商業都市、ダイナスバザール。2

 ダイナスバザールの街の中心部、古びた城。



 円形の城には出入口があちこちに作られている。



 "守り"という点で考えれば、絶望的に不利な城だが。



 利便性で見ると商人が造り上げた"らしい"城である。



 その数ある入り口の上には看板が付けられている、フェイはそのうちの1つで足を止めた。



 看板には翼の生えた馬が飛び立つ様子が描かれ、絵の下には"冒険者ギルド・ダイナスバザール支部"と書かれていた。



「ここが冒険者ギルドか」



 建物を見上げてバーンダーバが呟いた。大きめの両開きの扉を開く。



 中に入ると正面は若い女性が一人、カウンターの中に腰かけている。



 右側には飲食が可能な広めのスペースに5~6人が座れそうなテーブルが5つ、今はカウンターにガタイのいいスキンヘッドの男が一人、まだ日も高いというのに酒が入っていると思われるグラスを傾けている。



 バーンダーバはそのカウンターの男が妙に存在感が薄いことに少しひっかかった。



 スキンヘッドの男が座るカウンターの端の壁には大きなボードがかけられている。



 ボードには様々な色の紙が無数に張られて、ボードの前にはガラの悪そうな二人組が立ってボードを眺めている。



 飲食スペースの逆、入って左側には階段の横のカウンターに年配の女性が腰かけている。



 フェイはその年配の女性の方へ向かった。



「飲食スペース奥の掲示板に冒険者への依頼書が張られてあって、中央のカウンターで受け付てもらうんです。 こっちが宿とお風呂場の受付です」



 フェイの進行方向を塞ぐように、先ほどまで掲示板の前に立っていた二人組がやってきた。



 1人は金色の髪、背中に自分の身長と同じくらいのバスタードソードを背負っている。



 もう1人は栗色の髪、腰には大きく湾曲した青竜刀を下げている。



 どちらも冒険者らしい出で立ちである。



「おいおい、くっせえな!」



「奴隷か? どっから逃げてきたんだ?」



 フェイを標的にする二人組、バーンダーバがスッとその間に入る。



「すまない、あちらこちら彷徨い歩いたせいでこんな身なりになってしまった。 これから身を清めに行くところだ」



「あ"ぁ"、風呂場は共用なんだ。 てめぇらみてぇな汚ねぇのに入られると迷惑なんだよ」



「そーゆーこった、出ていけや」



 凄む二人組に、バーンダーバは困った顔で頬をかいた。



《殺せ、バーンダーバ。 ほら、さっさとやるんだ。こっろっせ、こっろっせ》



 バンの頭に魔剣が喋りかける。



「黙っててくれフェムノ」



「あ"ぁ"!! 誰に黙れって言ってんだコラッ!」



 バーンダーバのフェムノへの苦情が自分達への物だと勘違いしたチンピラ冒険者がバンの胸ぐらを掴んだ。



「あんた達! いい加減にしないとギルドマスターを呼ぶよ!」



 チンピラ冒険者が拳を引いた時、宿の受付のおばちゃんが怒声を投げた。



 数瞬、おばちゃんとチンピラ冒険者が睨み会ったが舌打ちを1つしてバーンダーバを突き飛ばすとチンピラ冒険者は食堂の方へ去っていった。



「ありがとうございます、助かりました」



 バーンダーバがおばちゃんに頭を下げる。



「いやいや、すまなかったね。 あいつら依頼に失敗したらしくてね」



「そうだったのか、慰めてやれば良かったな」



 バーンダーバがまた頬をポリポリとかきながら申し訳なさそうな顔を作って答える。



「あはは、兄さんなかなか腕が立ちそうだねぇ」



「いや、今の二人組にもどうしようかと思っていた程度だ。 ままならんよ」



「謙遜して、こんな所にずっと座ってたら腕の良いのと悪いのの区別くらいつくようになるんだよ。 それで? 宿泊かい?」



「いえ、お湯だけお借りしたいのですが」



 後ろにいたフェイが財布を出しながら答えた。



「そうかい、お湯だけなら今回はサービスしとくよ。 入んな、風呂場はこの奥だから、ゆっくり疲れをとっといで」



「いえ、そんな、お支払します」



 フェイが慌てて財布から硬貨を取り出す。



「1回いいって言ったのに貰ったら私がカッコ悪いだろ、いいから入んなさい」



 おばちゃんが手でしっしっと払う。



「ありがとうございます」



「すまない、ありがとう」



 フェイとバーンダーバは頭を下げて中に入った。



 通路の突き当たり、右が女湯で左が男湯。



「それじゃあ、また後で」



「あぁ」



 フェイと別れて扉を開き中に入る、脱衣場で服を脱ぐと埃と垢にまみれた体を見下ろしてバーンダーバは顔をしかめた。



「これでは汚いと文句を言われても仕方がないな」



 やれやれと頭を振ると風呂場にはいった。



 大きな水瓶が真ん中で火にかけられ煮えている。



 奥には同じ大きさの大きな水瓶が3つ並び、どれも水でいっぱいに満たされている。



 もうもうと立ち込める湯気の中、桶に水とお湯を足してちょうどいい温度にして、頭から何度も被った。



 垢と汗と埃が、体から流されていく。



 大きく息をついて、バーンダーバはもう一度桶で湯を掬うと水に写った自分を眺めた。



 とんがった耳、切れ長の眼、背中の中程まで伸びた長い黒髪、エルフの血が入っているので髭は生えていない、歳は100を超えているが長命なエルフと魔族の混血なので見た目には20代の前半に見える。



 少し、疲れた顔をしていると自分でも思った。



 魔王が成し得なかった夢を、こんな男が出来るのかと、思った弱気な自分を洗い流すようにバーンダーバはもう一度頭から湯を被った。

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