フィアート村編

第504話「フィアート村に着いた」

 俺は現在、野営をしている。それというのも道が悪くなってきたからだ。下には蔓が這い、上の方は木々が太陽光をさえぎっていた。そのおかげで歩みが遅くなり野営をする羽目になった。さすがに自然破壊を広範囲にやるわけにはいかないので仕方がない。


 火をおこして干し肉をあぶる、良い香りが漂ってくるが、周囲に時間停止の結界を張っているので襲われる心配は無い。無いのだが……


 なんと魔物はほとんど引っかからず、普通の熊などの動物ばかりが引っかかるのだ。魔物は人間を襲うものだが、このあたりではそこまで人間がいないのだろうか?


 不安に思っていても仕方がないのであぶった干し肉にかじりついた。旨みが口いっぱいに広がる。やはり野営していると安い食材でも美味しく感じられるな。


 腹も膨れたし、寝るとするかな。どうせ結界に引っかかるのは雑魚ばかりだ、放置していても問題無いだろう。


 そう思ってその辺に屋根代わりの布を張ってその下に寝転んだ。真っ暗な森の中で夜中に動き回るのは不便だしな。


 そうして俺はすぐに意識が落ちた。翌朝目が覚めたときに結界に引っかかった魔物を調べてみたが、スライムなどの小物以外では野生の獣しか引っかかっていなかった。


 それらは無視して俺は道『のような場所』を選んで進んでいった。道と断定するにはあまりにも荒れ放題だった。どうやら地図によると目的地は村だが、あまり裕福ではないのだろう、大抵町への街道といえばそれなりに整備されているものだが、この村はそこまで回す金が無いらしい。


 不安を覚えつつも先に進んでいくと開けた場所に建物がいくつか並んでいた。壁どころか柵ですら囲っていないとでも言いたげに、足元に『フィアート村』と書かれている看板が立っていた。


 まさかのノーガードにびびりながらも村の中を観察した。人はほとんどいないようだ、それも目に付く人にはお年寄りが多い。どうやら若い人は町に出て行ったのだろう。


 とりあえずギルドに行くか……


 ギルドと宿はどこにでもある。迷ったらとりあえずその二つを探せばいい、しかしギルドがどの建物なのかぱっと見で分からないというのもスゲーな……


 村のギルドを探すために街道――と言っても随分ショボいが――を通りながら看板を見て回る。


『フィアート村ギルド』と書かれた小さな看板が出ている建物を見つけたので、その中に入ってみた。中では僅かな若者と老練な猟師然としたメンバーが酒を酌み交わしていた。そこへ俺が入ったものだから非常に目立つ。


「新人さんですか? こちらが受付ですよ」


 受付から声がかかったのでそちらに向かった。新人が来るのはよほど珍しいことらしく、受付の人は珍しいものを見る目をしていた。


「私は受付のメアと申します、以後お見知りおきを。まあギルマスもやってるんですけどね」


 そう言ってハハハと笑うメアさん。分かっていたことだがギルドに割く人材はこの村にほとんどいないらしい。


「メアちゃん! こっちにエールを一杯!」


「はいはい、飲み過ぎないでくださいよ……まったく」


 ワンオペなのでメアさんは俺から離れてエールを注いでテーブルに持っていった、それから戻ってきて俺との話は再開した。


「俺はクロノです。旅人をやっているのでこのギルドにもお世話になると思います」


「ああ! 旅人さんなんですね! 珍しいですねえ……何も無いでしょう、この村?」


「それは俺の口からはノーコメントで」


 メアさんは微笑み、俺に対して入村記録を付けていた。門兵もいないのに入村記録を付けることにどれだけの意味があるのかは分からない。


 もっとも、ギルドに登録するという意味ではそれなりに意味がある。冒険者が滞在しているという情報は重要だからな、俺のような旅人の力も借りたい場面だってあるだろう。そういうときのためにも、村に入ってきた人の記録を取っておくというのは重要だ。


「ところでクロノさんはどのくらいの実力があるんですかね?」


 メアさんがそう訊いてきたので俺は少し悩んだ。


「人並みくらいですかね」


 まあ勇者パーティに入っていたといっても、あくまでも『元メンバー』だしな。それを自慢気に語ったところで嘘と思われるか、『追放されたんだろ?』と笑われるのがオチだ。


「そうですか、人並みでも十分にたくさん依頼が溜まっているので、クロノさんにはお世話になると思いますがよろしくお願いしますね!」


 そう言ってメアさんは笑った。そんなに他所から来た人が珍しいのだろうか? まあ道なき道状態だったので無理もないか……アレはほとんど人の来ていない証拠だったからな。


「クロノさん、早速依頼を受けますか?」


 メアさんがそう訊いてきた。


「いや、緊急のものが無いなら宿の確保を先にしたいのですが、この村の宿ってどこにありますか?」


「ああ、宿ですか……ギルドの裏に一軒だけ『アーク』という名前の宿がありますよ」


「一軒だけですか……パンクしたりはしないんですか?」


 俺がそう訊くとメアさんは笑って言う。


「この村の景気がそのくらい良くなれば良いんですがねえ……」


 どうやら宿の設置は義務となっているので、一応運営しているだけのようだ。あまり商売っ気がないというか、そもそも客が少ないのだろうな。


「ありがとうございます、その宿に行ってみますね」


「はい、今後とも当ギルドをごひいきにしてくださいね」


 その言葉に頷いて俺はギルドを出た。そしてスカスカの建物の並びから隙間を探してギルドの裏に回った。そこには『宿屋アーク』と小さな看板を出した建物があった。宿といっても民家とそれほど違いは無く、多少大きいだけの普通の家に見えた。


 俺が宿の中に入るとおばあさんが『いらっしゃい』と言って出迎えてくれた。


「この宿、延泊は出来ますか?」


 俺が始めにそう訊ねると、おばあさんは驚いた顔をした。


「ははは、冗談が上手だねえ! この宿にそんなに客が来ると思うかい? 代金さえ払ってもらえば住居にすることだって出来るよ」


 悲しい話を聞いてから、俺は料金はいくらか聞いた。


「一泊銀貨一枚、三食付だよ」


 それは破格の条件だった。銀貨一枚で一泊出来て三食もついてくる。そんな豪勢なことが許されるのだろうか? しかし今の俺には非常にありがたいので、その条件に飛びついた。


「ではとりあえず一泊。延泊するつもりです」


「そうかね、何も無い村だがまあ楽しんでいってくれるとうれしいねえ」


 そうして鍵を渡され、夕食は食べるかと聞かれたので『もちろん食べます』と答えて部屋に行った。


 殺風景……というか何も無い部屋だった。久しぶりにストレージに入っているお泊まりセットが大活躍しそうだな。


 俺は収納魔法でベッドとテーブルと椅子とその他諸々の最低限生活に必要な品を取りだして、部屋の文明レベルを一気に上げた。とりあえず暮らしていけそうな部屋になったので宿の食堂に向かった。


 禿頭の料理人が俺を見るなり料理を作り始めた。宿のメニューには男らしく『日替わり定食』の一つだけが書いてあった。メニューの選択権はどうやら無いらしい。


 しばし待っていると山菜と肉を混ぜて焼いたものが出てきた。それなりに美味しかったのでこの食堂は当たりだなと判断する。


 そして部屋に戻ってようやくまともな睡眠を取れた。睡魔に落ちていく途中で、貧乏な村でも心まで貧しいわけでは無いのだなと思うのだった。

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