第509話「キラーベアの討伐」
その日の朝食はウサギ肉のスープだった。どうやら相変わらずサキのやつはウサギ狩りに精を出しているらしい。危険度も少なく結構なことだと思う、まあ朝食が美味しくないのは我慢しようじゃないか。
平和で美味しくない朝食を食べてからギルドに向かう。あの黒パンはとんでもなく固かったが、実はそういう作り方をしているのではないかと思う。
たまには別料金を払うなり、他所の食堂を探すなりしてまともな朝食を食べるのもありかもしれないな。村での稼ぎは安いが、その分食費も安いのだし、それも選択肢の一つだな。
そう考えながらギルドに入った。するとメアさんが俺を見るなり駆け寄ってきた。
「クロノさん! この依頼を受けてください! クロノさんに受けてもらえないとサキさんが受けちゃうんです! どうかお願いします!」
そう言って俺に一枚の依頼票をさしだしてきた、そこには……
『キラーベアの討伐、報酬銀貨一枚』
これはこれは……
「メアさん、いくら何でも安すぎませんか? これじゃあ子供のお手伝いレベルですよ?」
キラーベアって明らかにその値段で討伐するような相手じゃないだろう、買い叩くにしたって正気の沙汰じゃないぞ。その値段ならコボルトの一匹がいいところだ。
「まあまあ、クロノさんの仰りたいこともよーく分かります。ですがクロノさんがこの依頼を受けてくださらないと、このギルドでこんなものを受けるのは一人しかいませんよ?」
俺はいやいや答えた。
「なるほど、俺が受けないとサキが受けると?」
コクコクと頷くメアさん。いや、そうも危険な依頼にサキのやつが乗るだろうか?
「一応言いたいことは分かりましたけど、サキがその依頼を受けるかどうかは怪しいと思いますがね」
「甘い! 甘いですよクロノさん! サキさんはアレで案外貪欲に依頼を受けているんですからね? 絶対に銀貨一枚なんて依頼を諦めませんよ」
嘘だろ……サキがそこまで無茶な依頼を受けるはずないじゃないか。
「さすがにサキを舐めすぎでは? 安いですし危険が過ぎるでしょう?」
俺の言葉もメアさんは聞いていないようで滔々と語る。
「サキさんは一日に何枚も一角ウサギ討伐の依頼をこなすんですよ? 常設依頼だからいいでしょって言って好き放題受注していくんですよ? そんな人がこの依頼を見て受けないはずがないでしょう!」
まさかそんなものを受けるとは思えないのだが……
「だったら依頼自体を出さなければいいじゃないですか? それなら誰も怪我をしませんよ? それに野生のキラーベアが人里に入ってくること自体が珍しくないですか?」
そう、こんな依頼を貼り出す必要性が無い。キラーベアは魔物としては勘がいいので多くの人間を相手にすると負けると理解している。だから放っておいても安全であるし、むしろ討伐隊を出して追い詰める方が危険というものだ。
「そうなんですがねえ……この依頼、地元の観光協会から出ているんですよ、向こうの方が立場は上なのでどうにも断りづらくて……、向こうの言い分によると、『危険な魔物がウロウロしているからこの村への観光客が少ないんだ』だそうですよ」
あきれるなあ……つーか観光協会の方が立場が上なのかよ……この町の観光名所ってアレだぞ?
とはいえ、サキに危険な依頼に首を突っ込んで欲しくないことも確かだ。この依頼を受けてしまうとサキの強さでは命の危険がある。キラーベアはそこそこ戦闘に慣れた『パーティ』ならば苦戦しない相手だが、休暇を決め込んでいる俺なのでこのギルドの主力はサキ一人だ。俺が受注しなければサキが単独受注をしかねない。
そう、『パーティ』なら大したことのない相手なのだが、ソロで挑むとなかなか厳しい。タンク役が居て後ろから弓や魔法での援護しつつ攻撃するのが前提としての難易度だ。個人で受けると力強い攻撃を受けながら相手にダメージを与えなければならない。
「ところでメアさん、俺が受けるとしたらソロですけど、危険はないと判断したんですか?」
そう、この依頼を俺が受けてもソロ受注に変わりは無い。ならばサキとパーティを組ませる方が自然ではないだろうか?
「観光協会の偉い人がですね……ドラゴンの鱗の寄贈を受けたので、ドラゴン討伐が出来る人材がいるのだろうと押し切られまして、もちろんそんなことをするのが誰かは聞くまでもなく分かりましたよ」
くっ……俺が恩情をかけたのが裏目に出たか。あの館長に口止めをしていなかったのはマズかったか。てっきり見栄をはって正直なことは言わないと思っていたのだが、メアさんの勘の良さを侮っていたようだ。
「その話はそれまでにしましょうか、分かりました、その依頼を受けてあげましょう。だから深くは追求しないようにしてくださいよ?」
「分かりました、私は物事に深入りするのをよしとはしていませんからね。クロノさんの受注ということで、詮索はしませんよ。ですがキラーベアを倒せることだけは保証してくださいね?」
俺は笑顔を浮かべながら頷いた。
「ええ、たかが野生の熊ごときにおくれを取るほど雑魚ではありませんよ」
「普通は個人では戦わないんですがねえ……お願いしていてなんですが、クロノさん、死にませんよね?」
「当然でしょう!」
俺は断言して依頼票にサインをした。討伐最低数は一匹。そして一匹につき銀貨一枚、まあ安い依頼だがこの村にしては頑張っている方なのだろう。もはや諦めるしか無いんだよな。
「では行ってきますね」
「はい、吉報をお待ちしています」
そうして俺はギルドを出た。この村に来る道がほぼふさがっているも同然なのにキラーベアごときが観光客を狙うほど効率の悪い狩りをしたりはしないと思うのだが、偉い人の考えることは分からんな。いや、むしろ偉い人が何も考えずに依頼を出した可能性もある。
そうして柵も何も無い村から少し離れて探索魔法を使う。かなりの広範囲に使用したので三匹ほどの反応が返ってきた。この村、人間が少ないだけあって、人間を狙う魔物も少ないようだ。
『クイック』
『サイレント』
加速と静音魔法を使って、キラーベアに気付かれないように近づいていく。すぐに見えてくるその巨体の頭部に向けて拳を思い切り振った。トドメはナイフになるだろうが、これでも十分にダメージを与えられる確信のようなものがあった。
ゴトリ……コロコロ
キラーベアの頭が胴体からちぎれ飛んで地面を転がった。どうやら身体能力の向上はここまで強力なものらしい。この力は危険なのではないだろうか?
とはいえ、自分の力なのである程度調整が出来る。敵になる相手には与えたくない力であることは間違いないな。
そして次の目標へ向かってダッシュをすると、今度はナイフを首の部分に刺して失血死させた。やはりこちらの方が馴染むな……何度も使ってきたものだけのことはある。
そうして同じことを繰り返し三匹とも収納魔法でストレージに入れ、村へと帰還した。ギルドに入ると、サキがクエストボードを眺めているところだった。
「メアさん、依頼の目標は片付きましたよ」
「よかったです! さすがはクロノさん!」
そうして奥の部屋でキラーベア三体の死体を出して後始末はギルド……つまりはメアさん任せとなった。メアさんは熊など捌いたことが無いので肉屋に卸すそうだ。熊の肉って美味しいのだろうか?
とにかく依頼は完了したのでギルドから出ようとしたところで、カウンターに向かっていくサキが見えた。手持っている紙には『一角ウサギ討伐』と書かれているのが読み取れた。どうやらやはりコイツは本当に無茶をするようだった。
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