第498話「商人にワイバーンを売った」
俺は朝食を食べながら昨日倒したワイバーンをどうしたものかと考えていた。正直、ストレージにはドラゴンが何匹も入っているので、今さらワイバーンごときにスペースを割くのももったいない。まあ何匹でも入るので気にしなくてもいいのだが……
「食材にでもするかな……」ついそう独りごちてしまうが聞くものは誰もいない。
朝食が片付いたのでどうすっかなーと思いながらギルドへ足を向けた。
そうしてギルドに向かっていると一人の男に声をかけられた。
「ごきげんよう、おにいさん、ちょっといいかな?」
「何の用です?」どうせ碌でもない話なのだろうが一応答えた。
「実はですな、あなたがワイバーン討伐して一匹丸々持っていると聞きまして」
「どこでその情報を?」
明らかに誰にも話していないはずなのがどうして知っているのだろう? ギルドが情報を漏らした? そんなことはないと思うが……
「どこでも何も、一緒に倒した嬢ちゃんが触れ回っていますぜ? 知らない奴はいないんじゃないですかな」
エーコ……自慢したいのは分かるんだけどさあ、もう少し話す相手は選ばないか? 雑に誰にでも話すとこういう事になるんだぞ?
「で、あなたはワイバーンが欲しいというわけですか?」
商人であろう男はニッコリして答える。
「ご名答! 亜竜種の綺麗な死体というのは貴重ですからな。是非ともいただきたいわけですよ」
ふむ……ワイバーンの死体を後生大事に持っておく理由も無いしなあ……ここで売り払っても問題は無いかな?
いくら大量に入るとは言え、ストレージの整理も必要だし売ってさっぱりしておくかな……
「なるほど、では商談をしましょうか。俺はクロノです」
「話が早くて素晴らしいですな! 私は『ナルケス商会』のナルケスです」
向こうはそう名乗ったのだが、一つ引っかかることがある。
「お名前を聞くかぎりですとあなたが商会のトップのように聞こえるのですが?」
「いやいやお恥ずかしい! 名ばかりのトップですよ」
なるほど、商会のトップが出てきたと言うことはそれなりに信用出来るのだろう。たかがワイバーン一匹に商会のトップが交渉に出てくるとは思わなかったな。
「お互い身分を気にするのはやめましょうか。ではその辺の食堂で商談と行きますか?」
「いえ、私たちが買い取らせていただくのですから我が商会で交渉しましょう。なに、飲み物と軽食くらいなら出せますよ」
話の早い人だ。たかだかワイバーンに必死になっているな。そんなに珍しいものでも無いだろうに。俺は案内されるままに商会の建物に向かった。
「デカい……」
思わずそう漏らすほどその建物は大きかった。ワイバーンを丸々一匹取り出しても問題なさそうな建物だ。
「それでは、お入りください」
「はい」
俺は尻込みしながらも精一杯の虚勢をはって中に入った。旅の生活とは無縁の豪奢な建物に入るとついつい驚いてしまう。俺はこういうところに慣れていないんだ。金持ちはこれだから交渉相手にするには苦手なんだよな。
とはいえ、その分高値がつく可能性も十分ある。ここは是非とも高額でワイバーンの死体を買い取って欲しいものだ。
「さて、早速ですがワイバーンの死体を査定部屋で出していただけますかな?」
「分かりました」
俺はナルケスの案内のままに地価に降りて鍵付の部屋に入ると、そこは真っ平らな部屋が広がっていた。
「クロノさん、ここでならワイバーンをまるごと出しても問題無いでしょうな?」
「ええ、十分すぎる広さです」
あきれるほどの広さの部屋で収納魔法を使ってワイバーンをドスンと取り出す。割と状態がいいのでそれなりの値段はつくだろう。
「これは……凄いですな……よくここまで綺麗に倒せたものですな。少々お待ちを」
ナルケスは部屋を出て行くとすぐに数人のお供を連れて帰ってきた。
「お前たち、このワイバーンの状態を査定しろ」
「「「はい!」」」
どうやら査定班だったらしい。金持ちは何でも自分でやるわけじゃないんだな。
「ではクロノさん、軽く食事はいかがですかな?」
「いいですね、そうしましょう」
そして俺は食堂に案内された。ナルケスが『客人だ、食事を持ってこい』と命令するとあっという間になかなかの食事が用意された。白パンに牛肉のシチュー、それにワインまでついている。軽食どころかがっつり食べられるものだった。
「さて、クロノさんは一体どうやってあれだけ綺麗な状態でワイバーンを倒したのが気になりますな……いや、これは話す義務の無いことでしたな、つい口が滑りましたな、失礼」
「あのくらいなら楽勝ですよ。ボロボロにして倒す方がプロ意識に欠けていると思いますがね。俺は当然のことをしただけですよ」
ナルケスはそれを聞いて笑っていた。
「ハッハッハ! なるほど、当然のことですか! それでは大半の冒険者は当たり前のことが出来ていないことになりますな!」
そんなに珍しいことでもないだろ。勇者共だって俺の補助付でほぼ無傷のワイバーンを倒せていたぞ、今どうしているかは知らないがな。
「そのくらい出来なければ食い詰める業界ですからね。美味しい食事のためならそのくらいは頑張りますよ」
当然のことしかしていないからな。珍しがる方がおかしいというものだ。
「ほほう、なかなか良い商材を持っておられるのでしょうな……我が商会にお売りになる気はありませんかな?」
そらまあ商材ならばたくさん持ってはいるのだが、ワイバーンの査定結果も出ていないのに商材を晒す馬鹿はいない。
「まあ、それは俺の気分次第ですかな」
ナルケスはそれ以上追求してこなかった。引き際をわきまえた男だな。
「なるほど、では我々はクロノさんの機嫌を取らねばなりませんな!」
恰幅のいい男は楽しげにそう言い放った。これはワイバーンの死体もそれなりの値段がつきそうだ。
「ナルケス様、査定班からの査定結果が出ました」
男が駆け込んできてナルケスにそう言った。交渉結果に影響が出てはならないのだろう、コソコソと話し込んでいた。
「それで間違いないんだな?」
「……はい、……かと」
「下がっていいぞ」
「は!」
そうしてナルケスは一枚の紙を受け取り俺のところにやってきた。どうやら査定結果は出たようだ。
「それで、いくらくらいの値が付きましたかね?」
俺がそう訊くと、ナルケスは査定結果と金額の書かれた紙を俺に見えるように置いた。
「致命傷以外の傷はほぼ無し、素晴らしい状態ですな! 査定班の連中もこれほど綺麗に狩られたワイバーンは見たことがないと言っていましたぞ!」
「ほう、それでこの金額ですか」
金貨一万枚、それがワイバーンの死体に付けられた金額だった。少なくともギルドに卸すよりは割のいい金額だ。
「なかなか良い値段ですね。しかしその値段で買って元が取れるんですかね?」
俺がそう訊ねると、ナルケスは笑って言った。
「元を取れると判断したからこの金額なのですよ! 何より私はあの連中を信用していますからな!」
「では俺に文句はありませんがサインして構いませんかね」
「ありがとうございます! 素晴らしい取り引きですな!」
俺はサラサラと羽ペンで契約書にサインをした。ワイバーンがどこまで高値を付けるのかは知らないが、元を取れるといったのだから間違いないのだろう。
カランカラン
ナルケスは手元にあったベルを鳴らす。すぐにお付きの人が入ってきて、ナルケスは『買い取り金を持ってこい』と命令して席に戻った。
すぐに大きな革袋が持ってこられてドサリと置かれた。
「中身を確認していただけますかな?」
「言われなくとも」
俺は中に金貨が大量に入っているのを確認してそれをストレージに入れた。
「素晴らしい収納魔法ですな、是非我が商会に欲しいくらいだ」
「悪いけど俺は非売品ですよ」
俺たちはクククと笑って交渉は終わった。なかなかの金額で売れたのでほくほくしながら宿に帰った。
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