第492話「エーコ、微少な収納魔法が使えるようになる」

 その日の朝食は優雅に食べられた。平和でありトラブルなど起こりようもないはずの平和な日、素晴らしいことだ。大体ろくでもない敵と戦わされることが多過ぎなんだよ、人の迷惑も考えろってんだ。


 朝食後のお茶を飲みながら考える。渋いお茶が口内の油を洗い流してくれる、料理後にお茶を出すのは非常にいい習慣だと思う。ソレを飲みながら何か良い依頼でもないかと考える。今ギルドに顔を出すと面倒なことを押しつけられそうなんだよなぁ……


 出来ることならソレは避けたい、厄介ごととは関わりたくないのだ。どうも最近向こうから問題がやってくるのでそれに対処する羽目になっている。こういう事が続くのは良くない兆候だ。


 そう思っているとカップに注がれていたお茶が無くなった。仕方ない、ギルドに行くか。


 そうして嫌々ギルドに向かう。その道中は特に何事も無かったのだが、ギルドに着いたときには人が集まっていた。


 ギルドに用があるのに、そのギルドの前に用も無いのに集まるのはやめて欲しいのだが、そんなことを愚痴ってもしょうがない、人混みをかき分けながらギルドに入った。


「はいっ! この宝石がー! ポン!」


「うおおおおお! 本当に消えた! どうやってるんだ?」


 何やらギルド内ではエーコが注目を浴びていた。細かいものを出したり消したりして手品のようなことをしているが、俺には一目で分かった、収納魔法だ。


 わー……エーコのやつ使えるようになったんだ。そこそこ特訓を頑張ったんだろうな。後で少し褒めてやろうかな?


 それにしてもギルドでは何故こんな大騒ぎをしているんだ? ただの収納魔法がそんなに珍しいのか?


 みんなクエストボードを見ていないので、薬草採集でも受けようかとそちらに向かおうとしたところで声がかかった。


「クロノさん?」


「何ですか、ディニタさん」


 もうすっかり見知った顔が俺を呼び止めたのだった。まあギルドが平和そうなので面倒な依頼を押しつけられることも無いだろう。世間話くらいはしてもいいかな。


「クロノさん、あそこでエーコさんがやっているのって収納魔法ですよね?」


 何を聞いているんだ? そんなの常識で当たり前のことだろう。


「むしろそれ以外の何かに見えるんですかね……?」


 するとディニタさんは苦々しい顔をして言う。


「クロノさんが教えたんですか? 私もエーコさんが収納魔法を使えるなどと耳にしたことは全く無いのですが……」


「当然でしょう? この間使えるようになったばかりなんですから」


 この前のは俺の補助付だったが、今は自分だけでやっている、努力の成果は認めるさ。まあそれでドヤ顔をするのも如何なものかとは思うんだがな。


「その……もしかしてその事にクロノさんが関わったりしてますか?」


「ええ、ちょっとしたお助けを」


 俺が軽く答えたのだが、ディニタさんは目を丸くして驚いていた。そもそも収納魔法と言ってもあの小さな石を入れたり出したりするのが限界なのだろう、エーコ以上の使い手など無数にいると思うのだがな。


 するとディニタさんは俺を手招きしてギルドのカウンター裏に呼んだ。それに応じて置くに行くと突然ディニタさんに詰め寄られた。


「わけがわからないんですけど!? 生まれつきで収納魔法が使えないのに後天的に使えるようになったなんて話聞いたことが無いですよ!」


 突然まくしたてられてびっくりした。意味が分からないぞ、収納魔法なんて訓練次第で使えるようになるものだと思っていたのだがな。そもそも俺だって収納魔法を初めて使ったときには拙い方だったものだ。


「練習すれば誰だって使えるでしょう? そんなことに驚く方が分かりませんよ」


「それはクロノさんの基準がおかしいだけです! 聞いたことも無いんですよ! そんな非常識な話は!」


 いやあ……ディニタさんが世間知らずなだけじゃないかな? 別に珍しいことでもなんでもないと思うぞ。そもそも多くの商人が収納魔法持ちを雇っているということは、それだけ収納魔法を使えるやつが多いという証左だ。


「まあいいじゃないですか、エーコが収納魔法を使えるようになったと言うだけの話でしょう?」


 すると途端に真剣な顔になって俺の目を見据えてディニタさんは言った。


「いいですかクロノさん! 絶対に! ぜええええったいに誰でも収納魔法が使える用に出来るなんて口にしないでくださいよ! そんなことを言えば、クロノさんの元に弟子希望が殺到することは間違いないんですからね!」


 大げさだなあ。


「いや、エーコだってあのちっぽけな石を出し入れ出来るようになっただけですよ? あのくらいなら腰に袋でも付けておいても変わらない容量です。そんなものに需要があると思いますか?」


 頑張った結果小物が一つ入るだけなんて、頑張りに見合わないにも程があるだろう。そんなことをする馬鹿がそんなに大勢いるとは思えない。


「そういう問題ではないのです! クロノさんがそんな超常現象を起こせるなんて広まったら困るんですよ! みんなして収納魔法の特訓を始めたら、実るかもしれない努力を必死にやるでしょうが! その分、ギルドに来る頻度が減るんです、困るんですよ」


 とりあえず困ることだけはよく分かった。需要があるとも思えないのだが、一応ディニタさんが嘘を言うこともないので、きっと本当なのだろう。


「分かりました、そこまで言うなら黙っておきます。ところでエーコへの口止めはきちんとしたんですか?」


「あの人はプライドが高いのでクロノさんに助けられたなんて言わないでしょう、どうせ自分が鍛錬の末に使えるようになったというに決まっています」


 いやなエーコへの信用だった。そんな信用、俺は欲しくないな。


「それにしてもクロノさん、エーコさんを随分と助けたようですね」


「大したことはしていませんよ、本人の努力の賜物じゃないですかね」


 あくまで俺はきっかけを作っただけで、収納魔法を使えるようになったのはエーコの努力の成果だ。それを否定するつもりもないし、頑張ればもっと収納魔法の容量も増えるだろう、それまでにいくらの時間がかかるかは本人の努力次第だが、エーコならそこそこ頑張ってくれるのではないかと思っている。


「ではクロノさん、お願いはしましたからね?」


「ええ、黙っておきます。そもそも俺に教えを請いたいと思っていない人に教えるのも大変ですからね」


 本人のやる気があったとしても『なんでこんなやつに……』と思われると、俺のやる気もあるのだが、教わる本人が本気になってくれない。ギルドに来るような連中に必死に訓練するような奴らは少数派だろう。


「だといいんですがね……クロノさんは本日も普通に依頼を受けますか?」


「ええ、薬草採集をお願いします」


 そうして薬草採集をして帰ってきたのだが、日が傾いた頃ギルドに帰ると、さっきの手品じみたもので稼いだおひねりで美味しいものを食べているエーコがいた。

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