勇者にフラれて。2

 ぐうぅぅ~。


 長い沈黙が破られた、バーンダーバが見ると女がお腹をおさえて顔を真っ赤にした。


「ち、違うんです。 これは、その」


「よし、私もちょうどお腹がすいていたところだ、一緒に食事にしよう。 弔わなければいけない者もいるしな」


 バーンダーバは魔力でナイフを造り出してベヒーモスを捌きにかかった。


 ベヒーモスの鎧のような表皮を滑らかに切り裂いていく。


「いえ、助けて頂いたのに食事にまでお世話になれないので…… 本当に、大丈夫ですから」


 バーンダーバが手を止めて女の方を見る。


「あー、では少し手伝ってもらえないか? 食事にしようとは言ったんだが、実は調理に使えそうな物を何も持っていないんだ。 鍋かフライパンでもあったら貸してほしい」


「あ、それなら」


 女は近くに転がっていた自分のリュックを拾いに走った、リュックの紐を開いて鍋を取り出し、石を並べて手際よく火の準備を進めていく。


 それを見てバーンダーバは解体作業に戻った、ベヒーモスを解体する手付きに迷いはない。


 魔界で滅多に取れない獲物を捕った時、バーンダーバが決まって解体して仲間と一緒に食べていた。


 バーンダーバは鼻歌交じりに上機嫌で手を進めていく。


《おい、2人とも我の質問をスルーして進行するな。 バーンダーバよ、その不愉快な鼻歌をやめろ》


 バーンダーバのエルフ族特有の長い耳がピクリと動いた。


「お前は、何年も喋らなかった癖に喋り出したら口が止まらんのだな。 話しは食事をとりながらでもいいじゃないか」


《ふぬぅ、いいだろう。 ではお嬢さん、お名前だけでも教えてもらえないか?》


 鍋の支度をしていた女がビクッとなった。


「あ、すみません。 申し遅れました、フェイといいます」


 立ち上がって、行儀良くペコリと聖剣にお辞儀をする。


《フェイか。 素晴らしい名をお持ちだ、フェで始まるのが一番良い名前だ。 私はこの世界の神に異界より召還された聖剣。 異界では"銀聖剣"と呼ばれていた、名は"フェムノ"、以後お見知りおきを。 見る限り、"エルフ"の特徴をお持ちのようだが、エルフはそのほとんどが生まれ故郷の神聖樹から外へ出ないと聞いた事がある。 込み入った事情の旅なのだろうか? よければお聞かせ》


「聞くのは名前だけじゃないのか聖剣よ」


《うるさい奴だな、私が喋りたいのはこちらのお嬢さんだ。 貴様じゃない、貴様はそっちで黙って魔物を食べやすい大きさに切り刻んでおけ。 しっしっ》


 バーンダーバはどっちがうるさいんだと思ったがぐっとこらえて頭を振って黙った。


 まあ、聖剣もさんざん自分に付き合って、ずっと黙っていたせいで反動で喋っているんだろう。


 自分にも、落ち度がある。


 そういう事にしておいて、聖剣の相手はフェイという女に任せる事にした。


 とうのフェイは、どうにも困った顔で聖剣の話しに受け答えをしている。


 バーンダーバは柔らかそうなあばら骨の周りの肉をそぎおとし、フェイの用意していた鍋に入れる。


 鍋の中には野草が少し入っているだけだ。


「すみません、野菜などの持ち合わせがなくて……」


「いや、かまわない。 この草はなにか?」


 バーンダーバが鍋の中の野草を指差す。


「これは、お肉の臭みをとるためのキプナキサという香草です」


 フェイは中身を軽く混ぜたあと鍋の蓋を閉めた。


 焚き火の勢いを弱火に調整する女の手元を、バーンダーバはなんとなく眺める。


 フェイの手際は非常に良い。


 ……


 …………


《喋ってもいいか?》


「あー、あぁ。 いいだろう」


《ふん、改めて自己紹介だ。 フェイよ、この男はバーンダーバ。 こいつはこう見えてつい最近、人間の住む現界に攻め行ってきた魔王軍の四天王筆頭だ。 どうだ、驚いたか?》


 驚いているのはバーンダーバである。


 なんで誰もが逃げ出しそうな話をいきなりこの聖剣はぶっ込んできたのか?


 フェイの顔もしっかり固まっている。


 フェイの視線は聖剣を見てから、ゆっくりバーンダーバの方に移る。


 その視線を受けて、まだ何も食べていないのにバーンダーバは胃が痛くなる心地だった。


「いや、まぁ、嘘ではない。 確かに私は魔王軍にいた、だが、今は現界を害そうという気はない。 安心してほしい」


 バーンダーバは言っていて、なにも安心出来ないと我ながら思った。


《かはは、案ずるなフェイ。 コイツはさっきまで我を使って自分の心臓を刺そうとしていた無害な男だ。 あまりにもブサイクな顔でメソメソしていたんでな、我が声をかけて元気付けてやっていたところにフェイの助けを呼ぶ声が聞こえてな。 我の命令で助けに走ったのだ、そういうわけだ、人を助ける程度の良心は持っているから大丈夫だ》


 自分の心臓を刺そうとしていたら無害なのか?


 むしろ害がありそうにしか聞こえない、自暴自棄になった人間が一番恐ろしい。


 ましてや、バーンダーバは魔族である。


 バーンダーバもフェイも、もはや目も合わせられない。


 ……


 …………


 沈黙に耐えきれなくなったバーンダーバがゆっくりと立ち上がる。


「すまない、私はこれで失礼しよう」


「待ってください!」


 慌ててフェイも立ち上がり、去ろうとするバーンダーバを止める。


「すみません、嫌とかじゃなくて、何て言っていいか分からなくて。 あっ、出来たみたいです、食べましょう食べましょう」


 早口で喋るとフェイが鍋の蓋を開けて中身を軽く混ぜる。


 器に肉を盛ってバーンダーバに差し出した。


「…… ありがとう」


 器を受け取ってバーンダーバは座り直した。


《いや、すまない。 ちょっと考え無しに喋りすぎたようだ》


 バーンダーバはフェムノがちゃんと謝れるタイプの聖剣だとわかって少し安心した。


「いや、お前は事実を話したまでだ。 それに、お前のお陰で隠し事が無くなってスッキリした。 ありがとう」


《いやなに、礼には及ばん。 かはははは》


 バーンダーバはフッと笑って肉を頬張った。


 香草と塩だけのシンプルな物だが、数年ぶりの食事は体に染み渡るような心地がした。


「美味しいですね」


 フェイは皿が一つしかなかったのか、鍋の蓋に肉をのせて頬張っている。


「ん、旨いな。 こんなに旨い食事は久しぶりだ」


「私も、こんなに美味しい食事なんていつぶりかわからないくらいです」


「ありがとう、フェイさんのお陰で旨い食事にありつけた、器を借りて申し訳ない」


 バーンダーバは器を軽く持ち上げてフェイを見る。


 食事と、フェイの小さな心遣いも相まって心が暖まる。


「いえ、お気になさらずに。 あの……」


 フェイがバーンダーバの顔をチラチラと見る。


「ん、なんだろうか?」


「私自身、魔族を直接見たことがある訳じゃないんですけど。 その、魔族の特徴は真っ白な髪と真っ白な肌だって聞いていたんですけど……」


「あぁ、私はエルフと魔族の混血なんだ。 まぁ、物心ついた頃には1人だったから親の顔を見たことはないんだがな。 だから私にも確かな事は言えないんだが」


「それは、すみません。 余計な事を聞いてしまって」


「いや、私の育った地域では普通だった。 気にしないでくれ。 せっかくだ、他に気になることがあったら気にせず聞いてほしい」


 どう考えても警戒されているであろう状況を少しでも和らげたくてバーンダーバは肉を頬張りながら笑顔で答える。


「すみません、それじゃあ、もう1つだけ。 聖剣と魔王軍の四天王様がなぜこんなところに?」


「あぁ、それは」


《我が説明しよう、これがなかなか傑作な話でな》


 意気揚々と喋り出した聖剣に、バーンダーバは嫌な予感しかしない……


《こやつはな、魔王の命を受け迷宮にて聖剣を護る役目を仰せつかった。 当然だ、異界の魔神をすら斬り砕いた銀聖剣! それが勇者の手に渡れば魔王の命など風前の灯火だ! 私も見たが魔王はなかなか見る目があるな! 我を一目見て勇者の渡れば危険だと見抜いたのだから! だが、魔王には誤算があった》


 抑揚をつけながら、聖剣フェムノは喋り続ける。


 バーンダーバはお前が喋るのが一番の誤算だと、喉元まで言葉が出かかったがグッと飲み込んだ。


《勇者が聖剣なしでも魔王を討伐せしめるほどの強さを持っていた事だ! 全くひどい勇者だ、神がわざわざ用意した聖剣をスルーするとは。 必要無くても取りに来るのが筋だろうて、神が召還して魔王軍の四天王が護っている聖剣を取りに来ないとか、はっきり言って約束を破ったような物だ! お約束というのを知らんのか? まったく、なんと罪深い。 かくして、この魔王軍四天王筆頭! 魔弓のバーンダーバは魔王が死んだことも知らずにそのまま1ヶ月以上も迷宮で来るわけのない勇者を待ち続けた! もう戦争は終結したというのに! 定期連絡がいつまでも来ないのでおかしいと思ったバーンダーバが現界の魔王軍拠点クライオウェンに行くともぬけの殻! 急ぎ魔界へ戻れば四方八方からの"大事な時にいない無能"扱い! かははははっ! さあ! 笑ってやれフェイ! この哀れな哀れな四天王をなぁ!!》


 何が面白いのか、聖剣とは思えない下卑た笑い声を荒野の端々まで響き渡るんじゃないかという大音量で上げる。


「ふふふふ」


 まさかのフェイの笑い声を聞いてバーンダーバはショックを受けた。


《馬が合うなお嬢さん! 傑作であろう?》


「あ、いえ、違うんです。 ごめんなさい、バーンダーバさんを笑ったんじゃなくて。 実は、私も勇者に、アルセンに置いてきぼりにされちゃったんですよね……」


 その言葉に、バーンダーバは顔のないはずの聖剣と顔を見合わせた……

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