第500話「エーコのゴブリン戦」

 そろそろこの町にいるのも潮時だな……そう考えてはいるのだが、どうにも俺がこの町を出ると安心出来ない、その原因はもちろんエーコだ。


 アイツ、俺が出ていったらすぐに死ぬんじゃないだろうか? どうしてもそういう考えが頭をよぎってしまう。素直に冒険者をやめて町の平和なバイトにでも精を出してくれればいいのだが、当の本人には欠片もそういうことをするつもりは無さそうだ。


 宿で朝食を食べているが、今日は窓の外は平和そのものだ。出て行けばエーコが待っているという様子も無い。久しぶりに心穏やかに朝食を食べているような気もする。何にせよ平和なのはいいことだ。


 とはいえ、エーコのやつを放っておく訳にもいかない。死にそうな人間を見捨てられるほど俺はどうしても冷酷にはなれない。


「やれやれ、仕方ない、エーコを鍛えるには時間が足りないな……」


 そう独りごちでも仕方ないので、俺はストレージに入っているポーションを数えて、これからやるべき事には十分な数があると分かった。


 ギルドに向かうかな。どうせまたエーコは碌でもない依頼を受けさせようと待っているのだろうし、さっさと行ってやるか。


 宿を出るとギルドに向かう。今日起きることは多少面倒な話になりそうだが、避けては通れない話だ。汚れ役を引き受けるのには慣れたものだ。


 重苦しいギルドのドアを開けると、クエストボードの前でエーコが隅々まで依頼票をじっくり見ていた。俺は横に立ち、平気な顔をして『野良ゴブリンの駆除』を剥がしてエーコの前にさしだした。


「エーコ、これを受けろ」


 俺がそう言うとエーコは混乱した様子で俺に質問してきた。


「クロノさん、安全なのを狙うのが悪いとまでは言いませんが、もっと実力に見合うものを受けませんか?」


「いや、これはお前が受注する依頼だ」


「へ!? 私がですか!? なんで私が受けないと行けないんですか?」


 やる気がないようなので現実を告げる。


「お前もたまには働け、俺に依頼を押しつけっぱなしじゃないか。ゴブリンくらい討伐して見せろ、俺だっていつまでも一緒にいるわけではないんだぞ?」


 その言葉にエーコと受付にいたディニタさんが反応した。


「く……クロノさん……この町を離れたりしないですよね?」


「お前、俺が旅人だってことを忘れてないか? 旅人は一カ所に留まらないから旅人なんだぞ」


 旅人という言葉の意味は噛みしめて欲しいものだ。俺はどこまでいっても根無し草なのだ、定住なんてするわけがないだろう。


「で……ですがクロノさんがいないとやはり危険な依頼を受けるわけには……」


「分かってんじゃん。今日はエーコ一人でどこまで戦えるかを教えてやるんだよ」


 苦虫を噛みつぶしたような顔をしているエーコを見ながら依頼票を押しつけた。俺ばかりが貧乏くじを引くなんてあっていいはずがないだろう。


「私がなんでそんなことをしなければならないんですか! 私がクロノさんのバディになれば済む話でしょうが」


 バディというのは助けあうものだと思っていたのだが、俺の記憶の限りエーコに助けられた記憶は無い。


「お前も自分の実力を知った方がいいだろう? 俺がいなくなった途端に無茶な依頼を受けて死んでほしくないんだよ、お前無茶な依頼を受けるのが大好きだろう?」


「えー……私が戦うとかマジで嫌なんですけど……クロノさんが居る間に稼いでおこうと思っていたのですが……」


「お前は親の資産で食っていく貴族かよ……遊んで暮らそうとするんじゃねえよ」


 その考え方はあまり感心出来ないんだよな。もう少しは真面目に働けっての。と言うか俺がいなくなった途端に無職になるつもりか? いくら俺について回った資産があるからと言って、一生遊んで暮らしたりは出来ないぞ?


「分かりましたよ……受ければいいんでしょう受ければ! その代わりクロノさんは私が死なない程度にはフォローしてくださいよ!」


「分かってるって。一応補助はしてやるから安心しろ」


「ならまあいいんですけど……だったらクロノさんが倒した方が……」


 コイツどこまで楽がしたいんだよ!? 自分で働くと言うことを知らんのか? そのうちマジで死ぬからな、気をつけろよ!


 そして渋るエーコを後押しして、受付に依頼票を持って行かせる。


 それを見たディニタさんが俺を呼び寄せた。


「クロノさん!? まさかエーコさんが受けるわけじゃないですよね!? いくらゴブリン相手とはいえエーコさんに任せるわけには……」


「最悪の事態にはならないように俺が助力するので死んだりはしませんよ。ただ少しだけ痛い目に遭わないと気が済まないようですからね」


 俺がそう言うとディニタさんも、『俺の助力』という言葉に安心したのか淡々と受注処理を進めてくれた。さて、今回の依頼でどれだけのポーションが活躍するかな?


「クロノさん、本当にお願いしますよ! エーコさんの実力は……その……」


「何が言いたいんですかねえ? 私がゴブリンくらい余裕で鏖殺してきますよ」


 自信満々なエーコを心配そうな顔をしてディニタさんは見ていた。俺がバックにつくと言っても不安は消えないようだ。しかし、俺たちはそれを放っておいて、渋々ながら受注されたのでさっさとギルドを出た。


「さて、それじゃあ町の外で戦うとしようか」


「私がやるんですね……出来れば勘弁してほしいのですが」


 どこまでやる気がないんだコイツは。


 町を出るときに門兵さんに心配をされたのでエーコの実力は理解されているようだ。頼むから死なないでほしいとは思う。だからこそどこまで受けられるかのラインを知ってほしいのだ。


 町を出て少し離れて探索魔法を使う。エーコは何をしているのか分からないようだが、それくらいが分からない時点で実力はお察しだ。


「ここからやや東にゴブリンが一匹いるな。倒してくるぞ」


「はぁい……」


 エーコのやる気のない返事を聞いて、俺は必死にエーコのご機嫌を取って戦いに向かった。


 探索魔法で見つけたとおり、ゴブリンが一匹そこにいた。実のところ、群れはいくつか見つかっているのだが群れの中であっという間にボロボロになるエーコが予想出来たので、群れから離れた一匹をターゲットにした。


「じゃあ行ってこい、死なない程度には助けてやるから」


「はい……行ってきます」


 覚悟をしたようなのでエーコを送り出した。茂みに隠れるゴブリンにエーコがナイフで斬りかかった。当然の如くかわされ、ゴブリン相手に殴られていた。ゴブリンに大した力は無いが、痛いものは痛い。エーコは顔を歪めていたが、ナイフを落とさずゴブリンの体を狙ってナイフを突き出す。軽く刺さったところでゴブリンが距離を取って暴れ始めた。


 そこから先は泥仕合の様相を呈していた。ゴブリンになんとも殴られながらも、エーコはやっとの想いで何とかゴブリンの胸にナイフを刺すことに成功した。


 ボロボロではあるが勝利は勝利だ。俺はポーションを持ってエーコのところに行ってそれを飲ませた。ゴブリンに付けられた傷は綺麗に消えたが、痛みを感じたという記憶だけは残っている。


「クロノさぁん……もしかして私って弱いですか?」


「それが実力だよ。俺が居る間は協力してやるが、居なくなったら死なないように気をつけろよ?」


「うぅ……痛かったですよぅ」


 そうしてゴブリン一匹の討伐を終え、証拠に耳を切り取って町に帰った。ギルドに行くとポーションで完全回復しているエーコを見て、ディニタさんは驚いていた。


「クロノさん……まさか無傷で討伐したんですか?」


「中級ポーションが一個犠牲になりました」


 その言葉で全てを察したのか、ディニタさんはエーコにしばしお説教をしていた。


 中級ポーションなら大抵の怪我は治療出来るし、つまりはそれだけの傷を負ったということだ。それを考慮していただけるならありがたいことだと思った。


「クロノさん、報酬をもらってきました!」


「よかったな、これに懲りて無謀な依頼を受けるのはやめろよ?」


「その方がよさそうですね……」


 こうして痛い目にあったエーコは自信過剰だったのが、自分の実力を知り身の丈を知った日だった。

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