商業都市、ダイナスバザール。3

「見違えましたね、バン」


 風呂場を出て、スッキリした顔のフェイがバーンダーバを向かえた。


 フェイは持っていた荷物から着替えていた。


 今は旅人と言うよりも街娘のようなワンピースにズボンという出で立ちだ。


「あぁ、スッキリした。 生まれ変わったような心地だ」


「バン、今、冒険者に発行される依頼書の掲示板を見てたんですけど。 良かったら行ってみませんか?」


 フェイが一枚の紙をバーンダーバに見せる。


 内容は


「すまない、字が読めないんだ」


「すみません、依頼内容はベルランの採集です」


「ベルランというのは?」


「親指の爪くらいの大きさの可愛い花なんですけど、とってもいい香りのする花で香水や石鹸の材料になるんです」


《フェイと話したのだが、お前が現界にもう少し慣れてから誰かに雇われた方が良いのではないかと考えてな》


「それと、実はなんですが、宿に泊まるほどのお金も無くてですね……」


 フェイが申し訳無さそうな顔で呟く。


「そうか、わかった。 もちろんそうしよう」


 お金の概念のないバーンダーバはピンとこない顔で了承した。


 要は、誰かの元で働いて給料を貰うまでの時間を生活する金銭がないのである。


「すみません」


「なぜ謝る? 世話になっているのは私の方だ、どうやってこれをするのか教えてくれ」


 バーンダーバがフェイの持つ依頼書を指差す。


「はい、もちろんです。 っと言っても、受付に持っていくだけなんですけどね。 私が冒険者のライセンスを持ってますから、お金が入ったらバンのライセンスも発行して貰いましょう」


「ライセンスか、冒険者というのはどういったものなんだ?」


「そうですね、街の人や、組合からの依頼を受ける人達の事なんですけど。 仕事の内容もすごく色々あって、大きく分けると採集か討伐、後は"何でも屋"って呼ばれてる部門があります」


「何でも屋?」


「見た方が早いかもですね」


 フェイが掲示板を指差す、前まで行くと遠目で見るより大きく感じる掲示板を見上げた。


 張られている紙は"赤""青""緑""白"があった。


「掲示板は右が低ランク依頼で、左に行くほど高ランクの依頼になります。 要は難しくなります、で、紙の色は"赤"が魔物の討伐や魔物素材の収集依頼です。 "青"が薬の材料とか、鉱石の採集依頼。 "緑"は街の外での"何でも屋"さんの依頼です、護衛とか、物を運んだりとか。 "白"が街中での"何でも屋"さん依頼です、これは本当に色々です。 《猫を探して》とか、《害虫の駆除》とか」


 ふんふんと頷きながら、バーンダーバは人間が助け合いながら暮らしている事に衝撃を受けていた。


 魔族は縦の繋がりでさえも、一度切れたら繋げるには力を示さなければならない。


 ましてや、横の繋がりなどは家族であっても皆無に等しい。


『バン坊、今のままの魔界じゃあ、魔族は一生飢えから解放されることはねぇ。 それは現界と魔界の結界云々の問題じゃあない、俺たち魔族の思考回路の問題だ。 魔族とエルフの混血のお前なら、もしかしたら何かを変えれるかもなぁ。 俺とは違うやり方でよぉ』


 なぜか、いつかの魔王の言葉を思い出していた。


 それを魔王に言われた時、バーンダーバは魔王は自分に何を期待しているのかさっぱり分からなかった。


 魔王様が出来ないなら誰にも出来ないのでは?


 そんな風にぼんやりと思った程度、だが、この掲示板を見た今はなんとなく魔王が言いたかった事に少しだが想像出来そうな気がする。


「素晴らしいな、冒険者というのは。 ───素晴らしい」


「じゃあ、バンも冒険者になりましょう。 きっとすぐに凄腕の冒険者になれますよ」


 掲示板を、まるでプレゼントを渡された子供のように眺めるバーンダーバを見てフェイはなんだか嬉しくなった。


「さぁ、行きましょうバン」


 いつまでも掲示板から目を離さないバーンダーバの袖を引っ張るようにフェイが促した。


「あぁ、そうだな」


 掲示板から離れ、ギルド中央の受付へと進む。


「お二人とも見違えましたねー」


 受付に行くと何かを言う前に受付の細目の女性がニコニコしながら声をかけてきた。


「えぇ、さっぱりしました」


「お似合いですねー、カップルで冒険者ですかー?」


「ちっ、違います。 カップルとかではなくて、会ったのもつい最近で」


 フェイが早口で返す。


「あ、そうなんですねー。 失礼しましたー、今日は依頼の受理ですかねー?」


 フェイの持つ依頼書に手を伸ばす。


「はい、お願いします」


「ベルランの採集ですねー、ライセンスをお願いしますー」


 フェイが胸元から慌てぎみに金属のプレート引っ張り出した。


 プレートは半分が青く、半分が黄色い。


「等級はハーフブルーですねー、失礼しますー」


 受付嬢がプレートに手を伸ばし、裏面を確認する。


「フェイさん、ですねー。 お連れの方もお願いしますー」


「あ、こちらの方はまだ冒険者登録してなくてですね。 今回の依頼料が入ったら登録しようと思ってます」


「あ、そうなんですねー、本当なら防犯の為にお止めしますが今回は大丈夫そうなんでスルーしときますねー」


 書類になにやら書き込んでいく。


「では、手付金で銀貨2枚になりますー」


 フェイが上着の内ポケットから財布を出して銀貨と銅貨を出す。


「細かくてすみません」


「いえいえー、確かにお預かりしましたー。 麻袋はご利用になられますかー?」


「あるので大丈夫です」


「はいー、それではー、期限は1週間ですー。 よろしくお願いいたしますー」


 受付嬢が脇に置いてあるベルを1度、チーンと鳴らした。


「では、行きましょうバン」


 バーンダーバはフェイに連れられて冒険者ギルドを後にした。


 去り際に、受付の方を振り返ると受付嬢がこちらを見て手を振っているのが、バーンダーバの脳裏に妙に印象に残った。


 ギルドの外へ出ると、太陽はまだ真上にある。


「フェイ、ベルランというのはどこまで取りに行くんだ?」


「ここから南へまっすぐ行った所にアラダンという名前の森があるんですが、その森の結構奥まで入るみたいです」


「南か、私達が来た荒野とは逆方向だな」


 バーンダーバは言いながら、また露天商の品物や通る人間を忙しそうに首を回して眺めている。


「そうですね、距離は普通に歩いて半日くらいだと思うので今日は森の手前で野宿にしましょう」


 フェイが地図を見ながら答えるが、バーンダーバは返事をしながらもあちらへこちらへキョロキョロしている。


「ちょっと、聞いてますかバン?」


「すまない、もちろん聞いていた。 よければ私がフェイを背負って走ろう。 歩いて半日なら、私が走れば半時で着くだろう」


「え、背負われるのはちょっと……」


「ダメか?」


《ふん、女心の分からん奴め。 お前のような汚いオッサンに担がれる方の身にもなってみろ。 嫌に決まってるだろうが! フェイ、我が魔力強化すれば問題ないだろう》


 バーンダーバが若干傷ついた表情になる。


「いや、バンが汚いとかじゃないですよ! たんに恥ずかしいだけです!」


《ふん、フェイの気遣いに感謝しろ、バーンダーバ》


「まぁ、確かに。 今の私の格好は酷いからな、すまないフェイ」


「だから、違いますって!」


 そんな不毛なやり取りを続けていると、目の前に商業都市ダイナスバザールの格子の無い大きな南門が見えてきた。


 門を潜ると水平線まで続く草原と、同じようにどこまでも続く街道。


 街道は大した舗装などはされていない、長年人が踏みしめて出来た街道である。


 その道の一本をフェイが指差し、バーンダーバ一向は歩き始めた。

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