勇者にフラれて。3

 フェイ・ファランツリー。


 神聖樹・ファランツリーを生まれ故郷にするエルフ。


 彼女は今世代の勇者アルセン・ファランツリーとは同い年の幼なじみ。


 一緒に育ち、遊び、二人でイタズラをして一緒に怒られた事もあった。


 成長して、お互いを意識しあうのも当然の流れだった。


 そして、アルセンが将来は一緒になろうと甘い約束を交わした翌年。


 アルセンに勇者の紋章が現れた。


 それも、魔王を従えた大魔王が来るという予言つき。


 正義感の強いアルセンはすぐに旅立つことを決意。


 フェイももちろん旅に同行することを決めた。


 だが、フェイはすぐに戦力的に旅についていけなくなった。


 アルセンは必ず魔王を倒して戻る、そしたら一緒になろう。


 そう言って、涙ながらにフェイを里に残して旅立った。


 数年後。


 見事アルセンは魔王を倒して里へと戻った。


「そしたら、なんか、一緒に旅した武道家の女の子と一緒になることにしたからって、私、フラれちゃったんですよね…… それがなんか、バーンダーバさんと聖剣さんの話しと、ちょっと似てるかなって思って笑っちゃったんです。 ごめんなさい」


フェイは苦笑いを顔に張り付けて喋っていたが、いたたまれなくなったのか俯いてしまった。


《かははは、なんとまぁ、奇妙な巡り合わせだ》


フェムノの笑い声も、どこか乾いたように覇気がない。


「…… そうだな」


 3人は食事も忘れて、火を囲んだまま黙り込んだ。


《よし、こうしよう》


 いや、一名どうしても黙らない物がいる。


《勇者にフラれた3人組だ、仲良く3人で旅を続けようではないか! いや、バーンダーバよ、貴様に何も目的が無いなら我はフェイと旅をすることにする。 別にお前はいてもいなくてもどっちでもいい。 むしろいなくていい。 そうだそれがいい! フェイよ、我の担い手にならぬか? 女の1人旅はなにかと危険だ、だが、我と一緒ならもう大丈夫! あんなベヒーモス1匹なんぞ切り分けて美味しく頂けるぞ! どうだ? いい話であろう?》


「え?!」


 なんとも自己主張の強い聖剣だ。


 バーンダーバはどうしたものかと考える、フェムノがフェイについて行くと言うのを止める権利が自分にあるんだろうか?


 聖剣が物言わぬ剣であったなら、フェイが持っていくという道理はない。


 だが、聖剣本人が喋ってフェイの物になると言われれば止めるに止めづらい。


 心情としては、魔王に託された聖剣は誰にも渡したくはない。


「いや、私が聖剣なんて持てないですよ! 無理です無理です」


 フェイが顔の前で両手をブンブンと振った後、腕を交差させてバツ印を作った。


《なにを言うか、担い手はそもそも我が決めるものだ。 フェイ、我はお前が気に入った! ぜひ、我の担い手になってほしい。 ほら、バーンダーバからも頼め》


 なんで私が……


 バーンダーバはそう思いつつも、魔族と分かっていながら嫌な表情を見せずに自分と食事をしてくれたこのフェイという女性に少なからず好感を持っていた。


 それに、自分が聖剣を持つ意味もない。


 それはバーンダーバにもわかっている。


「そうだな、私が持っていても仕方がないし、本人がそう言っているんだ。 フェイさんが持つのがいいだろう、ただ、私も魔王様から預かった物だ。 嫌でなければ旅に少し同行させてもらえるとありがたいが」


「あー、いや、ホントに、困ります」


 フェイはなおも腕でバツ印を強調する。


《よし、せっかくだ。 我の性能だけでも知ってもらおう! どうしても嫌なら仕方ないが、我も1度は持ってもらわなければ納得はいかん。 フェイよ、断る前に1度我を持ってはもらえないか? いや、断る前に持ってもらえないなら絶対に納得できん! 寝る間も惜しんで説得させてもらおう! ちなみに、我に睡眠は必要無いがな! かははははっ》


 自己PRを通り越してもはや脅しじゃないか、バーンダーバは思った。


 フェイは腕でバツ印を作ったまま、困った顔でバーンダーバを見る。


「うむ、フェイさん、すまないが持つだけ持ってやってもらえるだろうか?」


 なんで自分がとりなしているんだろうか?


 バーンダーバはこの聖剣に慣れだしてきている自分に気付いた。


「えと、はい、じゃあ持ってみます」


 観念したのか、フェイがおずおずとバーンダーバの隣に立て掛けてあった聖剣の柄を両手で握り目の高さに持ち上げた。


「すごい、軽いですね」


《おぉ、持ち応えは気に入ってもらえたようだな。 だが、まだまだこれからだ。 フェイは魔法の心得があると見受けたが、どうだ?》


 言われたフェイは酷く恥じるような顔になった。


「あの、ホントに、少しですけど」


《大丈夫だ、少しでいい、我に魔力を流し込んでくれ》


 フェイはフェムノに言われるがまま、魔力を流し込む。


 銀色の刀身から銀色の光がゆっくりと溢れるように現れた。


「…… すごい、綺麗。 あ、傷が治ってる?」


 ベヒーモスにやられていたらしい脇腹を押さえてフェイが驚いた表情になる。


《傷を治したのはついでだ、驚くのはこれからよ。 バーンダーバ、ちょっと相手をしろ。 フェイよ、バーンダーバに斬りかかってくれ》 


「え、いや、それはちょっと」


 また困った顔になる。


《なに、あれで魔王軍の四天王だったんだ、死にはせんだろう。 バーンダーバ、大丈夫だな?》


「構わない、だが、あまり無茶はするなよフェムノさん」


 バーンダーバは魔力弓を具現化して軽く構える。


《軽くだ、フェイ、さぁ、あの勇者にスルーされた哀れな四天王を真っ二つにしてやろう》


 スルーされたのはお前も同じじゃないか。


 バーンダーバは喉元まで言葉がでかかったが、フェイの微妙な表情を見てやめた。


 彼女も、勇者にスルーされたのだ。


「フェイさん、大丈夫だ、これでも腕には多少自信がある。 遠慮せずに撃ち込んで来てくれ」


 バーンダーバの言葉に、決心がついたのかフェイは剣を中段に構えた。


 バーンダーバから見れば技量はかなり低く見えた、それでも鍛練をしていたんだなという努力の後が見える構えだ。


「じゃあ、いきます」


 そう言ってフェイが後ろ足で蹴りだした瞬間、飛ぶように間合いがつまった。


 いや、本当にバーンダーバの胸にフェイが飛び込んできた。


 バーンダーバはスッとフェイを抱き抱える。


「す、すみません!」


 不意の至近距離にフェイが顔を赤らめる。


《すまない、ちょっと出力を上げすぎてしまった。 今度は思考速度も上げよう、もう1度だ》


「えぇ! まだやるんですか?」


《無論だ、まだバーンダーバを斬っていないからな》


 助けを求める顔のフェイに向かってバーンダーバは肩をすくめた。


「やってみよう、思考速度まで強化するなどあまり聞いたことがない。 私も少し興味がある」


 実際、あの構えからは信じられないような踏み込みだった、流石は、異界から喚ばれた聖剣というだけはあるようだ。


 あれほどの身体強化魔法は魔界でもなかなかお目にはかかれない、バーンダーバは少し、フェムノの強化魔法に興味が湧いた。


《さあフェイ、もう1度構えだ》


 渋々といった表情でフェイが剣をまた中段に構える。


 銀色の光が剣から漏れてフェイの全身を淡く包み込む。


 フェイの目が驚きに見開かれた。


 バーンダーバが魔弓を構えると目線で試合が始まった。


 前回同様、鋭い踏み込みは間合いでしっかり踏み留まり上段から銀閃がバーンダーバに襲いかかる。


 バーンダーバは具現化した魔弓で剣閃を受ける。


「続けよう、遠慮はいらない」


 バーンダーバの言葉に銀閃が煌めく。


 上中下のコンビネーション、間合いをとって踏み込みからの横薙ぎ。


 鍔迫り合いも凄まじい膂力。


 最初の構えからは想像もつかない剣戟。


 しばらく続いた試合は、大上段からの剣をバーンダーバが受け止めたところで終結した。


 受けたバーンダーバの足元が少し沈むほどの威力。


 これほどの使い手は強者揃いの魔王軍内でも100人といなかった……


「凄いな、身体強化と思考速度強化か。 その上に回復魔法まで使えるとは」


《広範囲の殲滅魔法も得意だ。 バーンダーバもなかなかやるではないか、途中からかなり本気でフェイを魔力強化したが、全て受けきるとはな。 して、どうだフェイ? 回復に強化だけではない、寂しい夜には話し相手にもなるこんなに心強い聖剣を手に入れない理由は無いであろう?》


 最後が余計だと思わないでもないが、バーンダーバは内心で舌を巻いた。


 神がわざわざ異界より召還するだけはある。


「凄いですけど、なんで私なんでしょうか?」


《一目惚れの理由を聞くなど野暮というものだ》


 フェイは困った顔でまたバーンダーバを見る。


「私から何かを言うことはない、フェイさん、聖剣も300年以上誰にも使われなかったんだ、良ければ話し相手になるくらいの軽い気持ちで腰に下げてやってくれ」


《おい、ただの可哀相なヤツみたいな言い回しが気に入らん》


 実際そうじゃないかと思うバーンダーバだが、もちろん口には出さない。


「それじゃあ、他にふさわしい人が現れるまでという事なら」


 フェイが少し笑いながら承諾した。


《うむ、よし!》


「よろしくお願いいたします、聖剣様」


《なにを言うかフェイ、我らはパートナーだ。 フェムノと呼んでくれ、我もフェイと呼ばせて貰おう。 よろしくな! かははははっ》


「少し冷めてしまったが、食事の続きをしよう」


 バーンダーバとフェイはまた火を囲むように座った、今度は、聖剣はフェイの隣に立て掛けられた。


 美しい銀色の、意匠の凝らされていないシンプルな装飾がフェイにはよく似合っているようにバーンダーバは感じた。


 フェイは食事をとりながら、嬉しそうに微笑んでいる。


《嬉しそうだなフェイ。 我の担い手になり、喜んでもらえたようでなによりだ》


 目のないはずの聖剣はどうやって見ているんだろうか?


 バーンダーバは素朴にそう思った。


「違うんです、あ、それももちろんそうなんですけど。 誰かと一緒にご飯を食べるのが久しぶりで、それがなんか良いなって思って」


 フェイの、どこか幼さの残る優しい笑顔が焚き火の炎で照らされる。


 バーンダーバは妙な心地よさを感じた。


「そうだな、私も誰かと食事をとるのは久しぶりだ。 やはり、皆での食事は良いな。 空腹はもちろんだが、心まで満たされるような心地がする」


 バーンダーバは、焚き火を囲んでとる食事に昔の出来事に想いを馳せた。


 今は亡き、魔王ダーバシャッド。


 彼と初めて会い、勝負を挑んで完膚なきまでに叩きのめされた後にこうやって食事をとった。


 その時に、聞かされた魔王ダーバシャッドの想う魔界の未来を。


 バーンダーバは思い出して"はっ"となった。


《どうした? バーンダーバよ》


「聖剣よ、私のすべき事を思い付いた。 いや、思い出したと言うべきか」


 バーンダーバの目に、数年ぶりの火が灯った。

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