商業都市、ダイナスバザール。1

 商業都市・ダイナスバザール。



 そこは商人が統治というよりも、持ち回りで管理する世界でも稀有な都市。



 西の天翔山の周りにある三か国連合。



 北の荒野にある小国家群。



 南西の魔法都市ラスレンダール。



 東のイスラン火山を越えた先、ドワーフの住むギレマレイレ山脈。



 これらを繋ぐ中継地点、商人が集まり、人の営みが加わり、時間の流れと共に出来上がったのがこの商業都市である。



 都市を囲む塀は昔ここに国があった名残、それを商人達が金を出し合い修繕した。



 囲む塀の中には雑多な物売りが所狭しと並んでいるが、その露天の並びは美しく整列している。



 塀の中心にあった城塞跡は街の運営に必要な主要施設が集められ、商人らしい効率を求めた部分が見て取れる。



 塀に4つある大きな門からはどこまでも、どこへでも無数に続く街道が、商人達の飽くなき意欲を彷彿とさせる。



【中央大陸を歩く。 ギラム・ネスレ著】




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「と、本には書いてあります。 私は来るのは2度目ですね」



 フェイが本をパタンと閉じる。



 今、バーンダーバ一行は荒野から南下した場所にある商業都市に来ている。



「フェイは2回目なのか、フェイのこの町の印象はどうだ?」



「そうですね、買い物が目的ならとても素敵な町ですけど、旅の途中で寄るには誘惑が多すぎるかなっていうのが思い出に残ってます」



 南門をくぐってから、そこかしこに置いてある品物に、商売上手な商人達の謳い文句。



 今のフェイとバーンダーバは身なりがかなり酷いのであまり話しかけられる事はないが、それでも心が惹かれる物がたくさんある。



 三ヶ国連合の更に西の港町から持ってきたという、貝から取られた丸い宝石のネックレス。



 東の山脈に住む、ドワーフ製の切れ味の落ちることのないナイフ。



 北の荒野、小国家が点在し、争いの絶えない地域から持ってこられた武具の数々は、中にはどうやって使うのか分からない物もある。



 魔法都市ラスレンダールから持ってこられた魔法具はどれも目を惹くものばかり。



 主婦が、入れておけば勝手に食器が綺麗になる箱を見て商人に値段交渉をしている。



 別の場所では開く度に内容の変わる本を買った男が、商人に途中まで読んでいた物語が消えたと喚いている。



 他には、光り続ける木の根。



 食べると髪の色が変わる木の実。



 大陸中の不思議なものや、珍品名品が道を歩いているだけで目に入ってくる。



「凄いなフェイ、見たこともない物ばかりだ」



「バン、あんまりキョロキョロしてたら危ないですよ」



 通りを歩きながらずっと首を左右に振っているバーンダーバをおかしそうにフェイが見ている。



 余談だが、呼び名に"さん"を使わなくなったのは旅の仲間なら必要ないだろう。



 と、いうことで使わなくなった。



 "バン"という愛称は、バーンダーバがそう呼んでほしいと提案した。



「すまない、首がもう一つあれば良いんだがな右と左を見ながら歩ける」



「それじゃあ前が見えないじゃないですか」



「じゃあ3つだな」



 言いながら、今もそわそわと回りを見ている。



 一行がこの商業都市へ来た理由、話は少し遡る。




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《先ず、大量の食料を手に入れる方法だが。 大きく分ければ2つだろう。 1つ目、自分で作る。 2つ目、誰かから買う。 次に金を稼ぐ方法だな、これは大きく分けて3つだ。 1つ目、誰かの下で働き給金を貰う。 2つ目、事業を起こし人を雇って働かせる 3つ目、有望な事業に投資をする。 だ、まぁ、我なら手っとり早く奪うがな》



 朝、起きてからもろくに案の出ないバーンダーバとフェイにフェムノがため息混じりにご高説を説いた。



 バーンダーバは真剣に聞きながらも、今の話の半分も入ってこなかった。



「凄いな、流石は聖剣か」



 ご高説の最後に聖剣らしからぬ語句が入ってはいるが。



「すぐにそんなに上手に説明出来るなんて、フェムノは賢いですね」



《で、あろう》



 鼻があれば伸びていそうな"どや声"が聖剣から出る。



「稼ぐか、稼いで貰うか…… 魔界では物々交換が基本だった、人間の貨幣制度は詳しくないのだが。 どれぐらいの金があればいいんだろうか?」



《ふむ、そこまで金に無知なら先ずは働いて金を稼ぎ、金を使ってみることだな。 そうでなければ、説明をいくら受けたところで理解はできん》



「働くか、何をすれば良い?」



「どんな仕事にしますか? 商人のようにいろんな物を仕入れては違う場所で売ったりとか。 なにかを作って売るとかですね」



 フェイの言葉に、腕を組んで考え込む。



「…… なにも浮かばないな、私は本当に戦う事しか知らない」



 バーンダーバが自信を無くしたような顔で答える。



「うーん、それじゃあ、どこか大きな町に行ってみましょう。 なにか、バンのやってみたい事が見つかるかもしれません。 ここから近い町は……」




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 そして、今に至る。



《バンよ、戦う事しか出来ないならば先ずはそれを活かしたらどうだ?》



 因みにだが、フェムノは人混みの中で喋って騒ぎにならないよう、2人の頭へ直接語りかけている。



「どういう事だ? 私は誰かから奪うつもりはないぞ」



「戦うからと言っても奪うばかりじゃないですよ、バン。 例えば、誰かの事を護るとか。 魔物を倒してその素材を持ってくるとか」



「なるほど。 それならば、いや、出来れば戦いからは身を置きたいところだな」



 バーンダーバが苦い顔になる。



「うーん、どうしましょうか……」



 今度はフェイが腕を組んで考える。



《それより、二人とも身を綺麗にしろ。 今のままでは誰も雇わんだろう》



 言われてフェイはバーンダーバと自分を見る。



 バーンダーバは伸びきったボサボサの髪にボロボロの擦りきれたマント、防具類は身につけず、元の色が分からない程に汚れた上下の服は所々穴まであいている。



 フェイは、旅装とはいえみすぼらしい格好はバーンダーバと似たり寄ったりだ。



「そ、そうですね。 じゃあ、先ずは冒険者ギルドに行きましょう。 宿屋と居酒屋も併設されていますし」



 そこならば、多少は汚い身なりでも目立たないだろう。



 フェイは自分の腕を嗅ぐと顔をしかめた後に恥ずかしそうに周りを見た。



 今さら羞恥心がむくむくと沸き上がってきた。



 足早に、以前行ったことのある冒険者ギルドを目指す。



 街の中心部へ向かっている途中、食材ばかりが並ぶ通りを歩きながらバーンダーバの表情がみるみる険しくなった。



「どうしたんですか? バン」



 フェイが不安げな表情で見つめる。



《ふん、大方、こんなに食料があるならばなぜ魔界へと食料を送ってくれなかったのか? などと考えているのだろう》



 フェムノは見事にバーンダーバの胸中を当ててみせた。



「まあ、そんなところだ」



《バンよ、欲というのは際限がないのだ。 我が戦いを求め続けるように、人間は富を求め続けるのだ》



「…… ままならんな」



 それだけ呟くと、バーンダーバは何も言わずに黙って歩き出した。

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