アマルンの森。1
「凄い、もう着いちゃいましたね」
まだ真上にある太陽を見てフェイが笑う。
「フェムノの強化魔法は凄いですね! 魔力もほとんど使わないでこんなに速く着くなんて!」
《で、あろう》
ドヤッという表情が見えそうな程のドヤ声である。
一行の目前には濃い緑の深い森が一面を覆い隠すように広がっている。
アマルンの森。
「フェイ、どうだ? まだ日も高いし森に入らないか?」
バーンダーバが森を見て妙にソワソワしている。
「そうですね、入りましょうか」
「よし! 行こう!」
返事と同時にほとんど走るようにバーンダーバが森へ入っていく。
「ちょっと待ってくださいよバン」
「凄いなフェイ! こんなに大きな木を見るのも、こんなにたくさんの木を見るのも初めてだ!」
バーンダーバが木の幹に手をやりながら感嘆としている。
「魔界は、森が無いんですか?」
「森どころか、草木事態が珍しい。 私の知る植物と言えば死体に生える"キコン・ダナイチン"という草くらいだ」
「キコンダナイチン、ですか?」
「あぁ、別名"死を呼ぶ草"と言ってな。 魔界には、そんな物しかない」
先ほどまでのキラキラした表情から一転して暗い表情になる。
「魔族は、食事をほとんど必要としないお陰でそんな不毛な大地でも生きていくことが出来る。 だが、飢えはある。 魔族は誰も彼もが常に飢えている。 それに、子供は食わねば大きくなれない。 すまない、つまらん話だ」
《情緒不安定か貴様は、喜んだかと思えばいきなり身内が死んだような顔をしおって。 一緒にいて不安になるからもうちょっと感情を一定に保て!》
「フェムノはもうちょっと優しさを持ってください!」
《なんであんな年増のエルフ親父に優しくせねばならんのだ!》
「もう! バン、つまらない話なんかじゃないですよ。 そんな子供達にお腹いっぱい食べさせてあげたいっていう話なんですから、私はもっと魔界の事を知りたいですよ。 現界に攻めてきた魔王の話だって聞いたら全然印象が変わりましたし、バンの事だって、こんなに優しい魔族の人もいるんだってびっくりしました」
フェイがバーンダーバの背中にそっと手をあてて話す。
バーンダーバはフェイの顔を見て少し笑った。
《フェイ、騙されるな、そいつはフェイにかわいそうって言って欲しいだけだ》
「フェムノ! いい加減にしないと埋めますよ!」
《なんでソイツばっかり!》
「フェイ、まぁ、フェムノなりに慰めようとしてくれているのかも知れない。 それに、いちいち暗い雰囲気を出す私も悪い。 フェムノを許してやってくれ」
実際、バーンダーバが死のうとしたのを止めたのもフェムノだ。
その時も、優しい言葉をかけてもらったという感じではない。
「…… バンがそういうなら良いですけど」
《……》
「フェイ、依頼のベルランというのはどこにあるか分かるのか?」
「はい、あ、えっとですね。 ベルランは森の奥に生えるアラダンという木に寄生して花をつけるんです」
「寄生?」
「寄生というと語弊があるかも知れないですけど、う~ん、見てもらうのが1番ですね。 後のお楽しみにしましょう」
フェイの先導で森の中を進む、足取りは軽く、迷うような素振りはない。
「この森には詳しいのか?」
バーンダーバが回りをキョロキョロと見る。
「いえ、初めて来ました」
「そうなのか、もう私には回りを見てもどこから来たのかも分からないが、フェイには分かるのか?」
回りは木々に囲まれ、腰の高さ程の草が生い茂っている。
いま来た道は、もう既に木々に隠されている。
「エルフですから、森の中で育ったので普通の人から見たら同じ木も私達エルフには全然違う木に見えるんです。 ほら、ペットの動物の顔って見分けられるじゃないですか、あの感じだと思います」
「ペット?」
バーンダーバが"きょとん"とした顔で繰り返す。
「あ、ごめんなさい。 話がややこしくなっちゃいましたね、ペットって言うのは、何て言ったらいいんだろう?」
魔界には動物事態がほとんどいないことを思ってフェイが首をひねる。
《生き物を使役して愛でる事だ、生き物の豊富な場所ではよくある事だ》
「愛でる、か」
バーンダーバが分かったような分からないような顔で繰り返す。
「と、とにかく。 私には木がどれも違って見えるんですよ、だから森で道に迷うことはないです」
フェイは言葉通り、迷い無く進んでいく。
「ほら、あれがアラダンの木です」
フェイの指差した先には黒い幹がまるで片足で立ってバランスを取るように枝を長く伸ばしたような木があちらこちらに生えている。
「妙な形の木だな」
バーンダーバがしげしげと眺める枝には、ドングリ程の大きさのピンク色の花が下を向いてつらなって咲いている。
「これが、ベルランです」
「なるほど、確かにいい匂いだな。 甘いが、どこか爽やかな感じもする」
「そうでしょう? 私もこの花、大好きなんです」
バーンダーバが指先でチョンチョンとつつく。
「なんだか、取ってしまうのが忍びないような気もするな」
「そんな事言ってたら依頼を達成出来ないですよ」
言いながら、フェイは背中のリュックを下ろして中から麻袋を取り出した。
「さぁ、ベルランを集めましょう」
バーンダーバがゆっくりとベルランをつまんで、引っ張るとベルランが蔓から千切れた拍子に香りが漂った。
「凄いな、さらに香りが強くなった」
「あっ、ダメですよバン。 その摘み方だと香りがほとんど逃げちゃいますから。 蔓から伸びているベルランが弓なりに下がっているでしょう? 伸びている方向と逆にゆっくり引っ張るんです、そうしたら花びらが傷付かなくて加工した時に香りが全然違ってくるんです」
「ほぅ、こうか?」
言われた通りにするとコロンと落ちるようにベルランが蔓から取れた。
「そうそう、上手ですね」
「フェイは教え方が上手いな、それに詳しい。 なんでベルランはこの木に巻き付いているんだ?」
「草木はなんでも自分の欲しい栄養がある場所にしか生えないんです、アラダンの木はこうやって枝を横へ横へ伸ばしていくんですけど」
フェイがアラダンの木の枝を撫でる、回りに生えているアラダンの木はどれも空を隠すように枝葉をのばしている。
「そのせいで、このアラダンの木の回りはあんまり雑草も生えません。 その上、アラダンは土の成分を凄く酸っぱくしちゃうんです」
「酸っぱく?」
「はい、酸っぱく。 まぁ、私の表現なんですけど。 その酸っぱい土と、長く伸ばす枝に巻き付くのが好きなのが、このベルランなんです」
アラダンの細い枝に何重にもぐるぐると巻き付いているベルランの蔓をおかしそうにフェイが指差す。
「フェイは花が好きなのか?」
「花ではなくて、いえ、花も好きなんですけど。 植物全部が好きですね、花も草も木も、全部好きです」
「そうか、私も、今フェイの話を聞いていて好きになった。 奥が深いものだな」
「ホントですか?」
バーンダーバがアラダンの木の根、その回りから生えるベルランの蔓を見た。
「フェイ、これは」
「きゃあぁぁぁ」
「うわあぁぁぁ」
森のさらに奥から女と男の悲鳴が響いてきた。
《バーンダーバ! フェイ! 走れ! 鬨の声だ!》
フェムノの掛け声と同時に走る。
フェムノはまた、血に飢えた魔剣の独り言を呟いている。
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