勇者にフラれて。1
時の大神・クーンアールが300年前の遥か昔に予言を残した。
内容は
《300年後、魔界より四人の魔王を引き連れた大魔王が現れる。 その大魔王は神々の魂さえも砕く力を持つだろう》
神々は300年後の大魔王に備えて準備を進めた。
人類最強の英雄。
闘争の龍の加護。
異世界の聖剣。
次元の大神・オルパターンが異世界より召還した、異世界の魔神を斬り祓った聖剣。
「それが、お前だと言うのか?」
《だ。 ま、結局は勇者に使われず仕舞いだからな。 勇者に置いてけぼりを食ったという意味ではお前と一緒だな? かははははっ》
豪快に笑う聖剣。
予言は間違いなく、バーンダーバの仕えた魔王ダーバシャッドを指していた。
なぜなら。
一万の魔族を従えると魔王と呼ばれる魔界において、ダーバシャッドが頭角を表す以前に3人の強力な魔王が存在した。
魔界で最も肥沃とされた中央原野の魔王。
怒炎のオンオール。
魔界の東、死出の谷の魔王。
氷烈のヒルサザール。
魔界の西、剣の峰と呼ばれる山の魔王。
女帝ヴィーマイ。
魔界で長く恐れられ魔王として君臨していた三魔王、これらをダーバシャッドは十数年間の激闘の末にに打ち倒し、従えさせた。
そこにバーンダーバを加えた、魔王直下四天王。
予言との違いは、バーンダーバが一万の魔族を従える魔王では無いこと。
だが、些細な事だ。
魔界の長い歴史を紐解いても、魔王を従えた魔王はダーバシャッドのみ。
それほどの、神々が300年も前から討伐に向けて準備をしていた魔王を聖剣無しでいとも簡単に討ち取った勇者。
バーンダーバは今さらながら、主である魔王を討った勇者に思いを馳せた。
《ま、そんなことはどうでもいい》
良くはない、バーンダーバは密かに思った。
口にはしないが……
《いい加減に、何かしようと考えたらどうだ? バーンダーバさんよ》
「それより、聖剣よ、喋れたのか?」
魔王が魔界より現界に現れて、一番最初に攻め行った現界最大の王都・クライオウェン。
クライオウェンの王城、その宝物庫から簒奪した聖剣。
魔王が一目見てその力を見抜き、バーンダーバにその守護を任せた。
その後、迷宮へバーンダーバが持って入り数年。
さ迷った期間も含めればかなりの年月を共にしたが、1度も喋ったことはなかった。
それが今
《喋れるから喋っている》
「なぜ今さら?」
《本来なら我は気に入った相手にしか喋らん、ま、今回は余りにもお前が哀れだったからな》
そうか、なるほど。
聖剣に哀れと思われるほどに、今の自分は惨めなのか……
「…… ふっ、ふはははははっ」
バーンダーバは堰を切ったように笑いが込み上げてきた。
《かははははっ》
釣られて、なぜか笑う聖剣。
二人の笑い声が響く。
《それで、どうする、やはり死ぬか? 死ぬならその前に主を殺した勇者を殺そうとか思わんのか?》
「物騒な聖剣だ。 お前は本来なら勇者の力になるためにあるんじゃないのか? それが勇者を殺すように
《我の本能は戦うことにあり、だ。 我に敵を与えてくれなかった勇者なら、勇者本人に相手をしてもらうしかあるまいて》
聖剣と言うより魔剣的な発想である。
「私は別に戦う事に興味はない、例え魔王様を殺した勇者とて、それは戦争なのだからどちらかが死ぬのは当たり前だ。 恨む気持ちはない」
《ふん、つまらん奴だ。 声をかけずに死ぬのを待っておけばよかった》
ひどい言い種だ、バーンダーバは聖剣の言い様に薄く笑った。
「聖剣よ、ありがとう。 わざわざ喋りかけてくれたお陰で、少し気持ちが軽くなった」
《そうか、なら、感謝の印に少しは我を楽しませろ。 異界より召還されたと思ったらずっと城の宝物庫に入れられ300年、やっと出されたと思ったら今度はお前と一緒に穴蔵だ。 そこから出たと思ったら面白味の一切ない徘徊に数年は付き合わされた。 あのままお前を刺し貫いていたら、今度は何年この荒野に放置されるか分かったもんじゃない! いい加減に飽き飽きだ! 我に戦う相手か娯楽をよこせ! くそったれが!》
「わかった、わかったから落ち着いてくれ。 すまなかったな」
段々とヒートアップしていく聖剣をなだめる自分がおかしく、またバーンダーバは笑った。
《なにがおかしいっ!》
「いや、まさか聖剣に怒鳴られるとは思わんだろう。 おかしくもなる」
《ふん、まあいいだろう。 それで、何をする? さっさとどこかへ連れていけ》
「そう言われてもな、私には、なにも目的もないしすることもない」
《したい事もないのか?》
「そうだな、思いつかない」
《使えない上につまらん奴だ》
「ん?」
聖剣の小言を聞いているとバーンダーバの鼻に微かに血の匂いが届いてきた。
《どうした?》
「血の匂いがする」
《行くぞっ! さっさと立て、何をしている! どっちだ? 走れ!》
聖剣の声に咄嗟に立ち上がり走る、バーンダーバの素直な性格が発揮された。
バーンダーバが飛ぶような速さで走っていると手元では《久々に血が見える》《肉が斬りたい》《皆殺しだ》だのなんだのと聖剣が危ない呟きを漏らしている。
血の匂いを辿って見えてきたのはみすぼらしい格好をした女と巨体の魔獣。
魔獣は濃い鼠色の表皮に赤い瞳、ねじくれた2本の角を生やしたベヒーモス。
女は今にもベヒーモスの歯牙にかけられようとしているのに、地面に倒れたまま無感情な顔でそれを見上げている。
バーンダーバはベヒーモスの巨体を蹴り飛ばし、ベヒーモスと女の間に割って入った。
「魔獣よ、お前も食わねば生きていけんだろうが、私も見てしまった以上は同族が食われるのは見過ごせん。 ここは退いてはもらえんだろうか?」
バーンダーバは魔獣ベヒーモスに向かって語りかけた。
いくら魔獣が賢いと言っても言語を理解するものは少ない、バーンダーバを前に一瞬の逡巡を見せたベヒーモスだったが、次の瞬間には唸りを上げて襲いかかってきた。
バーンダーバは小さくため息をつき、弓を構える動作をとると手に魔力弓が現れた。
次の瞬間にはベヒーモスの額、ねじくれた2本の角の間に穴が開き、ズシンと音をたてて地面に砂埃を上げて倒れた。
バーンダーバが振り返ると女は地面に尻餅をついた姿勢のまま固まっていた。
今度は呆けた表情ではなく、バーンダーバを見て固まっている。
エルフの特徴がある、赤毛の女。
身なりは浮浪者のようにみすぼらしい、が、それはバーンダーバも同じである。
「大丈夫か?」
「…… あ、はい、すみません。 助けていただいてありがとうございます」
「いいんだ、ひどい格好だな。 いや、私が言えたものではないか」
バーンダーバは自分の服を今さらのようきに見下ろした。
「こんなところで一人で、冒険者か?」
「あぁ、ええ、その、そんなようなものです」
なんとも曖昧な返事が返ってきた、バーンダーバはそれ以上なんと言っていいものかと、視線をベヒーモスに向ける。
《お嬢さん、なぜこのようなところに一人で?》
バーンダーバの手の中の聖剣が喋った。
──── 気に入った相手にしか喋らないんじゃなかったのか?
《怪しい者ではない、我は世界を救うために異界より遣わされた聖剣。 名をフェムノという、よければお名前を伺ってもよろしいか?》
バーンダーバの思いを他所に聖剣は饒舌に喋る。
女は剣が喋るという展開についていけず、口をパクパクさせてバーンダーバの方を見るばかりだ。
《おい、黙るな》
荒野にひゅうっと風が通りすぎた。。。
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