフェムノが不適に呟く。
「フェムノは分かりますか?」
《銀貨3~4枚》
「正解です」
フェムノが"ドヤァっ"と鼻を鳴らす。
「凄いなフェムノ」
バーンダーバが素直に感心する。
「バンの言った金額だと、切り詰めて自分でご飯を作ってなら2人分ですかね。 メニューを選んで人にご飯を作って貰って、テーブルで待ってるだけで料理が運ばれてくる。 そういうサービスを受けるなら、これぐらいの値段がかかるんですよ」
「銀貨3枚というのは高いのか?」
「普通ですね。 もっと安い所も高い所もあります」
「何が違うんだ?」
「凄く良い食材を使って、有名な料理人が作ったりとかだと高くなりますし。 安い食材で安く作ってくれる場所もありますし」
「…… なるほど、自分の持っているお金に合わせて選べるわけか」
「そうです! こうやって物の価値やサービスの価値の値段を学ぶ事を金銭感覚を養うといいます」
《それがないと、安い物を高く買ったり、必要な物なのに金を出し惜しんで後で後悔したりするものだ。 しっかり学べ》
「うーん、私に出来るだろうか?」
「大丈夫ですよ、普通に生活していれば自然に身に付くものですから」
「そうか、フェムノはなぜ分かったんだ?」
《理詰めだ。 フェイが言った平均的な1ヶ月の金銭消費を日割りにして、外での食事を多少の贅沢と考えて計算した》
「なるほど、1ヶ月の食事代が金貨2枚なのか」
「違います、食事以外にも今日みたいに髪を切ったり、服を買ったり。 野宿ならお金はいりませんが、宿に泊まるなら宿代などもかかりますからね」
「いろんな所で金がかかるんだな」
「お待たせしました」
ウェイトレスが料理をテーブルに並べる。
「では、バンの冒険者の門出を祝って」
フェイが葡萄酒の入ったグラスを掲げる。
「ありがとう」
バーンダーバもフェイに習いグラスをかかげる。
「フェイ、考えたんだが、これからは私1人で旅をしようと思う。 私が魔族であることを言って回れば、フェイにも危険があるかもしれない。 これ以上、迷惑はかけられない」
フェイの表情がグラスを持ったまま暗くなった。
《…… 貴様は、ものにはタイミングがあるだろう。 なんで今言うんだ》
先程までの和やかなムードが一転、まるで葬儀後のようにどんよりと曇った。
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