第502話「エーコとのお別れ」

 さて、町を出るならアイツに言っておかなければならないな。少々面倒くさい話になりそうだが……まあ黙って出て行くとエーコのやつは死にかねないので言っておかないとな。


 探索魔法を使用して町の中を探す、一カ所、エーコの魔力に反応する箇所があった。場所はギルドか……どう切り出したものだろうか。とりあえず朝食を食べながら想定問答をしよう。


 素直に出て行くと言う、直球で話を切り出すのはどうだろうか? どう考えてもゴネてきそうだよなあ。


 それとなく切り出そうか……話の流れでって感じで持ち出すとどうだろうか? 話の腰を折られそうな気がしてならない。


 そっと誰かに言伝をお願いする……うーん、信用出来る人といえばディニタさんくらいだろうか? あの人に全部お任せするのは申し訳ない気もするなあ。


「お待たせしました」


 朝食のビーフシチューが運ばれてきたので、それと黒パンを食べながら考えるのだが、どうしても正解が思いつかない。そもそも正解のある問題でも無いのだろうが、出たとこ勝負だと言い争いでエーコに勝てる目が無さそうだ。自分でも交渉ごとが苦手なのは自覚している。


 そろそろ食い納めになるシチューを掬いながらどうしたものだろうかと考える。時間遡行を使用して正解の対応をするまでリセットするという手もあるが、それはあまりの多い、組み合わせの正解を探す難易度の高いパズルのようなものだ。


 はぁ……始めから関わらなければ問題になることもなかったのにな……我ながらエーコに関心を寄せてしまったのが不覚だ。しかし目の前で死にそうな人間がいれば助けるのは当たり前だと思っている。


 問題はあるが進むしかないか。そう思い至ったところでシチューを食べきった。さて、問題児への対応をするとするか。なに、まあ勇者共より面倒なことはないだろう、エーコのやつはもう少し聞き分けがいいはずだ。


 そして宿を出てギルドに向かった。


「やだやだやだあああああああ!!!! クロノさんがいないと依頼が受けられないじゃないですかああああああああああ! 私を冒険者にしてくださいよう!」


「ああもうやかましい! 俺はお前の親兄弟じゃないんだよ!」


 案の定要件を持ち出したらエーコがゴネ始めた。ゴネるとは思っていたが、こうも子供っぽいゴネ方をされるとは思わなかった。冒険者をやっているならもう少し真面目に生きろっての。


 しかし、しかしである……この子供のようなゴネ方は非常に効果的だと言える。理屈抜きに単純なゴネだとこちらがいくら論理で説き伏せても無駄だ。ただただ自分の希望を主張するという交渉の成立しない行動を取られると困ってしまう。理屈なら俺に分があっても、感情論で来られるとどうしようもないのだ。


 なお質が悪いことに……


「エーコさん! その調子です! クロノさんをこの町にベッタリ引き留めちゃってください!」


 そう、ディニタさんも俺に出て行って欲しくないようでこの我が儘っ娘に好きにさせている。ギルドとして仲介を頼もうにもディニタさんが思いきり引き留めたい側にいるせいでギルドでなんとかしてもらうことは出来ない。


「あー……クロノさんが出て行っちゃうとエーコさんは死ぬでしょうねー……お気の毒に、一人の我が儘のせいで罪もない少女が一人死んでしまうんでしょうね……ああ、なんて悲しいのでしょうね」


 クソが! 誰も味方はいねーのかよ! つーか相乗りしているディニタさんもそれなりに質が悪いんだよなあ。


「俺はそろそろこの町を出ていくから、無茶な依頼は今後受けるんじゃないぞ?」


「クロノさんが残ってくれればいいじゃないですか! そうすれば私の冒険者ライフはバラ色になるんですよ!」


「人頼みで功績を残そうとするクズ行為はやめような? 俺はマジでお前じゃ死ぬから気をつけろって言ってるんだぞ?」


 そう、いくら多少エーコが強くなったとは言え、無謀が過ぎる。その辺の一角ウサギがやっとのところだと思う。コイツに無謀な戦いをさせるわけにはいかない。


「せっかく最高の相棒が手に入ったんですよ!? そんなに簡単に手放すわけないじゃないですか!」


「相棒って言ってる割に俺しか戦ってないよな? 対等な関係でなくても相棒と言えるのか?」


 相棒って言ったら助けたり助けられたりする関係を思い浮かべるんだけどなー……俺が何回エーコに助けられただろうな……思い当たらないぞ。


「私がクロノさんを相棒と認めたから相棒なんですよ! 今までどれだけ私が苦労したと思っているんですか! 私のために余生をここで暮らしてくださいよ!」


「えぇ……」


 開き直りやがった。もう交渉の余地はないな。こんなんどうやって交渉しろって言うんだよ……感情論はやめて欲しいと心から思うよ。


「俺は旅人なんだよ。いずれ旅立つことくらい分かってて一時的に組んだだけだろう? 俺がここに残る理由が何かあるか?」


「私が居るじゃないですか! 超絶スーパー世界一の美少女の私が居るでしょう?」


「自分にそこまで自信を持てるのは凄いことだと思うよ……」


 自意識過剰にも程があるだろう。まあ確かにエーコは可愛い方だとは思うが、俺が旅をやめる理由にはならないな。


「悪いが俺はそろそろ出ていくよ。本当は交渉する義理すら無いのを話してやっているんだからそのくらいは分かってくれよ」


「クロノさんのケチ!」


「それでいいから理解はしてくれ」


 そこで俺とエーコが交渉しているテーブルに二杯のエールが運ばれてきた。


「クロノさんとエーコさんにはお世話になりましたし、サービスのエールです。どうぞ交渉を続けてくださいね」


 にこやかに目配せしてディニタさんがエールを置いて去って行った。交渉が長引くことを期待していやがるな……


「まったく……クロノさん、乾杯をしましょうか」


「ああ、そうだな」


 二人で乾杯をしてエールをあおった。すぐに気がついたのだが、こちらのエールには混ぜ物がしてあるようだ。それもなかなか強い酒の香りがする。判断力をそこまでして奪いたいか。


『オールド』


 俺はそっと時間加速を利用して酒を体で消化する速度を速める。加速してもなかなか頭が鈍く痛むあたり正常な判断力を奪おうとしているようだ。


「クロノさん……やっぱりダメなんですか? 私のことが嫌いなんですか?」


「そういう問題じゃないんだよ。旅人として俺は出て行かないといけないんだ。いつまでも定住するような人間じゃないのはエーコだってよく分かっているだろう?」


「むぅ……クロノさんはケチですね。ディニタさんももう数杯エールをくれればクロノさんの気が変わるかもしれないのに……」


 コイツ……エールに混ぜ物をしていることを知っているな。なかなかのクズじゃないか。


「とにかく、俺はここでさよならだ。死ぬような依頼を受けるのはもうやめろよ?」


「クロノさんのケチ……」


 俺はエールを飲んで潰れたエーコの面倒を見ることをディニタさんに頼んでギルドを出た。


 こうしてこの町でやることは終了したので宿に帰って最後の宿泊をした。

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