第508話「サキと逢い引きをした」

 俺がその日朝食を食べに食堂に行くとまたアイツがいた。どうせ面倒なことなのだろうと思い別の席に着く。するとわざわざ席を移動して俺の前に来た。


「どうして逃げるんですか……クロノさん……?」


「だってお前が関わってくる時点で面倒なことに決まってるじゃん? そりゃ逃げるって」


「失礼です……私だって……普通のお願いくらい……します」


 お願いって言えば許されると思うなよ? どう考えても頼み事じゃねえか、とりあえず報酬の算段だけはしておこう。最悪ドラゴン討伐の依頼までも図々しくしてきそうなのがサキだ。


「どうせ無茶な依頼を受注してきたんだろう? 面倒なんで自分でなんとか出来ないのか?」


 コイツは報酬をきちんと俺に配分するので嫌いではないが、そもそもこの村の報酬が低すぎてとてもではないが協力する意味を見いだせない。


「ちがいます! 今日は……その……クロノさんと……その……」


「なんだよ? 面倒な交渉は無しにしようぜ。さっさと本題を言え、怒らないから」


 断るかもしれないけどな、それは言わずにサキの言葉を促す。


「わたしと……逢い引きを……してくれませんか?」


 顔を真っ赤にしてそう言うサキ。何を言っているんだコイツは? この前会ったばかりの旅人相手にいうことではないだろう。というかそういうのは好きな相手とするものではなかっただろうか?


「お前な……なんでよりにもよって俺なんだよ。村の中に相手くらいいるだろ? 俺はそういうの受け付けてないんでな」


 勇者の女癖の悪さを反面教師に、俺はそういったものに関わらないようにしようと決めている。面倒くさい上に後々トラブルになるようなことを好き好んでやりたくはない。


「この村……老人ばかりなので……一度でいいから……だめ?」


「だめ、俺は面倒事は嫌いなんだよ」


 俺はにべもなく断った。こんな事に含みを持たせた返答をしてキープするやつはクズだと思っている。


「じゃあ……指名依頼にする……」


「ちょ! ちょっと待ってくれ! まさか『逢い引きをすること』なんて依頼をギルドで出すつもりじゃないよな!?」


 サキは笑顔になって頷いた。


「クロノさん、依頼なら受けてくれるから……それに……この村は……依頼料が安い」


 ぐ……それを言われるとな、確かにこの村ではギルドの利用が安くあがるので指名依頼を出すのだって簡単だろう。だとしたら俺の方が立場が下の状態でそんなことをしなくてはならない。くっ……仕方ないか。


「分かったよ、今日一日付き合ってやる。だから指名依頼を出すのは止めてくれ」


 俺はたまらず引き受けることになった。指名依頼で『逢い引きをしてくれ』なんて出された日には恥ずかしくて表を歩けない。と言うかサキだって顔が悪いわけではないのだから、俺なんかをわざわざ選ばなくても問題無いだろうに、コイツの考えることはさっぱり分からんな。


「やった……!」


「はいはい、とりあえず朝飯を一緒に食べようか」


「うん!」


 思い切りの笑顔になって頷くサキ、コイツは案外腹黒いのかもしれないな。


 コトリ


 俺たちの前に鶏のバター焼きが運ばれてきた。二人してそれを食べることになったのだが、当然共通の話題など持っていない。『天気が良いな』『そうですね』くらいの中身がすっからかんの薄ーい会話くらいしか出来ない。まったく話が弾まなかった。


 そうして肉を食べ終えた俺がのんびり外を見ながら、サキが食べ終わるのを待った。退屈だとは思ったが不愉快だとは思わなかった。たまには休日というのも悪くない。たまたまそれにサキがついてきただけだと考えよう。それなら多少難儀な休日と考えられる、そう思えば少しは気が楽だった。


「ごちそうさま……」


「よし、じゃあどこかに行くか。と言っても、俺はこの村のことをさっぱり知らないのでサキが案内してくれ」


「うん!」


 とびきりの笑顔で頷くサキ。しかしこの村に観光地などというものがあるのだろうか? 観光客がきている様子も無いのでそんなものがあっても儲かるとは思えない。


「じゃあ……いこ」


 サキに手を引かれるまま宿を出た、それからサキが俺を引いて連れて行ったのは村の歴史館だった。間違いなく逢い引きで行くような場所ではない。しかしこの村には観光地らしいものが無いので仕方がないのだろう。そう考えると村が気の毒になってきたな。


 中に入ると薄暗い建物で村の歴史が淡々と書かれていた。内容は大体村に税金を透過してくれない国への不平だったり、村を捨てて移住していった若者たちへの愚痴だったりとクソみたいな内容だった。


 しかし何より、その内容を楽しげに見ているサキが何より不気味だった。この村が好きなのだろうが少々歪んだ愛情を持っているような気もする。


 退屈な歴史館を出て次はどこに行くのかと訊ねると、『美術館』だと答えた。こちらはまだ男女が入ってもそれほどおかしくはない場所だなと思う。しかし一々選択が渋いんだよなあ……サキの趣味はよく分からんな……


「じゃあ行こう……」


 そうして俺を案内してたどり着いた先は村が繁栄していた頃に買い集めたという美術品が展示してある美術館だった。美術館の名前の通り、本当に美術品しか展示しておらず、高名な魔導師が書いた魔道書とかの、『実用性のある展示物』は一つもなかった


「なあサキ、こういうのって何が面白いんだ?」


 思わず俺はそう訊いてしまった。あまりにも退屈すぎる、少なくとも旅人を連れてくるような場所ではない。ついこの間きたばかりの人間にこの村の歴史に興味を持てというのは無理な話だ。つまらないものはつまらない、ハッキリそう言える人でありたいと思う俺はそう言う。


「え……? クロノさんは……つまらないの? この面白い展示品が?」


「逆に訊くけどこれを見て満足する人がどれくらいいるんだ?」


「わたし……いろんな人と来たの……みんなつまらないって言って離れていった……クロノさんもそうなの?」


 コイツ俺だけを連れてきたわけじゃないのかよ。しかもつまらないってハッキリ言われたんだな……仕方ない、本当はこんな事をするべきではないし、俺にとっては何の得もないのだが、サキがあまりにも気の毒なので、少しだけ楽しくしてやろう。


「サキ、ここの館長は何処に居るんだ? 少し話をしておきたい」


「あっち」


 そう言って奥の部屋を指さしたので、俺はそちらに行って、サキには出て待っていてくれと言っておいた。


 そうして俺はこの博物館の館長に会って、物好き極まることをやってサキのところへ戻った。そしてその日の夕食は当然の如くサキに奢らせた。


 翌日、博物館は多少の賑わいを取り戻していた。そこの展示品の目玉は、『ブルードラゴンの鱗』だ。もちろん誰がどうやって博物館に渡ったかは言うまでも無いだろう。

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