アマルンの森。3
「いえいえ、助けてもらったお礼ですから」
その言葉に、バーンダーバの表情が明るくなる。
「助け合いか、良いものだ」
「バン、もう数時間で日が暮れてしまうと思います。 今日は採集はやめて、明日にしましょう」
フェイが空を見上げた後、まだ顔色の悪いアニーを見る。
彼女を動かすにはもう少し回復を待った方が良さそうだ、というフェイのアイコンタクトにバンが頷いた。
「そうだな、せっかくだ、皆で食事にしよう。 ちょうど弔わなければいけない獲物もいるしな」
そう言うと、バンがライカンスロープを捌きにかかる。
「ポールにクライン、食事の支度を手伝って貰えるか?」
ライカンスロープに皮を剥ぐ為の切れ込みをいれながらバンが後ろを振り返る。
「えぇ、もちろん。 ただ、俺達は夜営のつもりはなかったんで大した食料は持ってないんですよ」
申し訳なさそうな顔でポールが背中のリュックを下ろして中身を探る。
「獲物ならここにでかいのがいるじゃないか」
バーンダーバが首を傾げながらライカンスロープをポンポンと叩く。
「ちょちょちょっ、まじで言ってんですかバンさん!?」
「ん? そんなに不味いのか、この魔物は」
「いや、ライカンスロープなんて食ったらライカンスロープになっちまいますよ! ダメですダメです!」
ポールとクラインが青い顔で止める、バンは申し訳なさそうな顔で作業の手を止めた。
「そうか、すまない、知らなかった。 では、この魔物の遺体はどう処理すれば良い?」
「毛皮は防刃性と耐魔性に優れてるので結構高値で取引してくれますよ、肉と骨はここで荼毘に伏しましょう。 手伝いますよ」
ポールが腰からナイフを取り出してライカンスロープの解体にかかる。
「助かる」
バーンダーバも作業に戻った。
クラインはバーンダーバの手元の魔力で作り出したナイフに見入っている。
「いやクライン、お前も手伝えよ」
「あ、すまない」
とぼけた顔でクラインも解体にかかる。
「解体が終わったら何か獲物を獲りに行こう、ポールにクライン、この辺でなら何が旨いか知らないか?」
バーンダーバの問いにポールとクラインが顔を合わせた。
「うーん、そうっすねぇ、ここら辺の崖の斜面に
「いやポール、あんなもんどうやって獲るんだよ。 ナイトイーグルは崖のとんでもない所に巣を作るんだぞ」
クラインが崖を顎で示す、崖は見上げると頂上が霞むほどに高い。
「最初に思い付いたのがソレだったからさ、森の中にも旨いものは結構ありますよ。
「妙な名前だ、なぜそんな名前なんだ?」
「マッシュルームボアは体に茸が生えてるんですよ、えーっと、何でだっけ? クライン博士」
ポールがいたずらっぽい顔でクラインを見る。
「寝床に大量の落ち葉と茸を敷くせいだ、落ち葉を養分に成長した茸を子供に食べさせる。 そのせいで体にまで茸が生えてる、ま、全部のマッシュルームボアの体に茸が生えてるわけじゃないけどな」
「おぉー、流石は博士」
ポールがパチパチと拍手を送る。
「クラインは物知りだな、では、レインスネークはなぜそんな名前なのだ?」
クラインは茶化し気味のポールを睨みつつ、純粋な顔で聞いてくるバンの方を見る。
「レインスネークは普段は地中に住んでるんです、それが雨の日には地面から這い出してくるんですよ。 だからレインスネークって呼ばれてます」
「凄いな、本当に博識だ」
バーンダーバが素直に感心するとクラインはまんざらでもなさそうな顔で笑った。
「俺はラスレンダール出身なんですけど、上に住んでた魔法使いが変なオッサンで、なんやかんやと教えてくれたんですよね」
「良い師に出会ったわけか、掛け替えのない物だな」
「そうですね」
クラインが照れた顔で下を向いた。
「よし、解体が終わった。 ポール、クライン、一緒に狩りに行こう。 フェムノ、ここは任せても大丈夫か?」
《無論だ、我を誰だと思っている。 貴様が余計な事をしなければ我がその犬ッころを切り刻んだものを、いや、むしろ我とフェイで狩りに行くからお前はすっこんで・》
「大丈夫ですよバン、ここは任せて行ってきて下さい」
「すまないフェイ、よろしく頼む」
頭に響くフェムノの怨み節に、フェイとバンはお互いに苦笑いを交わす。
「あの、フェムノって誰ですか?」
ポールが頭を傾ける、フェムノの声はフェイとバンにしか聞こえていないせいだ。
「フェイの腰の剣だ、少々、お喋りでな。 あまり気にしないでくれ」
バンは頬をポリポリと掻いた。
「はぁ」
わけが分からないといった顔でポールが返事を返す。
「さあ行こう」
バンが小走りに森の中へと入っていく。
「ちょっ、待ってくださいよ」
ポールとクラインが後について走っていった。
女性陣はそれをなんとなく微笑ましい表情で見送った。
「不思議な人ですね、バンさん。 ライカンスロープをあっという間に倒したくらいだから相当なレベルだと思いますけど、全然気取った感じがないですね」
アニーがバン達が消えた森の方を見ながら喋る。
「ホントに、しかもなんか、ずれてるって言ったらアレだけど、ちょっと変。 どっかの貴族の箱入り息子か何かですか? 家出したとか?」
メリナの言葉にフェイが吹き出した。
《貴族と魔族か、惜しいな》
フェムノがフェイの頭にぶつぶつと喋る。
「貴族ではないですけど、浮世離れっていう意味ではそうですね。 あってます、上手くは説明できないですけど」
「あ、あと、身なりを綺麗にしたら相当男前ですよね! いいなぁ、私もあんな素敵な彼氏と私も旅がしたい」
メリナが掌を合わせてときめいた表情をつくる。
「違いまし、彼氏とかじゃなくて、会ったのもホントについ最近で」
「え、そうなの? あはは、そんなに慌てなくても。 すごいお似合いに見えたけどな」
「メリナ、あんまり茶化しちゃダメよ」
悪い顔になっているメリナをアニーが呆れた顔でたしなめる。
アニーの顔色はかなり良くなってきている。
「あはは、ごめんごめん。 ところでさ、さっきもちょっと言ってたけど。 その剣って魔法剣だよね? フェイさんがアニーを治療した時光ってたし」
メリナがフェイの腰に下げたフェムノを指差す。
「はい、えーっと、そうですね、魔法剣の部類になると思います。 まだ私も持って日が浅いので詳しくは分からないんですが」
聖剣と言っていいのかどうか分からず、フェイも曖昧な解答をなんとも濁しながら伝える。
フェムノは最初に会った時に気に入った相手にしか喋らないと言っていたので、「この剣喋るんです」と言って頭のオカシイ人と思われても具合が悪い。
《お嬢さん方、何を隠そう我は異界の聖剣・フェムノである! かはははは、以後、お見知りおきを》
フェイを含め、3人ともが黙った。
流石のフェイも『喋らないんじゃなかったの?』と、心で少し悪態をついた。
……
…………
《おい、黙るな》
いつか聞いたセリフが、森林の中に響いて消えた。
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