第497話「エーコとワイバーンを討伐しよう!」

「クロノさん! この依頼をどうか受けてください!」


 そうしてディニタさんに土下座され、エーコが楽しげにしている。その話は少し遡る。


 朝食を食べているとき噂話をしている人がいた。


「知ってる? ワイバーンが出たんだって!」

「知ってる知ってる! 人間を何人も食い殺したって噂だよね」

「こわーい! 私みたいな美少女がいたらすぐに食べられちゃいそう」

「いや、あんたは大丈夫でしょ」

「はぁ? この美少女相手に何言ってるの?」


 俺は騒がしくなってきたので食後のコーヒーサービスを飲みきって出て行った。なお視界の隅に移る女性の皆様はエーコやディニタさんに可愛さで勝っていたかと言えば、贔屓目に見てもそんなことはなかっただろうと思う。


 そうして渋々ギルドに行くとディニタさんが即土下座をされ今に至る。


「何ですかディニタさん、まーた面倒な依頼なんでしょう? まあ多少は面倒なのでしょうが受けても構いませんよ」


「「ホントですか!?」」


 ん? ディニタさん以外も喜びの声を上げたような……?


「ちょっと待ってください、俺が受けると言っても単独受注ですよね?」


 俺がそう言うと二人してポカンとした顔で言う。


「え? エーコさんがワイバーンを討伐したいと言うから協力してくださいって依頼ですよ?」


 悪びれることなくそう言うディニタさんにはあきれかえった。この人は……平然とそういうことをするから質が悪い。というかエーコが隣で笑っていた時点で察するべきだったな、俺のミスか……


「というか、エーコがワイバーンを倒したいって……絶対に死ぬじゃないですか!」


 いくら俺が蘇生出来るとは言え死んで欲しくはない。というかエーコにはあまりにも重すぎる役割だ、出来ればやめて欲しいと思うのは当然だろう。


「まあまあ、クロノさんならどうにか出来ると信じていますから」


「嫌な信頼ですね! というか何で俺がエーコを手伝う必要があるんですか? 普通に俺が討伐すればいいでしょう?」


 俺がそう言ったところでディニタさんもエーコも聞いちゃいない。


「クロノさんが受けてくださるなら安心して受注処理が出来ますよ、いやーよかった!」


 人の話を聞かない人だな……もう少し気をつけろってやつだよ。


「エーコが死んでも知りませんよ?」


 俺は死なせるつもりなど毛頭ないが、脅しのためだけに死ぬ可能性があることを告げておく。実際に死んだら時間遡行でなかったことにすれば良いだけの話だ。


「クロノさんの実力ならあのど素人……もといエーコさんでも大丈夫だと安心しているんですよ」


 ああ言えばこう言う人だな。言葉の言い争いでは勝てそうもない、エーコもエーコだ。こんな危険な依頼を受けたがるなんて物好きと言うほかない。


「というわけなのでクロノさんお願いしますね!」


 笑顔でそう言うディニタさん。僅かの期待をしてエーコの方を振り向くと……喜んでいた、どうやら戦うつもり満々のようだ。質が悪いというか何というか……少しは考えて欲しいものだ。


「クロノさん! よろしくお願いしますね!」


 笑顔で言うエーコにディニタさんは依頼票にサインさせていた。エーコに書かせてから、俺の方に持ってきた『書いてください』と言いやがったので仕方なく書いて以来の受注は完了となった。クッソ面倒くさいことに巻き込まれたな。


「ではお二人とも、お願いします!」


「はい!」

「はいはい……」


「ではクロノさん、依頼の詳細を説明しますね!」


 説明係はメインで受注をしたエーコがするようだ。こいつ、ワイバーンについて何を知っているのだろうか? もうこの時点で不安でしょうがない。


「ワイバーンが町の近所の岩山に居座っているので駆除してくださいとのことです。このくらいなら楽勝ですね!」


 楽勝と言うのなら是非とも単独でどうにかして欲しいものだ。俺に頼っている時点で自信のなさが現れている。


「そういうわけなのでワイバーンをクロノさんと討伐するのが今回の依頼です! 余裕ですよね?」


「そうだな、足手まといがいなければ余裕にも程があるな」


「誰のことですかね……」


 分かっているだろうに、すっとぼけるエーコに声をかける。


「じゃあ行くぞ。ワイバーンくらいならすぐ倒せる」


「はい! 善は急げと言いますしね!」


 俺は果たして魔物と言うだけで、ただ町の近くに住み着いた動物を殺すのが善なのかは甚だ疑問だった。まあ人間としては魔物は殺さなくてはならない、立場上仕方ないことだな。


 そうしてギルドを出た。道行く人たちは平然としているので『討伐しなくてもいいんじゃね?』と錯覚してしまうほどだ。


 町の出口で『ご苦労様です』とだけ言われて出ることになった。門兵さんもワイバーンに危険は無いと思っているのだろう、放置でいいんじゃないかなと思ったが、エーコはやる気満々なので言い出せない。


 小高い山の上にワイバーンが泊まっている。時間停止は耐性持ちだろうから、潰すには殴ればいいだろう。まあ……永続バフのおかげで時間停止が効かないこともないような気もするが、それが出来てしまうともっと面倒な依頼が舞い込んでくるしな。


「クロノさん、どうやって倒しましょうか?」


「そうだな……寝込みを襲うのが一番簡単じゃないか? とりあえず静音魔法を使っておこう」


『サイレント』


 これで俺たちの足音はほぼ消えた。ワイバーンごときには気取られないはずだ。


「じゃあ俺が倒してくるから……」


「ちょっと待ってください!」


 チッ……このままうやむやに俺だけで討伐して終わらせてしまおうと思ったのにな。さすがに露骨すぎたか。


「クロノさん! 私だって討伐に協力したんですよ、役目をください役目を!」


 はぁ……じゃあ山を登るのも面倒くさいし、陽動をお願いするか。


「じゃあエーコはここからフレイムランスでワイバーンに攻撃してくれ」


「よっし! 私も頑張っちゃいますよ!」


 ただ単に何かさせておかないとうるさいから任せているだけだが熱心にやってくれるなら文句はない。


『フレイムランス!』


 炎の槍は小山の頂上にいるワイバーンに命中して僅かなやけどを作った。さすがに気付いたのかこちらに向かって飛んできたので、俺がエーコを守る位置に立ち、ワイバーンに向けてジャンプし、思い切り殴った。


 ドシン


 重い音と共にワイバーンが横に吹っ飛んだ。なかなか永続バフもやるじゃあないか。


 倒れているワイバーンの頭にナイフを突き刺して討伐完了だ。俺は死体を収納魔法でストレージにしまってエーコに声をかけた。


「片付いたな。じゃあ帰るか」


「あの……私いる必要ありましたかね?」


「あったあった、ものすごく役に立ってくれたぞ」


 適当に答えながら二人で町に帰った。門兵さんは素通ししてくれて、ギルドに向かう中でワイバーンが消えたことを気にしている人は誰もいなかった。


 ギルドに入るとディニタさんが出迎えてくれる。


「クロノさん、やっぱり余裕だったみたいですね?」


「ちょっと! 受けたのは私ですよ私! もっと私を評価してくださいよ!」


「あー……そうですね、エーコさん、よく頑張りました」


 いかにもおざなりにエーコを褒めるディニタさんだったが、エーコの方もそれで満足したのかいい気になっていたので放っておくことにした。


「では報酬ですが……九対一で、クロノさんが九でいいんですよね、エーコさん?」


「ふっ……私を目先の金に目がくらんだように見られては困りますね」


「ではクロノさん、こちら報酬になります、どうぞ」


 もうエーコの寝言には聞く耳を持っていない様子だし、そもそもコイツがワイバーン退治に活躍したとは思っていないようだ。


「エーコさんもこちらをどうぞ」


「はいどうも」


 エーコも受け取って、ホクホク顔をしている。まあほとんど何もせずに報酬の一割がもらえたのだから十分だろう。


「では私にはワイバーン討伐の記録が残りましたね! 私が凄すぎて辛い! この町の歴史に名前を残しちゃいますかね?」


 楽しそうにしているエーコを放っておいて俺はギルドを出ていった。ワイバーンの死体には時間停止をかけているし、すぐに売る必要も無いだろう。せいぜいディニタさんはエーコの相手を頑張ってくれ。俺は彼女の苦労を思って祈りを捧げた。

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