第507話「二人でゴブリンの討伐」

 その日の朝食では温かなスープに細々したウサギ肉が入っている。どうやら誰かが納品でもしたのだろう。構わず食べればいい、朝餉に美味しい肉を提供してくれたやつには感謝しないとな。


 ウサギの肉は血抜きが不十分で、クセのある味だが逆にそれが普段食べないものと感じられる。そして添えられている黒パンはやはり固いものだった。やっても問題無いならパンに時間遡行を使ってやりたいくらいだ。ここでそんなことをやれば目立って仕方ないのでそれをやるほどの度胸も覚悟も無い。


 黒パンをちぎって噛みしめる。麦の味しかしないのでそれを飲み下すためにスープで流し込む。これは時々討伐もしなくてはまともな食事が出来ないな……


 宿賃込みだと思うと当然のクオリティを出しているだけなのだが、どうにも勇者たちから離れてまともな食事をした結果、すっかり舌が肥えてしまったらしい。美味しいものを当たり前と思うのはよくないな……


 よくよく見ればここ数日宿泊もしていないのに食堂を使用していた客もいなくなっていた。つまりはイノシシ肉は使い切ったのでウサギで我慢しろということか。


 いや、ウサギ肉が不味いと言いたいわけではない。肉が入っているだけマシというのはこの村の経済レベルからしてありがたいことだ。しかし野菜があまり美味しくない、おそらくあまり品質の良いものを使っていないのだろう。


「クロノさん……居た」


「うおわあ!?」


 気配を殺してサキが近づいてきていた。ここまで来られるまで存在に気がつかなかったのは俺が気を抜いていた場面だったからと言う理由を差し引いても凄い、暗殺者に慣れるのではないか、そう思えるほどだ。


「美味しい……?」


「え、ああ、スープのことか……まあ美味いよ。少なくとも下働きをさせられていた頃よりは幾らかマシだ」


 勇者は雑用係に肉は不要といったことがあった。さすがに反論したのだが、それが気に障ったらしく、数日間腹を壊さないギリギリのラインを踏み越えそうな食事を出された。その結果として、あいつらに人間が食べられるものと食えないものの区別がついたことに驚いたものだ。


「そのウサギ……のお肉、私が狩りました!」


 元気よくそう言うサキ。危うく肉の処理が下手だなと言いそうになったのでその言葉を飲み込んだ。


「そうか、なかなか狩れるようになったのか?」


「はい……今は二三匹です、でも、きっと、もっとたくさん……納品出来る……と思う」


 自信なさげなサキだが、間違いなく成長している。肉を納品出来るまで狩っているということは、動物の命を奪うことにためらいが無くなりつつあるということだ。この前みたいにウサギが手負いだったら良いが、万全の状態では一角ウサギですら新人を殺しかねない。そう考えると定期的に狩れるようになったのは成長だ。


「きっとお前なら立派な冒険者になれるよ」


 俺の胸程までしかない身長の女の子にそう断言した。人間が戦うときに最後にものをいうのは気力なのだろうと思っている、死を覚悟した人間は強いし、生きるために圧倒的な強敵と戦うときには思わぬ力が出たりする。教会の連中から言わせればそれは『神の恩寵』だそうだが、俺からすればケツに火が付いてようやく必死になった人間の本気だと思っている。


「あの……クロノさん、お願いが……あります」


「なんだ? 難しくないことだったら協力するぞ?」


 普段ならここで報酬の交渉を始めるところだが、この村でまともな報酬が出ることはないと思って諦めている。それに俺はたった今、サキの討伐したウサギの肉を食べたのだ、それも宿賃込みで。ならば多少のことには目を瞑ってやってもいいさ。


「討伐依頼……一緒に来てくれませんか?」


「基本的に構わないが敵はなんだ? ドラゴンか? それともグリフォンか?」


「そんなにすごいのは……無理。ゴブリン……ゴブリン討伐に一緒に来て欲しい」


 俺はそれを聞いて思わず脱力してしまった。物々しい雰囲気で話し出したかと思えば獲物はゴブリンかよ! そんなもの勝手に受注して勝手に倒しておけばいいだろ。


 そう言いたいのをぐっと我慢して、俺は何か事情があるのか訊いてみた。


「ゴブリンって……ホブゴブリンやゴブリンキングか? ゴブリンロードはお前には荷が重いと思うぞ?」


「違う、普通のゴブリン……クロノさんが側に居ると……力が、出る」


 どうやら本気らしい。確かにコイツは何も知らないとはいえ、難しい討伐依頼の保険としてなら俺は役目をこなせる自信がある。しかしゴブリンにそんなものが必要だとは到底思えない。


「なあ、俺が行く意味が分からないんだが? 一角ウサギが倒せるならゴブリンだって倒せるだろ?」


 ゴブリンと一角ウサギの危険度はさして変わらない。変異種がいる分ゴブリンの方が危険かもしれないが、そんなことを考えていてはいつまで経っても討伐が出来ない。


「だめ?」


 目を潤ませてそんな問いかけをしてくるサキ。仕方ないな、ウサギ肉の礼ということで協力するか。


「分かったよ、お前には負けた。ギルドに行くぞ」


「やった……」


 一応喜んでいるらしい。新人の頃はなんだって不安だから仕方ないのだろう。それでも俺は冒険者なんて言うその日暮らしをする生活を好き好んで選ぶ理由も無いとは思うので、サキの考えていることはよく分からない。まあ、他所様の家庭の事情に深入りするべきではないな。


 そうして俺はパンを口に押し込んで、それをスープで無理矢理腹に落として宿を出た。


 ギルドは近いのですぐに着いたが、中では退屈そうにしているメアさんが居るだけだった。


「ありゃ、本当にクロノさんを連れてきたんだ」


 そんなことをメアさんが言った。つまりは俺を付けておいた方が村の人口が一人減る確率を減らせるということなのだろう。


 迷うことなくクエストボードに行ったサキは一枚剥がして提出していた。ゴブリンの討伐依頼だろう。俺はその様子を遠巻きにぼんやりと眺めていた。


「クロノさん、クエスト受けた……いこ?」


「はいはい、お嬢様のためならどこへなりとも」


 俺はうんざりした声でそう言って二人してギルドを出た。ギルドで酒を飲んでいるやつがいないのは、この村が勤勉なやつばかりで真っ昼間から酒を飲むようなやつがいないのか、あるいはギルドに行くような若者がいないからだろうな。どちらが正解かは村の様子から大体想像がつく。


「じゃあさっさと森に入るぞ。ゴブリンくらいサクッと片付けてくるからな」


「がんばる……!」


 俺たちは森に出た。俺はこっそり探索魔法を使って獲物を探す。あっという間に一匹のゴブリンが引っかかった。


「あっちだ、ご丁寧に一匹だけで狩ってくれと言わんばかりのやつがいる。ご厚意に甘えてサクッと倒してやろう」


「はい!」


 ショートソードを持ったサキはスタスタと俺の後をついてくる。別に探索魔法以外俺がいる意味はないのではないかと思えるほどにサキは何も恐れていない。戦場では不用心と言われるような行為だが、このあたりにそこまで賢い個体はいないようなので問題無い。


 少し歩くと目的の獲物が見つかったので、サキに倒し方を教えようとしたら隣にサキは居なかった。ゴブリンの方に目をやると、そこにはゴブリンの頭を切り落としたサキが立っていた。本当に俺がいる意味が微塵も感じられなかった。


「やった……!」


「すごいなお前、ところで俺がいる必要あったか?」


「クロノさんが居たから勇気が出た……一人はこわい……」


 よく分からないやつだが、とにかく依頼は達成ということで、ゴブリンの体と頭を収納魔法でしまってギルドに帰った。


「あら、お早いお帰りですね。ゴブリンは?」


 俺は収納魔法でゴブリンの死体を取りだした。それを一目見るなりメアさんは言った。


「珍しくやる気が出たんですね、サキさん」


「うん……やっぱり支援があると勇気が出る……だからがんばった」


 とにかく、依頼は達成となり、サキは報酬の銀貨一枚を嬉しそうに受け取っていた。俺は横目でそのやりとりをぼんやり見ながら人の心とか勇気とかについて考え込む。やはり人間はよく分からないな……俺も人間なんだがな。

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