第499話「メタルドラゴン退治」

 俺は一枚の依頼票を見ていた、いや、正確に言うならその依頼票を見る一人の少女を見ていたという方が正しいだろう。決してその少女に恋をしたとかそういったことは全く無い。ただ単にこの先、俺を襲うであろう災難から逃れる術を探していた。


 そっと、そうっとだ……決して気取られてはならない。気配を殺してそっとギルドから去ろう。


 カタリ


 思わずテーブルの脚に足をぶつけてしまった、音が立ったがまだ気付かれては居ないようだ。このまま、外まで……


「ねえクロノさん! この依頼を受けましょう!」


「ひぇ!?」


 何故だ……? 気配はきちんと断っていたはずだ、何が悪かった?


「人違いじゃないですかねー?」


 俺は苦しい言い逃れをしようとする。目の前に立っているのはもちろんエーコだ。それも「メタルドラゴン討伐」などという、いかにもコイツが死亡しそうな依頼票を持って立っている、勘弁してほしいのが正直なところだ。


「なあエーコ、面倒な依頼を見つけてから俺に頼るのはやめないか? もう少し一人でもなんとかなりそうな依頼を受けようとか思わないのか?」


 勘弁してくれ、なんでわざわざ面倒で危険な依頼を持ってくるんだ……もう少し安全で簡単な依頼があるだろうが。


「まあまあ、クロノさんだってスリルを求める本能を持っているでしょう? 人間は危険なものに惹かれるんですよ、報酬も良いですしね」


 本音は報酬がいいという一点のみではないだろうか? そう思わせる守銭奴ッぷりはあるとエーコのことを信用しているぞ。


 大体さあ、難易度が高い依頼にしたって、納品や薬の調合とか、安全だけれど難易度が高い依頼はあるんだぞ? わざわざ危険で難易度が高い依頼を受ける必要があるのかはひどく疑問だ。


 しかしそんなことはまったく気にしないのだろう、エーコは『受けましょうよー!』とゴネている。ギルド内でそんな子供っぽいゴネ方をされると目立ってしょうがない。コイツはもう少し人の、というか俺の迷惑を考えないのだろうか? 考えないんだろうな……多分。


「ダダをこねるな! 俺だって命は惜しいんだよ!」


「でもクロノさんならこの程度の相手余裕で勝てるでしょう?」


 まあ……正直なところ勝てるだろう。メタルドラゴンごときに負けていたら勇者共のお世話などとてもではないがやっていられな勝っただろう。だから安全と言えば安全なのだが、エーコはそうではない。ぬくぬくとそれほど危険ではない依頼をこなしてきた身にとっては、この依頼はかなり危険を伴う。報酬欄を見ると『金貨一万枚』と景気のいいことが書かれているが、それだけの危険が伴うということの裏返しでもある。


 というかメタルドラゴン程度なら自分たちでどうにかしろ、俺たちに頼るんじゃないと思えてしまう。依頼主は鉱山管理会社、鉱山に住み着いたメタルドラゴンを倒してくれとのことだ。メタルドラゴンの主食は鉱物、つまりそんなものに住み着かれては商売にならないということだ。


 鉱山の管理会社にドラゴンと戦う力など無いのかもしれないが、ある程度はなんとか出来そうなものだ。討伐は無理でも追い払うことくらいは出来るんじゃないだろうか? どちらにせよ鉱物がなくなれば自然と別のところで移動するようなドラゴンだ、俺が倒す必要も無い気がする。


「クロノさん! グダグダ考えてないで受けますよ! ほら、あそこでニコニコしながら見ているディニタさんが目に入らないんですか? いかにも受けて欲しそうな顔をして待っているでしょう?」


 エーコが指さした方を見ると、ニッコニコのディニタさんが俺たちを見ていた。受けるのが前提なのだろうか? もう少しギルドとして危険な依頼を勧めるのは考えて欲しいものだ。


「はぁ……分かったよ、詳細くらいは聞いてやる」


 何も聞かずに受けることはしない、危険があるなら逃げた方がいい。まあ、メタルドラゴンくらいなら俺にリスクはほぼ無いのだろうが、気をつけるにこしたことはないんだ。


 俺たちがディニタさんのところに行くと、『待っていました』と言わんばかりの態度で依頼の詳細を説明しだした。


 曰く、『メタルドラゴンが鉱山に住み着いて困っている、鉱物を食い尽くされる前に討伐してほしいこと』をくどくどと語られた。


「それでお二人にこの依頼を受けていただきたいわけですね!」


 笑顔で俺たちに依頼を押しつけようとしてくる。話を聞くかぎりリスクはなさそうだが、詳細を聞く前に『受けます』と浮かれて受けたエーコのせいで詳細を聞くことはかなわなかった。


「それでは、町の北にある鉱山での依頼ですので、お願いしますね!」


 そうして俺たちは送り出された。実はエーコが俺に依頼を受けさせるギルドの刺客なのではないかと思うほどだ。しかし受けたものを愚痴ってもしょうがないので受注のサインをしているエーコを見ながら、町の北へ行く準備を始めていた。


「クロノさん! 受注処理は終わりました! これで依頼は私たちのものですよ!」


「出来れば他の人に押しつけたいな……」


 そう言いつつ俺たちはギルドを出た。町を出て、北の方へ向かう。この依頼を受けたときに門兵さんは、二人で受けると言うことに驚愕して挨拶を忘れていたほどだったので、あの依頼はもっと多人数で受けるものだったんだなと気がついた。


 時間加速はナイショなのでのんびりエーコと歩いて町の北にある鉱山まで行くと、偉い人であろうおっさんが出迎えてくれた。


「どうも受注ありがとうございます! いやー我々としてもメタルドラゴンには困っていましてね、倒していただけるということで歓迎の準備をしていたのですが……お早いお着きで、まだ準備が」


「そういうのいいのでさっさと倒してきますね、メタルドラゴンはどこに……? と訊く必要は無さそうですね」


 なにしろ山のてっぺんに金属で出来た線で巣を作っているドラゴンが遠くからでも見えた、アレを討伐すれば終了だろう。


「まあそうなのですが、そんなに簡単にできることでは……」


「クロノさん! やってしまいなさい」


「命令すんな、まあ倒せるけどな」


『グラビティ』


 重力魔法を使用して巣ごとドラゴンを潰す。重さが倍になるなら元の重さが大きいほど効果が高くなることは明らかだ。とんでもない重量になった金属製の体をしたメタルドラゴンは、重力に耐えきれず砕け、命がちぎれていった。


 しばし強力な重力下に置いておくと、メタルドラゴンは綺麗な金属の塊に変化してしまった。チョロいものだな。


 大層な感謝を偉い人からされていたが、ドラゴンの死体は金属の塊と言うことで鉱山の所有物ということになった。まあメタルドラゴンなので仕方のないことだろう。


 そうして軽く討伐をこなしてギルドに帰ると大歓迎をディニタさんから受けた。『ありがとうございます!』と心底嬉しそうなディニタさんに文句を言う気にはならなかった。


 その後、報酬を受け取ってエーコと分割ということになったのだが、エーコは文句も言わず、報酬は全部俺のものでいいと言ってくれた。だったらもう少し簡単な依頼を受けろとも思ったが悪いことではないので、ありがたく全額受け取った。その金で美味しいものがたっぷり食べて他の町で遊ぼうと決めたのだった。


 ――ギルドにて


「ギルマス! ちゃんとクロノさんに依頼を受けさせたので報酬をください!」


 そこにはエーコとギルマスの二人が立っていた。


「ああ、ほら、報酬の金貨三百枚だ。本当に軽く討伐してくるとはな……」


 呆れ顔のギルマスにエーコは楽しげに言う。


「そりゃあクロノさんですからね! 負けっこないですよ!」


 この秘密の取り引きを見るものは誰もいないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る