勇者にスルーされた四天王ですがなにか?〜迷宮で聖剣を護ってる間に魔王様が討たれて役立たずと魔王軍から追放されたので人間の世界で冒険者になります〜
金城sora
一章・新たな旅路・贖罪の門出
追放。
「これはこれは、面白い客人だ。魔王軍四天王筆頭、魔弓のバーンダーバ様じゃないか。今さら何をしにここへやって来た?」
窓から差し込む魔界の赤い月光に照らされた男、冷ややかな、抑揚のない声。
「ランバール、魔王様は、討たれたのか?」
扉を開き、月明かりに照らされた男を見るなりそう声をかけたのはバーンダーバ、彼が呼んだ名前は魔王軍の軍事総司令官、力こそが全ての魔界において、力はないが明晰な頭脳で魔王軍を支えた男。
知将・ランバール。
一目で魔族と分かる魔族特有の白髪に白い肌、室内の唯一の椅子に腕を組んで腰をずらし、力なく座っている。
軍略では魔王軍最高幹部の四天王でさえも一目おいていた存在は、今は虚ろな目をしていた。
「ははは、わざわざ聞かねば分からんのか? 見ろ、この有り様を。魔王様が討たれ、権威を失った魔王城の姿を」
力なく笑い、ランバールは椅子に座ったまま両手を広げて天井を仰いだ。
石壁にヒビが走り、燭台は床に倒されている。
かつては壁を飾っていた華麗な武具や美しい装飾品は全て消えていた。
残っているのは価値の無いものばかりが物盗りの被害を免れて無造作に転がっている。
失墜した王城の凄惨な末路がそこにあった。
権威は地に落ち踏みにじられ、栄華の象徴であった物は全て奪い去られた。
元は軍事作戦室だったこの部屋にも、残っている物は物盗りが持ち出すには大きすぎた円卓と、ランバールが座っている汚い椅子だけだ。
「バカな、信じられん…… 魔王様が、討たれるはずは」
「バカは貴様だバーンダーバ。役立たずの四天王筆頭殿、魔王様の危機に1か月以上も遅れてくるとは。いや、バカは魔王か? 貴様のような無能を四天王筆頭にするような愚か者だ。それで? 四天王筆頭殿、今さらどの面を下げて来たのか教えて欲しいものだ」
ランバールはバーンダーバを蔑んだ目で見つめる。
その目を受けて、いや、その言葉を受けてバーンダーバの表情が険しくなる。
バーンダーバにとって魔王は誰よりも尊敬する相手だった。
「随分な言い様だ、私が居なかったのは魔王様より預かった聖剣を勇者の手に渡らぬよう人間界の迷宮に入っていたせいだ。そのような言われ方をされる筋合いはないはずだ」
「はぁっはははは! 素晴らしい! 見事に聖剣を護り抜いたじゃないか、魔王様を護らずに聖剣を後生大事に護り抜くとはなぁ。とんだ阿呆だ! 流石は四天王筆頭、魔弓のバーンダーバ様だ! やることが違う! 阿呆の魔王様が四天王筆頭に選ぶだけはある!」
ランバールは手を叩いて笑った。
バーンダーバの体の周囲に魔力が渦を巻いて吹き上がる。
「ランバールよ、私の事はいい。なんと言われても仕方がない、大事な時に居なかった事実は変わらない。 だが、魔王様を愚弄するのはよせ。それは見過ごせん」
バーンダーバの怒りに呼応するように魔力がバチバチと弾ける。
「ふん、面白いじゃないか。俺を殺すか? 殺したければ殺すがいい! お前なら俺などいとも簡単に消し飛ばせるだろうさ! どうせ俺は魔王様の側にいても魔王様を護ることが出来なかった雑魚だっ! 貴様がいればっ」
魔界でも屈指の魔力を放出するバーンダーバの怒りを前にしても、ランバールは怯まずにバーンダーバを睨み付ける。
「貴様がいれば、魔王様も健在だったかも知れぬものを…… 闘う力の無い俺ではなく、魔王軍最強の貴様が魔王様の側にいれば……」
歯を噛み締め、失意を口にして凄むランバールを前にバーンダーバの気が削がれる。
室内に旋風を起こしていたバーンダーバの魔力の奔流がスッと欠き消えた。
「すまなかった、私としたことが……」
「もういい、失せろ。もはや残党とも言えぬ魔王軍だが、そこにすら貴様の居場所はない。いや、この魔界のどこにも貴様の居場所はない。また迷宮にでも籠っていろ、魔族の癖に闘う事を嫌うお前にはそれが相応しい」
打って変わったようにランバールは疲れた口調でそう言うと、黙って下を向いた。
バーンダーバは何事か言おうと口を開きかけたが、何も言えずに口を閉じた。
魔王が死んだ事を自分が受け入れられていないように、ランバールも受け入れられていないのがバーンダーバには今の一瞬で痛いほどに伝わった。
闘いを好み、力こそが全ての魔界で闘う力の低いランバールを要職に着けた魔王をランバールは心酔していた。
魔王軍内で誰よりも自分が魔王様へ忠誠心がある、そう思っていたバーンダーバがあっさりとその意見を変えた相手。
それがランバールだった。
バーンダーバは黙って部屋を後にした。
"闘い"以外は取り柄もない魔族だけが住まう魔界において歴史上で見ても最も栄えた魔王城。
人間の住む現界から持ち込まれた調度品や嗜好品の数々で魔族の誰もが目を楽しませていた魔王城内部は見る影も無いほどに荒廃していた。
『こんなもん、なんの意味もねぇ。魔族にゃあ、眺めて悦に浸る馬鹿はいても、教養を深める物好きなんかいねぇからな。いや、1人いるか、ランバールは物珍しそうに眺めてたな』
かつて、魔王城を飾っていた装飾品をみて魔王はそう一笑に付した。
今は亡き魔王の言葉を思い返してバーンダーバの心は余計に暗くなる。
魔王が討たれてたった1か月。
それだけでこうも荒れ果てるものか。
戦好きで、争い勝つ者が尊ばれる魔界では1度負けただけで尊厳を失う。
それは魔王であっても、いや、魔王であるからこそより顕著に現れる。
バーンダーバは荒廃した魔王城内の廊下を歩いているだけで魔王が討たれたという事実を嫌というほど痛感した。
どうすればいいか、ぼんやりと歩いていると廊下の先からバーンダーバの知っている男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
その男はバーンダーバを見つけると険しい表情でバーンダーバの面前まで挑発するように顔を近付けてきた。
「こいつぁ驚いた! 四天王筆頭様じゃないですか!」
お互いの鼻が当たりそうな距離で男が荒げた声を出す。
「久しいな、バドカーゴ」
バーンダーバが挨拶を返したのは魔王軍内で四天王に次ぐ実力者。
五千魔将・バドカーゴ。
「いつ洞穴から出られたんで?」
なおもバドカーゴはバーンダーバの面前で声を上げる。
「魔王様が崩御されたと聞いてな、急ぎやって来た」
「いそぎぃ? 俺の思う
バーンダーバを"兄貴"と呼んで慕っていたバドカーゴからの冷たい表情に、バーンダーバは微かに胸を痛めた。
バドカーゴの大きな声に、ちらほらと魔族が集まってきて遠巻きにバーンダーバとバドカーゴを見ながら口々に何事かを囁きあっている。
「私は迷宮に籠っていた、そのせいで連絡が遅れたのだ。すまなかったな」
バーンダーバが頭を下げようとした瞬間、バドカーゴがバーンダーバの胸ぐらを掴み上げた。
「謝ってなんになる! そんなもんはなんの意味もねぇ! あんたはもうお仕舞いだ! この役たたずめ! その聖剣と四天王筆頭の証の魔剣を置いてさっさと失せろ! 魔族の面汚しがっ!」
バドカーゴがバーンダーバの持つ聖剣に手を伸ばした。
周りの者にはバドカーゴがバーンダーバの持つ聖剣を掴んだ、かに見えた。
実際には、バーンダーバはバドカーゴの手首を聖剣の束の手前で鷲掴んでいた。
手首を捕まれたバドカーゴの額にうっすらと汗が浮かぶ。
「これは、魔王様が私に護れと託された聖剣だ。例え魔王様が崩御されたとて、私が魔王様の命令を違えることは無い」
それは最早バーンダーバの意地であった。
いや、意地というよりは固執かもしれない。
聖剣は魔王の命令を完遂したというバーンダーバにとっての証とも言える。
亡き魔王と自分を繋ぐ最後の楔のように、バーンダーバはしっかりと聖剣を握った。
「そして、この幻魔剣・エクナバルカは四天王筆頭の証ではなく、魔王様が魔界を平定した折りに祝いの品として私に下賜された物だ。例え私が四天王でなくなったとしても、誰にも渡すつもりはない」
バーンダーバはゆっくりとバドカーゴの手首を離した。
バドカーゴは苦い顔で、それでも一歩も下がらずにバーンダーバを睨む。
「あんたの時代は終わった! 俺は全線で戦い続け、あんたは洞穴に籠ってただけだ! もう俺の方が強い! それが証拠にあんた以外の四天王は全員死んで、俺だけが生き残った! 失せろ! 誰もあんたなんか認めちゃいない! この腰抜けめ!」
バドカーゴの覇気に周りに集まっていた者達も黙った、一瞬の静寂。
「…… バドカーゴ、すまなかったな」
それだけ言うと視線を下げてバーンダーバは歩き出した。
周りからは口々に
「バドカーゴ様の覇気に圧されて逃げやがった」
「はっ、アイツが現界に行ってなにしたってんだ? "ミスターいたんですか?"ってあだ名がぴったりだ」
「何であんな奴が四天王筆頭だったんだ? 勇者にビビって迷宮に籠ってたんだろ? 他の四天王は皆、勇者と激闘の末に死んだってのによ」
これ見よがしに、聞こえるように、嘲笑と罵倒の声がバーンダーバの耳に入ってきた。
魔界を平定するために、共に血を流した戦友達から向けられる冷たい視線。
心を抉られるような喪失感。
ここには自分の居場所は無いんだと痛感した。
バーンダーバは魔王城を去ると当て所なく彷徨歩いた。
生きるために食事を必要としない魔族ゆえに、季節が何度も移り変わるまで歩き続けた。
どこを歩き、何を見ているかも分からないままに。
失意のままに。
歩いた。
歩いて、歩いて。
ひたすらに自分を責め続けた。
何が四天王か。
何が魔界最強か。
魔界の掃き溜めで蛆虫のように這いつくばっていた自分を拾い上げてくれた魔王。
恩だけではない。
『俺はお前のようなガリガリの餓鬼ばっかりの魔界を変えてぇ、先ずは魔界を統一して、その先は自然が豊富な現界に行く、資源を得て魔界を豊かにするつもりだ。お前もそれに力を貸せや』
初めて出会った頃の魔王の言葉。
魔王の理想とする魔界を説かれ、自分にもその一助が出来ればと付き従った。
頭の悪い自分には戦う事しか出来ない。
そう思いただひたすらに力を磨いた。
それも、何の意味も為さなかった。
なにが、四天王か。
立ち止まり、空を見上げた。
赤い夕日が雲を染めている。
周りは赤茶けた荒野が広がる。
なにもない。
手には相変わらず聖剣が握られていた。
『バン坊、お前は
「約束、したではありませんか。魔王様」
呟いて、手に握られた聖剣に視線を落とす。
鞘から剣を引き抜くと見事な銀色の刀身に、長く彷徨歩いて汚れきった男が写った。
無能な男の顔が。
「魔王様 ── 愚かな私をお許しください」
呟いて、聖剣の切っ先を自分の心臓に向ける。
とうとう、歩き疲れた。
一思いに、バーンダーバはもう楽になりたかった。
《お前は聖剣をちゃんと護ったではないか、いつまでも自分を責めるな》
「…… 勇者は、聖剣など必要としなかった、私のしたことに、何の意味がある?」
バーンダーバはぐっと歯を噛み締めた。
散々に後悔したというのに、悔しさはいくらでも溢れてくる。
《聖剣が勇者の手にあれば、もっと早く魔王は討たれていたかもしれないじゃないか》
「バカな、
バーンダーバはピタリと止まった。
自分は、誰と喋っているのか……
《かはは、今さら気付いたか。愚か者め、我は目の前にいるぞ、お前の手の中にな》
バーンダーバはゆっくりと聖剣を自分の目前に掲げた。
《そうだ、貴様がいまお喋りしているのは我! 聖剣である! かははははっ》
聖剣の笑い声が荒野に響く。
バーンダーバは何も言わずに、いや、何も言えずにただただ聖剣を見つめた。
……
…………
《おい、黙るな》
聖剣の声に反応するように、ひゅうっと荒野に風が吹いた……
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