第506話「サキは強くなりたい」
その日、納品者特権ということでワイルドボアの肉が多めに入った煮物を食べていた。野菜が多めだが、それでもまだまだ肉の量が多い。なくなったらまた納品すればいいかな?
しかし納品しても金にならないんだよな……しかし、食材が貧相だと悲しくなるので仕方ない話でもある。美味しい食事は精神の安定に寄与してくれる。
しかし、周囲には宿に泊まってない人が様々にワイルドボアの肉を食べている。宿以外でも食事はとれるだろうが、納品者が俺ということでやはりこの宿の料理が一番肉が多い。この宿は思わぬ幸運を得たのだろうが、俺に還元されるなら良いことだ。
しかし固くなったパンを出すのはどうかと思うんだがな……
パンを一々スープに浸して食べないと歯が砕けそうになる、そのくらい出来てから時間の経ったパンが出てくる。保存食なのだろうがもう少しサービスしてくれ。
一応の食事を終えて宿を出た。観光地としてやたら豊富な自然を主張している看板が目に付くが、豊富すぎてこの村まで来る道を塞ぐほど自然を大切にしているらしい。あの看板を読ませたいのか誰にも来て欲しくないのか分からんな。
そしてギルドに行き、クエストボードを眺めていた、そこで声をかけられてビクッとした。
「あの……旅人さんですよね?」
「そうですが何かご用ですか? お嬢さん」
育ちのよさそうな黒髪のお嬢様がそこに立っていた。身なりこそ冒険者のそれなのだが、明らかに一々髪をセットしている様子だ。どうせ滅茶苦茶になるのは確定なのだから冒険者の大半は依頼を受けるときに髪をセットしたりしない。
「お嬢さんじゃないです……サキと言います」
「それはどうも、俺はクロノです。ただの旅人ですよ」
俺はサキと名乗る少女に挨拶をした。冒険者に憧れるお転婆様といった様子だ。
「クロノさん、私を冒険者にしてくれませんか?」
ああ……面倒くさいことが頭をよぎる。大体、戦いのセンスや採集のセンスは実体験で学ぶものだ、そんな魔法みたいにあっという間に強くなれたり鑑定が上手になったりはしないのだ。
「サキちゃん、そんなことは旅人に頼むような事じゃないよ……」
言い終わる前にサキが声を上げる。
「クロノさんが討伐したワイルドボア……結構大きかった……? 私も是非……あのくらい……ううん、もっと小さくてもいい、何か狩りたい!」
「確かにあの程度なら頑張れば倒せるようになるが、時間が足りないな。何よりサキには覚悟が無い」
サキはムッとした顔をした。何が悪いか分かっていないというのが全てを表している。
「私に覚悟が無いと言いたいんですか……?」
「そうだよ、少なくとも普通に泥臭い作業になるし、そんな小綺麗な装備なんてして言ってもすぐにボロボロになるぞ。そのくらいも分かっていない時点で下調べもしていないのが丸わかりだ」
俺が指摘するとサキは顔を真っ赤にした。怒っているようだが、反論も出来ないようで黙り込んだ。
「だから俺が教えるようなことは無いんだよ」
「それでも……クロノさんは無傷だった……倒すのに成功した……はず! 私はクロノさんが……無傷で帰ってきたの……見た!」
断言するサキだが、俺の場合は特例だ。サキに時空魔法を使えるようになれというのは無茶だろう。適性がない人にどれだけ言っても仕方のないことだ。
「俺は無傷で倒せるだけの実力があるからいいんだよ、魔法で装備の修復も出来るしな」
時間遡行を使用すれば装備は綺麗さっぱり新品の如く綺麗になる。それを真似しろというのは無理な話だ。
「じゃあ私と組んで……? それならきっと大丈夫……だと思う! クロノさんと組めば……きっと……負けない!」
さてどうしたものか……普段なら即座に断るところだが、この村の報酬はお気持ち程度であって、大きな町で稼いだ生活費を切り崩して暮らすことになる。つまり依頼で儲かろうが儲かるまいがあまり関係が無いということだ。
「サキ、俺の気まぐれで良いなら組んでやる。ただし『命の保証はないからな?』」
実際のところは時間遡行で回復から蘇生まで自由なので死ぬようなことはないのだが、そこは覚悟の問題だ。冒険者なんて目指すからには死の危険が伴うことを覚えておかなければな。
「分かってます……! 私も家計に貢献したい……! 父さんと母さんが必死に働いているから……!」
明らかに冒険者など親御さんが悲しみそうな職業だし、家計に貢献したいなら村の中でアルバイトでもすればいい。こんなリスキーなものに手を出す必要は無い。本当に覚悟をしているとは思えないんだよなあ……
まあ、時間と金はたっぷりあるので特訓に協力するくらいのことは良いだろう。
「じゃあ早速この依頼を受けるので協力してもらえますか?」
その手に持っている依頼票は……『一角ウサギ討伐、報酬銅貨五枚』となんとも渋い報酬のものだった。それでも家族への貢献なら多少の足しにはなるだろう。
「じゃあそれをメアさんに提出してこい。受注はサインだけで出来る」
「はい! 初めての依頼なのでよろしくお願いします」
そう言ってカウンターに歩いて行った。歩く姿からもそれなりの育ちの良さを感じるんだがな。
カウンターからはサキとメアさんの言い争いが聞こえた。
「そちらは多少の危険がですね……出来れば薬草採集当たりを……」
「大丈夫です、クロノさんがパーティを組んでくださるって……言った」
「ああ、それなら大丈夫ですね」
あっさり俺の存在一つで議論はねじ伏せられてしまった。それでいいのだろうか? とにかく俺とサキで一角ウサギの討伐をすることになった。一人ならチョロすぎてあきれるような依頼だが、さてサキの実力はいかほどか……
「受注処理は終わりました。それでは森に行きましょう」
「ああ、終わったか。まあ初実戦だし死ぬような相手でもないからあんまり力を入れるなよ?」
俺はナイフを腰から提げ、もう片方にはワンドを持っているサキに対して言った。コイツ魔法も使えるのか……案外強いのかもしれないな。
そうして俺たちはギルドを出て、村を取り囲む森へ入った。俺はうっすらと感じ取られない程度の魔力を照射して一角ウサギを探した。ちょうどよく手頃な位置に一匹だけでいるのが分かったので『あっちにいるようだ』とサキの手を引いた。『どうして分かるんですか?』という質問には『研鑽の結果だ』と答えておいた。
そして目標地点まで来ると一角ウサギが足に傷を受けて歩いていた。丁度いい相手だしチャンスだな。
「よし、じゃあサキ、あの一角ウサギを倒してこい。魔法は無しだ」
「え……魔法を使っちゃダメ? あのウサギ死にかかってる……倒すのが気の毒……」
まるっきり初心者の言動をする先に俺はハッキリ言った。
「冒険者なんていう生き方を選ぶならこう言う汚れ仕事は必要だよ、絶対にな」
俺の言葉を聞いたサキは渋々ながらも一角ウサギに向かい、得意の調薬も出来なくなったウサギをナイフで刺した。
「よくやったな、冒険者は基本その繰り返しだ」
「うぅ……可哀想に」
どのみち放っておけば野垂れ死ぬか、より強い魔物に狩られるだけだが、そこは覚悟を鍛えるためなので黙っておいた。
俺は『初めての獲物だし持って帰るか?」
そう先に訊ねると、『クロノさんって収納魔法を使えるんでしょう? これを自分で持っておくのはなんだか嫌なのでお願いします」
そう言って一角ウサギの死体の角部分を持ったサキは言った。今回は覚悟が出来ているのか確かめるのが目的なので、収納魔法を使える必要は無い。そんなわけで収納魔法は俺の担当になった。
「じゃあギルドに帰るか」
「はい……」
俺は落ち込んでいるサキに、ギルドでエールを一杯奢ってやるというご機嫌とりの約束を取り付けたのだった。
そしてサキの冒険者としてのはじめの一歩はこうして始まった。
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