第505話「ワイルドボアの討伐」

 その日の朝食は運試しのようなものだった。村に一件しかない宿、選択肢のほぼ無い中でどのような食事が出るのだろうか? いや、もちろん金を払えばきちんとしたお食事処はあるのだが、なんと言ってもこの宿の魅力は安くて『三食付』なのだ。


 昼飯くらいはさすがに出ているので食べる機会も少ないだろうが、朝食と夕食は幾度となくお世話になる予定なので、是非とも美味しいものを提供して欲しいところだ。


 期待に胸を膨らませながらベッドから跳ね起き、食堂に向かう。さてさて、食事付銀貨一枚の実力やいかに、と言ったところだな。


 食堂へ向かうとなんだか少しだけ気落ちした。肉を焼くとき特有のあの香りが無かったのだ。分かっている、銀貨一枚で肉が出るなんて贅沢を期待してはいけない。しかしほんの少しだけ期待してしまう。


 食堂のドアを開けると客は当然のように俺一人で、ばあさんとじいさんがやっている食堂で席に着いた。メニューは一応あるが別料金のようだ、当然といえば当然と言える。


「お客さん、今日は野菜の日だが、苦手なものはあるかね?」


 野菜なのは少し残念だが、苦手なものに配慮してくれるのは客が少ない故だろう。それでも少し嬉しかった。


「いや、食べられないものは特に無いな」


 この際よほどのゲテモノでなければ我慢するさ、まあ野菜といっているのだから川で取ってきた訳のわからない生き物や虫の料理が出る心配は無いだろう。


「お待たせ、野菜スープだ、パンのおかわりは銅貨一枚だからな」


 そう言って固そうな黒パンと野菜が微妙に浮いているお湯を出してくれた。普通なら落胆でもするのだろうが、いかんせん一泊銀貨一枚だ。その値段なら許せる、安さは正義なのだ、多少のことは大目に見るべきだろうな。


 野菜スープは案の定塩くらいしか味がしなかった。無理矢理褒めるなら味の濃いものが食べられないほど酔っぱらったときに体に染み入りそうな味だった。ハッキリ言えば野菜クズ入りの塩水を温めたものだ。


 黒パンの固さといったら木材を噛んでいるかのような固さだったので、ちぎってはスープに浸して柔らかくなったものを口に押し込んで食事を終えた。朝食は微妙だったな、実質無料同然と思えば無理もないか。


 そして宿を出てギルドに向かった。この村に金払いの良い依頼が出ているとは思えないが、運良く割の良い依頼が出ていれば運が良いくらいの今後の運勢を占うつもりで向かった。


 そしてギルドに入るとクエストボードを眺めたのだが、眺める前に気付いたのが特に人が少ないと言うことだ。この集落が繁栄している様というのも想像出来ないが、それにしたってもう少し人数がいても良いのではないかと思うほどに少人数だった。


 クエストボードに貼られている依頼は討伐系も採集系も結構あったのだが、依頼票がボロボロになっていることから、いかに受注されることが少ないか分かるというものだ。


 さらには案の定というかなんというか、全体的に難易度の割に安い依頼ばかりだった。こんなものを受けなくちゃならないかと思うと気が滅入るな……


「クロノさん! 来てくださったんですね!」


 受付のメアさんはカウンターから俺の所まで出てきていた。職員としての仕事は……と言いたかったが、この場にほとんど受注しようという人がいない時点でこの反応は無理もないか。


「メアさん、何かお勧めの依頼はありませんかね?」


「あります! とっておきのやつが!」


 そう言ってしばらく前から貼られているであろう依頼を一枚剥がして俺に見せた。


「どうです? ワイルドボアの討伐、なんと依頼者は宿の主人ですよ?」


「何でやどの主がそんな治安維持みたいなことをやっているんですか……」


 俺があきれてそう訊くと、メアさんはいい笑顔で言い放つ。


「だってせっかくのお客様にたまにはお肉を出したいと言っているんですよ? しかもオークも狩ってくればボーナスがつきますよ? どうです? 美味しい依頼のような気がしませんか?」


 俺が肉を食いたいからといって自分でイノシシを狩って宿にさしだして調理してもらうのは、随分と都合のいい話ではないだろうか? しかし、それでも一泊銀貨一枚というのは魅力だし、そもそもこの村に宿は他にない。と言うことは少しでも美味しい食事が食べたかったらこの依頼を受けるべきなのだろう。問題は報酬だ。


『報酬、銀貨一枚』


 いや、そりゃあ宿の経営がいくら補助金漬けとは言え大変な状態なのは見れば分かる。しかしそれにしたってふっかけすぎではないだろうか? ケチるにしたってもう少しコストカットする場所というものがあるだろう。


「どうです? 少しは美味しい食事を食べたいでしょう?」


 結局、俺はメアさんの押しと、美味しい食事という誘惑に負けてその依頼を引き受けてしまった。何故旅人が猟師まがいなことをしなければならないのかは考えないようにしよう。


「ではクロノさん! ワイルドボア討伐お願いしますね! もちろん死体は持って帰ってきてくださいよ?」


「そのくらいは分かっていますよ……」


 こうして今夜の食事がイノシシ料理になる事が確定した。美味しい食事のためにデカいやつを狩ってこないとな。せっかく引き受けてしまったんだ、気持ちを切り替えて大物狙いでいくか!


「ではちょっと行ってきますね。通信魔法で門兵さんへの報告とかは……」


「そんな余裕があるように見えますか? 通信魔法だって道具をただでもらえるわけじゃないんですよ?」


 世知辛いなあ……誰かこの貧乏ギルドに通信魔法端末でも置いてやれよ、そう思ったが町を守る兵士がいないなら何の意味もないことか……


 俺は手をひらひら振ってギルドを出た。目指すは……いや……目指すほどのものでもないな、この村周辺にたっぷり広がっている森から獣を狩ってくるだけだ。


 目撃者もいないのでギルドから出るなり探索魔法を使用した。村の周辺にゴブリンからコボルト、変わり種としてはワイトまでいた。他二つはともかくワイトは遭難したからアンデッドにでもなったのだろうか?


 そんな疑念を抱きつつ、目的のワイルドボアを左側発見した。俺は加速魔法を使用する。


『クイック』


 瞬時にイノシシの前に出てきて驚いている様子だが気にせず顔面を思い切り殴った。顔面なら主に傷つくのは脳だ。イノシシの脳は需要がほぼ無いので多少傷つけても構わないだろう。そういえば勇者が偉そうに貴族と会食していたとき、メインディッシュなどと言ってサルの脳の料理を持ってきた貴族がいたっけ? 俺はその時勇者がパーティに一番貢献しているのだから勇者が食べるべきだと言って難を逃れた。


 あの時の嫌そうな表情を極力隠して脳料理を食べている様はなかなか愉快だったな。


 それはともかく、もう少し稼いでおきたいところだ。探索魔法を使うと近くにオークもいたので瞬時に近寄って息の根を止めた。これでストレージにはワイルドボアとオークの死体が入ったわけだ、食事には十分すぎる量だろう。


 そうして安心してギルドに帰った。


「クロノさん……単独でオークを狩ったんですか?」


 びびっている様子のメアさんに俺は堂々と頷いた。オークの一匹も倒せないで何が旅人などやっていけると思うのか? それなりに過酷な環境で戦ってきたんだぞ。


「ではこちら、銀貨になります」


 俺は報酬の銀貨を受け取って財布に入れた。明日の延泊代金にでも使おう。


「ところでクロノさん」


 メアさんが胡乱な目をしてこちらを見ている。


「どうして収納魔法が当たり前のように使えるんですか!? 普通こんなに入りませんよ?」


 何でって練習したからだがな。そもそも後天的に収納魔法を使えるようになれることも証明したこともあるので、何もかも今さらな話だ。


「大したことじゃないです、練習次第ですよ」


「練習次第って……まあこれは我々で宿に納めさせていただきますね」


 こうして俺のこの村で最初の依頼は無事完了した。その日の夕食はオーク肉のシチューだったのだが、俺以外にも村人が客としてきていた、まったくどこから嗅ぎつけたのか知らないが感服したいよ。


 こうして多くの人でワイルドボアのシチューを食べるイベントは終わりを告げたのだった。

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