第493話「薬草を育てよう」
その日の朝飯は平和だった。何しろエーコのやつが突然覚えた収納魔法で遊んでいるからだ。決して俺の邪魔する時間は無い、収納魔法で稼ぐなら自由だ、小さな石ころが一つ入る程度の収納でドヤ顔をするのは好きにすればいい。それを芸にして金を稼げるとは意外なことだった。
まあアレは『使えないと思っていたやつが実は収納魔法を使えた』というギャップを楽しんでいるのだろう。その証拠に俺が平気で収納魔法を使ったが、ディニタさんは俺におひねりをくれなかったからな。
そのうちにみんな飽きるだろうし、せいぜい稼げるときに稼げばいい、当たり前になる前に稼ぐのは商売の基本だからな。
そんなことを考えていると目の前のパンが無くなっていた。オーク肉のトマト煮込みは美味しかったが、おかわりすると別料金と書いているからな……仕方ない、ギルドに行って一稼ぎするか。
宿を出て、ギルドへの道を行くとかなり人が減っていた。物珍しさもそうそう長くは続かないということだろう。
ギルド内では数人が物珍しいといった風にエーコの収納魔法を眺めていた。周囲にはエーコの収納魔法の容量を量っているのだろう、商人らしき連中も少しいた。
肝心のエーコはたのしそうに魔法で卵くらいのサイズの石を消したり出したりしていた。珍しいものではないが、そこそこ消すもののサイズが大きくなってきているので収納魔法が順調に上達していっているのだろう。向上心があるのは結構なことだ。あるいは勇者たちもそういった可能性があったかも……いや、過ぎたことは考えないようにしよう、連中は向上心を持たなかった、それが全てだ。
それに比べてエーコの上達は非常に早い。多少の無茶をしているのかもしれないが容量の増加は結構なものだ。俺は空間圧縮で収納魔法の中身を圧縮して容量を一気に増やす方法は教えていない。自分で思いつくかどうかはエーコ次第だがこの方法は誰かに教えることはやめておこう。
「ク・ロ・ノさん」
背後を振り返るとニコニコ笑顔のディニタさんが立っていた。決して機嫌が良いわけではなく、それは『都合のいいやつが来た』というのを体現するような笑顔だ。
「な、何でしょうかディニタさん? 笑顔が怖いんですけど……」
俺がひりつく声でそう答えると、この人はいきなりギルド内で目に付くところで頭を下げた。
「クロノさん! 薬草採集をお願いします!」
「え?」
「ギルドに用のない人がエーコさん目当てに来るせいで薬草が不足しているんです! この通り! 頭を下げるくらいで受けてくれるなら地面にめり込むまで下げるので受けてください!」
ええ……そんな必死にならなくても……たかが薬草だろう? 誰でも収穫出来るもののはずじゃないか。薬草の質はともかく集めるだけなら簡単な話だろうに。
「薬草くらい備蓄があるでしょう? 俺がそこそこ納品しているじゃないですか!」
最近エーコが来ないので悠々と薬草採集を受けて納品をしてきていた。それで不自由するとは思えないんだがな。
「いえ……その……それは……」
ディニタさんが口ごもる。何かやましいことでもあったのだろうか? だとしても俺の知ったことではないがな。
「実は……ギルド内で薬草の管理をしていた者が、大量に入ってくるからと思って薬草を商人に横流ししていたんですよ……その者は当然ですが解雇しました、ただ減った薬草が戻ってくるわけではないですし、買い取った商人も気がつけば町を出て行っておりまして……つまりはギルドに薬草の備蓄が少ない状態なんです」
絞り出すように彼女はそう言った。不自由しているのは自由だが俺のせいにされても困る。その担当が悪いんじゃないか。しかし薬草採集をディニタさんという受付が推奨してくれているというのは良い。安くて簡単な依頼でも『職員に勧められたので』という言い訳が立つ、これはかなり便利なことだぞ。
「なるほど、つまり俺が薬草採集をすることをギルドが推奨しているということですね?」
「はい! いつもクロノさんは大量に納入してくださるので非常にありがたいんですよ! どうかお願い出来ないでしょうか!」
こうして衆人環視の元で頭をこれだけ下げられればさすがに断ることもないな。素直に受けてそこそこ納品すればいいだろう。
「分かりました、薬草採集、受けますよ!」
「ありがとうございます! 納品量は普通の方の十倍ほどをお願いしますね!」
ん……なんだか変な言葉を聞いたような?
「今、なんだか十倍という言葉が聞こえたのですが気のせいですかね?」
「え? クロノさんなら簡単でしょう?」
信頼が重い……一人で十人分も納品しろってか。結構なノルマだよ。とはいえ受けると言ってしまった以上やるしかないか。ストレージの容量は十分なので特に問題も無いだろう。
十倍の薬草を調達する方法は……ちょっとしたトリックを使うことにしよう。
「じゃあそれで構いませんよ、サクッと収穫してきますので倉庫を開けて待っていてくださいね!」
その言葉を聞くと今度こそ満面の笑みでディニタさんはこちらを向き、依頼票へのサインを促した。俺はスラスラと書いて受注は完了となった。
「ではお願いしますね!」
とびきりの笑顔に見送られてギルドを出た。しょーもない依頼だが、薬草採集をここまで好意的に受注出来たこともなかったな。小銭稼ぎとして渋い顔をして受けさせてもらっていたのが、あそこまで笑顔で送り出してくれたのだから珍しいことだ。それだけでも価値が有ったのかもしれないな。
そして俺は町の門を出ようとしたところで門兵さんに頭を下げられた。
「すまんな、俺の部下が立っていたんだが薬草を山積みにした商人を通してしまったそうだ。後始末を押しつけるようだが、どうか頼むよ」
そう言われたので『気にしないでください』と言って町を出た。薬草採集なのに随分と待遇がいいなあ! 悪い気はしないぞ!
少しだけ軽い足取りでいつも薬草を刈っているところに向かった。そこには一面の薬草がまだまだ茂っている。
『ウインドエッジ』
バサッと広範囲の薬草を切ってそれを収納魔法でストレージにしまう。今回は広範囲に行ったため一気に薬草の数が減った。薬草なんて育てればいいだけだがな。
『オールド』
ニョキニョキと薬草がもさもさ生い茂っていく、ある程度育ったところで止めて再び刈り取って収納魔法でしまい込む。これをやればいくらでも薬草採集は可能なのだが見つかったり納品時に怪しまれたりする可能性を考えるとリスクがある。今は事態が事態なのでさすがに怪しんでいる状況でもないだろう。
そして俺は『オールド』で育てた薬草を『ウインドエッジ』で刈り取る作業を何回も繰り返した。そしてギルドの査定場いっぱいになるであろうくらいには刈り取ったところで町に帰った。
門兵は敬礼をして出迎えてくれた。首から『私は不審者を見逃しました、反省中』と書かれた札を下げられていることは気にしないことにしてあげよう。この人、俺が薬草を採ってこなかったらかなり責任が重くなったんだろうな……
ギルドに入るとディニタさんが詰め寄ってきた。
「クロノさん! たくさん稼いできたんですよね! さあ査定場に行きましょうか!」
初めてだ、薬草採集だってここまで歓迎されるものなんだな……
俺は促されるままに査定場に入るとドサッと山積みの薬草をストレージから取り出した。パターン組んで大量収穫をしたので査定場の天井まで届きそうな山になっている。
「ほえー……クロノさんは相変わらず訳がわからないことをやってのけますね!」
「褒めてるんですか? それ」
「もちろん」
そう言って笑顔をこちらに向けてくる。その笑顔をされると冷たい対応もしづらくなってしまうな。
「大量に持ってきてくださったクロノさんには申し訳ないのですが、今回の依頼は薬草の量に応じてではなく定額となっているんですよ。何しろここまでの量を持ってきてくださるとは思わなかったので金貨百枚もあれば十分だろうと思って用意していたんですよ……」
「構いませんよ、その金額で納品します」
どうせ横着をして稼いだ薬草だしな。そのくらいの額で売っても別に損はない。
そして納品所にサインして査定場に用意してあった金貨を百枚もらっておいた。査定場から出る時にディニタさんが良い笑顔で一言言った。
「さすがエーコさんの師匠ですね! 収納魔法の容量は比べものになりませんね!」
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