第501話「町を出るにあたっての売却」

 朝起きて、そろそろ町を出ようと思い立った。すぐにというわけではないが準備くらいはして置いてもいいだろう。この町は割と金払いがいいので旅に不用な品を売却しておこう。


 時折、こういう気分になる事がある。ふとしたときに町や村を去りたくなるのだ。理由を深く訊かれても困るのだが、特に意味も無く出て行きたくなる、そんな時期なのだ。


 宿の食堂に行って日替わり定食を頼む、いつも通りの料理が出てきたがそれで構わない。そろそろ出ていくからと行って特別なものは必要無いのだ。


 いつも通りの料理をいつも通り食べて宿を出た。手始めに薬屋にポーションとエリクサーをいくつか卸しておこう。ギルドはどうにも金に渋いような気がするので仲介無しで直接売りつけた方が高値がつくだろう。


 薬局まで道を歩いていく。これから金の交渉をするかと思うと気が重いな……交渉ごとというのはいつまで経っても得意にならない。


 そんなことを考えながら、町の薬師がやっている薬局のドアを開けた。


「いらっしゃいませ……何がお望みでしょうか……?」


 暗めの性格をしたお姉さんが出迎えてくれた。これは強気に出るべきだろうか? 出来るだけ高値で買い取ってもらいたい身としては強気の交渉といくか。


「実はあなたに素晴らしい薬を売りに来たんですよ! そりゃあもう素晴らしい効き目のポーションとエリクサーですよ! いくらか買い取っていただけませんかね、買値以上の価値が有ること請け合いですよ!」


 俺は少々オーバーな表現をして売り込みをかけた。効き目にはそこそこ自信があるので跡はそれを理解してくれるかどうかだ。


「あ……はい……売り込みの方ですね……おばあちゃんを呼んできます……私は鑑定をもっていませんので」


 そう言って奥に引っ込んでいった。どうやら売り場担当らしい、買い取りはしてくれないようで、奥に言って何やら話が聞こえる。俺は買い取り担当が出てくる前にストレージからポーション十本とエリクサー一本を取りだした。この店で買い取れるならこのくらいだろう。


「クックック……あんたもたまには買い取ればいいだろうに……私が耄碌したらあんたが継ぐんだよ……」


「おばあちゃん! 私は鑑定をもってないんですよ、そのくらいは分かっているでしょう?」


 おばあさんとさっき店に立っていたお姉さんが一緒に出てきた。いかにも薬師といった風貌のローブを着たおばあさんが俺に話しかけてきた。


「あんたが客かね……薬屋に薬を売り込むとは結構な度胸さね……それで、商材はそこにあるポーションと……エリクサーかね?」


 俺が前に置いた瓶達を見てそう言った。一目見てほとんど見抜いたようなので勘は確かにいいようだ。


「まあいいさ……見せてもらおうかね」


 そう言ってカウンターに乗っている瓶を一本手に取りしげしげと眺めていた。途端に顔に皺が寄って渋い顔をして俺の方に向き直った。


「何か問題でも?」


 俺が軽くそう訊ねると、おばあさんは苦い顔をして言う。


「コイツはまたとんでもないものだね……私が見てきたポーションの中でもここまで作れるやつはほとんどいなかったよ」


 そうか? 勇者たちの下働きをさせられたので渋々ポーション作りを片手間にしていたら慣れてしまっただけなのだがな……そんなに驚くようなものではないと思っていた。


「そんなに凄いですかね? まあそれなりの品ではあるのですが……」


 おばあさんは俺をじっと見てから言う。


「こんな馬鹿げたポーションが持ち込まれる事なんてまず無いさね、もちろん買い取るよ、ポーションの方は問題無いんだがね……そいつはエリクサーだろう?」


 一本の瓶を指さしてそう言った。


「お察しの通り、なかなかの代物ですよ。高値で買い取っても損はさせませんよ!」


「そんな商人じみたことを言わなくても分かるよ、あんたはどこでどうにかして大量に手に入れたんだろう? 出所を探ったりはしないがね……さていくらの値を付けたものかね」


 おばあさんはうーんと唸ってから、さっきから横で交渉の様子を見ているお姉さんに声をかけた。


「あんた、金を持ってくる準備をしておきな!」


 ビクッと背筋を伸ばしておばあさんの言葉に反応した。


「さて、ポーション一本金貨千枚、エリクサー一本金貨一万枚でどうだい? これでもギルドよりは高値のはずだよ!」


「おばあちゃん! そんな高値を付けたら……」


「黙ってな、私だってこれの価値が分からないほど耄碌しちゃいないよ! さて、この金額でどうかね?」


 俺の方を向いて言ったので、俺は了承の意味で頷いた。合計金貨二万枚、悪い話じゃないな。


「よし! 商談は成立さね、ほら、金貨を持ってきな! 二万枚だよ!」


「は……はい!」


 お姉さんはビクビクしながら金貨を取りに行った。俺はおばあさんの方を見てから訊ねてみた。


「なかなかいい金額を付けてくれるんですね」


「当たり前さね、あんたこそ旅の途中でこれが必要になるかもしれないんじゃないのかい?」


「生憎そこまでヤバい状況になったことはないのでご安心を」


 おばあさんは『カッカッカ』と笑って『そりゃ結構なことだな』と言った。


 俺たちは金貨が届くのを待っていた。奥の方から台車の音が聞こえてきたかと思うと、大きな袋を二つ積んだ台車が出てきた。一袋金貨一万枚だろう。


「さ、確認してくんな、うちは明朗会計だから安心だよ」


 俺は袋の中身が金貨であることを確認して収納魔法でストレージにしまった。


「驚いたね……収納魔法まで使えるのかい……」


「珍しいことでもないんですけどね」


 実際練習すれば多少の収納魔法が使えることは確認済みだ。大量の努力は必要になるにせよ、僅かなものを入れるくらいは出来るようになる。


「ま、ありがとさん、おかげで死ぬ前に珍しいものが見えたよ!」


「その様子なら当分元気だと思いますがね」


 二人で笑ってから、俺は店を出た。上手く商売が出来るといいなとは思う。


 そして俺は本日いくらかの金を得て、それから売却したかったものをさらに売るため町の酒屋に行った。


 こちらは単価が安いのでお試しでいくらか飲んでもらっても問題無い、それを経験した上で問題無いと判断したならしっかり金を払ってくれるだろう。


 酒屋はいくつかあったのだが、気が向いたところを一件選んで中に入った。


「いらっしゃい! 何をお求めかな?」


「ああ、いや、俺は旅人で売りに来たんです」


「なんだい、納品かね?」


 途端に酒屋のオヤジは興味をなくしたかのように俺に言う。まあ無理もないことではあるのだがな。


「珍しい酒を持っているんだが、いくらか買わないか?」


「珍しい酒ねえ……まあせっかくだから出してみてくれ」


 俺はストレージの中から、酒飲み向けのものを選んでいくつかカウンターに置いた。


「こんなところですかね。気になるなら試飲くらいは構いませんよ」


 店主は興味深そうに並んだ酒を見てから、栓を開けて匂いを嗅いでいた。


「ふむ……どれもきつめの酒だな……カクテルにするか割って飲むか……どちらにせよなかなか美味そうだ」


「でしょう! 旅の中で手に入れたものですからね、貴重品ですよ? ここで買っておかないと次に手に入るのはいつになるでしょうねえ……」


 俺は購買意欲を煽る。実際遠くの町で買った品だしこのくらいは盛っても構わないだろう。


 やがて店主は手のひらに数滴酒を落としてそれをなめて味を確かめていた。アレはドワーフでも酔い潰れるような酒だが大丈夫なのだろうか?


「確かに、これは旅人さんの言うとおり貴重品みたいだな。全部で金貨千枚でどうかね?」


 俺は静かに頷いて交渉成立となった。なかなか良い感じではないだろうか?


「じゃあコイツで交渉成立だ。持って行きな!」


「どうもどうも、お買い上げありがとうございます」


 こうして当面の路銀は手に入れた。この時の俺は後日売り払った酒が領主に上納されて出本を必死に探し回ることになるとはまったく予想もしていなかった。

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