勇者にフラれて。5
「そういえば、さっきの話だとバーンダーバさんも魔界へ強制的に帰ってるはずですよね? なんでそうならないんですか?」
「私にも確かな事は言えないが、恐らくエルフと魔族の混血のお陰だろう。 魔族の出入りを封じる結界が私には上手く作用しないんだろうな」
それ以外、バーンダーバ自身にも思い当たる節がない。
フェイの言う通り、バーンダーバ以外の魔王ダーバシャッドに付き従っていた魔族はダーバシャッドが死んだ瞬間に魔界へと転送された。
バーンダーバは連絡係の魔族がいつまでも来ない事におかしいと思い、迷宮を出たくらいだ。
そして魔王が死んでいることをクライオウェンの廃墟で察した。
《そんなことより、どうやって魔界へと送る大量の食料を手に入れるつもりだ? 何か算段はあるのか?》
「うむ、分からんな。 魔界は人口が少ないが、それでも数百万人はいる。 それだけの大量の食料を手に入れ、なおかつ、定期的に送り続けるとなると…… どうしていいやら」
バーンダーバが腕を組む。
「平和的に。 ですよね?」
「無論だ。 どこかの聖剣と違ってな」
《誰の事だ? 我なら国を1つ攻め落としてその国民を奴隷のように働かせて食料を作らせ、魔界へと送り続けるがな。 早いし確実だ》
「お主、本当に聖剣なのか?」
バーンダーバは考えの斜め上の回答がきて流石にひいている。
フェイも隣に立て掛けた聖剣を見て表情が固まった。
《かははははっ、何を隠そう我は元々が魔族だ! この世界とは別のな。 闘争の女神ゼラネイアの5つの神子、魔王ガーシャル様の眷属だ。 故に、戦うの大好き! 混沌が大好き! まぁ、それが祟ってな、人間と戦うよりも魔族と戦う方が楽しいと踏んで人間側に寝返った。 その時になんやかんやとあって剣になってしまったんだが…… それは説明が面倒だからはぶくとしよう。 そして見事、闘争の女神ゼラネイアを倒しはしなかったが封印するのに一役かってな。 その功績で"銀聖剣"と渾名が付いた。 それが我"銀聖剣フェムノ"だ》
魔剣だった。
「戦い好きをこじらせて、自分の親に戦いを挑んだ訳か。 とんだ孝行息子だな」
《で、あろう! ま、今はそんなことはどうでもいい。 お前の話だ、バーンダーバよ》
言われて、またバーンダーバは考え込む。
だが、いくら考えても何も考えらしい考えは浮かばない……
「浮かばんな、よし、こういう時は寝るに限る。 魔王様が言っていた、考えてもダメな時は寝ろとな。 スッキリした頭で考えるのがいいそうだ」
フェイが笑った。
「なんだか、魔王さんっぽくない教えですね」
バーンダーバも笑う。
「自慢の主君だ」
《寝られると我は暇だ》
「それでは、見張りを頼んでもいいか?」
《伝説の聖剣を見張りに使うとは不届きものめっ》
バーンダーバとフェイの笑い声が荒野に響く。
バーンダーバはこんなに笑ったのはいつぶりかと、心が晴れていくような心地だった。
───────────────
魔王ダーバシャッドが魔界で拠点としていた魔王城。
廃墟となった魔王城の一室、魔王軍が健在だった頃は軍事作戦会議室だった部屋に1人。
相変わらず、大きな円卓の前に力なく座っている男。
ランバールは、どうしたものかと、ずっと靄のかかった頭で考えていた。
『ランバール、俺が死んでもバン坊を玉座に据えるのはやめろ。 あいつにゃ戦狂いの魔族を束ねんのは無理だ。 悪かったな、本当なら戦争なんかするつもりじゃ無かったんだが…… お前にゃ苦労をかける』
魔王の言葉を思い返し、全てが魔王のシナリオ通りなのかと思考を巡らせる。
バーンダーバの強さを知るものは少ない。
知っているのは、魔王ダーバシャッドが魔界を統一する際に戦った他の四天王。
彼ら以外では、バーンダーバの直属だった部下以外だとランバール以下数名。
バーンダーバはたった1人で現界と魔界を合わせて9種しかいない原初の竜、その中の最強の龍を相手に戦って「参った」と言わせた伝説を持つほどの男だ。
それを知る数少ない者も、現界での戦争でほぼ全員が命を落としている。
魔界では珍しく、戦いを好まない穏やかな性格。
そのせいで力があるにもかかわらず、人気はほとんど無かった。
初対面から戦闘力の低いランバールに対等に接したのは魔王とバーンダーバくらいか。
魔王の倒れたとき、バーンダーバ以外の四天王は全員が既に死に、バーンダーバは迷宮に籠っていて何もしなかったせいで魔界での元々高くなかった評判は地に落ちた。
不思議なのは、バーンダーバが魔王が討たれたのに魔界へ転送されなかったことだ。
バーンダーバならば何をおいても駆けつけたはず。
「…… どうでもいいか」
魔王の遺言もあったが、ランバールは戦いを好まない友人を無理やり祭り上げて玉座に座らせる気にはなれなかった。
もし、バーンダーバを魔王にするならば。
バーンダーバの力を示すために争乱の中へ身を投じなければならない。
だから、無理やり魔界から遠ざけた。
魔王が死んでも現界へ留まれたなら、もう一度現界へ行くことも出来るだろう。
後の事は、そこまで面倒は見きれない。
自分でどうにかして貰おう……
こちらはこちらで大変だ。
魔王が死に、それまで魔界を牛耳っていた配下の三魔王も死んだ。
魔界はこれから、血で血を洗う権力争いに入るだろう。
魔王ダーバシャッドが望んだ魔界とはかけはなれた物だ。
それを分かっていながらどうする事も出来ない自分が歯痒く、腹立たしかった。
バタンッ
扉が乱暴に開かれた。
「まぁだここにいたのか、ランバールさんよぉ」
入ってきたのは元魔王軍内で四天王に次ぐ高い戦闘力と、あまり高くないオツムを首の上に載せた男。
五千魔将・バドカーゴ。
「バドカーゴ、なにか用か?」
ランバールは相変わらず癇に触る顔をしたバドカーゴにイライラを隠しきれない。
「用ってぇとありませんよ、だから来たんです」
「無いなら失せろ、今は貴様とお喋りしたい気分ではない」
「失せるのはあんただ、ランバール。 力もないのに偉そうな顔をするんじゃねぇ! この城は俺様の居城になる、力のないあんたには"用"がないんだよ」
ランバールは長く座っていた椅子からゆっくりと立ち上がった。
「分かりゃいいんだよ、弱ぇ癖に魔王にゴマすってのし上がった雑魚が。 殺されねぇだけありがたいと思いやがれ」
ランバールは、何も言わずに扉まで歩き、そこでひたと止まった。
「去る前に、バドカーゴ様のこれからを少しお聞かせ願えるか?」
ランバールが試すような目線でバドカーゴに訪ねた。
「これから、魔王を目指すのだろう? 魔王となった後はどうされるおつもりか?」
「無論、現界に攻め入るのさ。 魔王様のやり方はぬるすぎた、俺が現界の人間を一瞬で始末してやる。 勇者なんぞ現れる前になぁ」
バドカーゴは自信に満ちた、イヤらしい笑みを浮かべる。
「…… そうか、では、私は魔界の悲願が果たされるのを願っているとしよう」
ランバールはバドカーゴがそれ以上なにか言う前に部屋を出た。
───── あの四天王を従えた魔王ダーバシャッドに出来なかったことが、貴様に出来るはずがなかろうが……
───── あのバカは、これから魔王になるために魔界のそこら中で戦禍を巻き起こすのだろう。
───── 1万の魔族を軍門に下すまで……
ランバールの足が早くなる。
向かう場所も定かではないというのに……
───── 必要だ。
───── 誰よりも強く。
───── 不死身の魔王が。
ランバールの瞳に、暗い決意の炎が揺らめいた。
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