レベル666の冒険者。3

 受付嬢に続いて階段を上がると、受付嬢は早足で廊下の一番奥の部屋の扉まで行き"ドカンドカンドカン"とやや乱暴に扉を叩いた。


「ギルドマスター! いるのは分かってます! 開けてください!」


「…… おぅ、入れ」


 一拍後、中から寝ぼけたような返事が返ってきた。


「失礼します」


 受付嬢が扉を一気に全開まで開く、部屋の中央、椅子に深く座り大きな机に両足を乗せたスキンヘッドのガタイのいい男。


 まさに、そのままの格好で寝ていたらしく、寝ぼけた目で入り口に立つ3人を眺める。


「ジュリーか、どうした?」


 大あくびをしながら足を下ろす。


「とりあえず、これを」


 受付嬢こと、ジュリーがバーンダーバのライセンスを三枚、スキンヘッドのギルドマスターに渡した。


「あぁん、なんだコレ? 白色ルーキーのライセンスがどうしたってんだ?」


 相変わらずの寝ぼけ眼で渡されたライセンスを3枚、順番に眺める。


「Lvの表記を見てください」


「おぉう、にしても珍しいな。 お前がそんなに慌てるなんて」


 言いながら、ライセンスを見たギルドマスターの表情が、1枚目、2枚目、3枚目と険しくなっていく。


「んだこれ? どういう誤反応だ?」


 そこでようやっと、ギルドマスターの目がフェイを見て、フェイの腰の剣をチラッと見た後、バーンダーバを捉える。


「お前さんか、うちの優秀な受付を困らしてんのは」


 言われたバンは頬をかいた。


「いや、すまない。 困らせるつもりはなかったのだが」


「ギルドマスター、なんでも、こちらの方はエルフと魔族の混血だそうです」


 ジュリーの言葉が終わらないうちに、ギルドマスターは疾風の如き速さで机に立て掛けてあった剣を抜いた。


 ゴツい体格に似合わないショートソード、その切っ先は今は床を向いている。


「待ってくれ、争うつもりは一切無い」


 バーンダーバがピクリとも動かずに、ギルドマスターの殺気を全身で受ける。


「…… どういうこった、ここに魔族がいる意味が分からん」


「恐らくだが、私は混血のせいで神の創った結界が上手く作用しないんじゃないかと思うんだが」


「…… それで?」


「…… それで、というのは?」


 バーンダーバが質問に質問で返したことに、ギルドマスターの顔に苛立ちが見えた。


「なんで、ここにいるのかって聞いてんだよ」


「…… 冒険者に、なるためだ」


「おちょくってんのか?」


 室内の雰囲気はどんどん悪くなる、今、ギルドマスターの剣閃が動かないのは、あまりにもバーンダーバに戦意がないからだ。


「けして、冗談や、貴方をからかっている訳ではない。 私はここに冒険者になるために来た」


 バーンダーバの眼を見るギルドマスターの顔には、次第に困惑の色が見えた。


「ギルドマスター、私にも、そんなに悪い人には見えませんでした。 最初は仲の良いカップルかと思いましたし」


 ジュリーが話しても、ギルドマスターの眼は一瞬もバーンダーバから離れない。


「俺は、6年前の人魔戦争で闘った。 ギレサス平野の前線から始まって、ソドアソドスリバー防衛戦、アラダン峠防衛戦、ゲリア樹林防衛戦と全部負けた。 魔族のイカれ具合はよく知ってる、奴らは血に飢えた餓鬼だ。 話の通じる連中じゃない」


 話しながら、それでもギルドマスターの眼は困惑している。


「お前さんからは、確かに魔族のイカれた匂いはしない。 だが、強さの底が見えねぇ。 それが不気味だ」


「ベルランを取りに行ってついでにライカンスロープを6体、ナイトイーグルを2羽仕留めてきたのでかなりの腕かと」


 ジュリーが補足する、なぜか彼女は今は警戒もしていないし、表情には余裕さえ見て取れる。


 そこでようやっと、ギルドマスターの目線がジュリーに動き、ついでフェイ、そしてもう一度バーンダーバへと戻った。


「…… ふん、事情くらい聞いとくか」


 持っている剣でバーンダーバとフェイに椅子を示した。


「ありがとう」


 バーンダーバが座ると、剣を鞘に仕舞い、ギルドマスターはバーンダーバの対面に座った。


 剣は、座る自分の隣に立て掛ける。


「ハーフかなんか知らねぇが、本当に魔族なのか?」


「言いにくいが、今回の現界への侵攻にも従軍した」


《四天王筆頭・魔弓のバーンダーバとしてな。 かははははっ!》


 突如、フェイの腰の魔剣が喋り出した。


 ギルドマスターがまた臨戦態勢に入り、ジュリーの細い目が見開かれる。


 バーンダーバは嫌な予感しかしなかった。



 ───────────────


「ぎゃはははははっ!」


「ちょっと、そんなに、笑ったら、ダメ、ですよ、ギルドマスター」


 耳を真っ赤にして笑いを堪えるジュリーが、遠慮無く豪快に笑うギルドマスターを嗜める。


 意味を成してはいないが。


《傑作であろう?》


 フェムノの見えないはずのドヤッとした顔が見える。


 バーンダーバは不満げな顔でフェイの隣、ギルドマスターの正面に座って若干口を尖らせている。


 なぜか?


 フェムノがバーンダーバを散々コケにして、面白おかしくこれまでの経緯を説明したせいだ。


 フェムノも、バーンダーバと状況は変わらないハズなのに何故ここまでバーンダーバを道化に出来るのか。


 フェイも表情は晴れない、フェムノがバーンダーバをコケにしている最中、ある意味で自分までディスられているような気になってへこみ気味である。


「にしても、四天王筆頭とは驚いたな。 大魔王の率いた魔王が4人ってのは聞いたことがあったが、もっぱら話しに上がんのはオンオール、ヒルサザール、ヴィーマイの3人ばかりだったからな。 まぁ、穴蔵に籠ってちゃしゃあねぇか」


 ギルドマスターがまた「クックッ」と笑う。


 バーンダーバが今度は下唇を出した。


「私は、今度は穴蔵に籠るのではなく、この世界を歩こうと思う。 ギルドマスター殿、どうか私に冒険者の証を貰えないだろうか?」


 下唇を引っ込めて、バーンダーバが神妙な顔でギルドマスターを見る。


 ギルドマスターも、目元の涙を拭って真面目な顔になる。


「…… 俺は魔族が大嫌いだ。 知人を殺され、友人を殺され、家族を殺され、戦友を殺され、故郷を滅ぼされた。 お前の理想は、ある意味でそんな数々の積年の怨みを踏みにじるようなもんだ。 言いたいことは分かる、これからそういう憎しみを増やさないようにしたいってんだろ? でもな、こっちからすりゃあ魔族なんぞ一生飢えに苦しんでろってのが本音だ」


 椅子に深く座り直し、ギルドマスターは腕を組んだ。


「…… 汚名を削ごうとは考えていない。 削げるような過去ではない。 ただ、これから先に現界へと攻め込まなくても食うに困らないようにしたい。 そうすれば」


「夢物語だな」


 ギルドマスターが、鋭い目つきでバーンダーバの言葉を切って捨てた。


「そんなことは」


「うるせぇよ。 実際問題、お伽話しじゃあ魔族は飢えてなくても他種族を殺し回ってた。 そのお咎めで神に不毛の大地へと閉じ込められた、お前の言ってる希望は、ダニの糞ほどの大きさしかねぇ」


 ギルドマスターが鼻で笑う。


「だが、お喋りな聖剣と可哀想な美女、それにうちの受付嬢のフォローに免じて、そのダニの糞みてぇな希望の手助けをしてやろう」


 バーンダーバが、理解出来ないという顔でギルドマスターを見つめる。


「だから、お前さんに冒険者ライセンスをやるって言ってんだよ」


「本当か!」


 バーンダーバが身を乗り出した。


「ただし、1つ条件がある」


 ギルドマスターが指を一本立てる。


「常に身分を証せ、自分をエルフだと名乗らず、エルフと魔族のハーフだと言うんだ。 ジュリー、これの種族の部分を魔族に書き換えてきてくれ」


「…… はい」


 ギルドマスターからライセンスを受け取り、ジュリーが部屋を出る。


「もしも、お前さんが身分を偽って行動しても無駄なように手回しもさせて貰おう。 やった側は分からんだろう、やられた側にどれだけの怨嗟があるか。 それを身をもって知るんだな」


 バーンダーバは、アニーの眼とギルドマスターの眼を重ねていた。


 自分への深い怨みを称えた瞳。


 ジュリーが部屋へ入り、ギルドマスターにライセンスを渡した。


 白色のライセンスの裏面、種族の欄を確認したギルドマスターがバーンダーバにライセンスを差し出した。


「ありがとう。 誓おう、私は自分の種族を誤魔化さない」


 バーンダーバはライセンスを受け取り、首にかけた。


「おめでとさん、これで晴れてあんたは冒険者だ」


 バーンダーバ言葉を聞いて、「ふん」と鼻を鳴らしてギルドマスターは皮肉げにそう言った。

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