第494話「エーコがやさぐれていた」
朝食をのんびり食べながら考える。世の中には随分と当たり前のことで驚く人がいるものだ、と。
エーコの『手品』で随分と楽しんでいたようだがあんなもん珍しくもなんともないと思うんだがなあ……
朝食の牛肉の煮物なのだが、そろそろ食べ終わりそうだった。出来るだけのんびり食べよう、ギルドに行ったらまた碌でもないことを押しつけられるんだ、そんなことをやりたくはない。
美味しい朝食を食べながら依頼のことを考えると気が重くなる。
いや、そうそう面倒な依頼が入ってきたりはしないだろう。毎日のように俺が対処しなければならないなんて事になれば、ギルドが崩壊するのは目に見えている。そう考えると、そうそう面倒事が入ってくることはないと思える。
カタン
スプーンを置いて俺は宿を出た。ギルドへ金を稼ぐために嫌々向かう。
「はぁ……どうせまた面倒なことがあるんだろうなあ」
そうぼやいて宿を出た。言っても仕方ないことではあるのだが、どうにも最近面倒なことが舞い込んできている。災難が向こうからやってくるのだからかなわない。
そう思いながらギルドに向かったのだが、思いのほか平和そのものな空気が建物を満たしていた。
「あぁ……クロノさんですか。今は大した依頼はないですよ……」
「随分と平和そうですね?」
「まあ……面倒なところはクロノさんが片付けてくれましたからねぇ……エーコさんの手品も飽きられてしまったようですし」
そう言ってディニタさんは部屋の一角を指さす。そこでは暇そうに酒を飲んでいるエーコがいた。
「ここ数日で飽きられたので拗ねちゃって、ああして今までの稼ぎで酒に溺れているんですよ。やめた方がいいとは思うんですがねえ……」
「酔い潰れなけりゃいいんでしょうけど、ディニタさんも大変ですねえ……」
俺がそう答えるとディニタさんはひどく不機嫌になった。
「そもそもクロノさんがエーコさんに収納魔法なんて使えるようにしちゃうのが悪いんですよ? 他人事と思っていないで、もう少し責任を感じてくださいよ」
「無茶を言わないでくださいよ……俺はただ単にエーコの手助けをしただけですよ? あんな使い方するなんて誰が予想するんですか」
エーコが金儲けに使うのは別に構わないが、使った後のことまで責任がとれるはずもない。そこまで責任を取るんだったらそれこそ結婚でもしないと責任を取る義理は無い。
「ディニタさん! もう一杯!」
テーブルについているエーコが大声で叫ぶ。迷惑だろうと思うが、ギルド内の治安なんてそんなものだ。
「クロノさん、もう五杯目なんですよ? エーコさんを連れ出してください。あのままじゃ酒クズ一直線ですよ?」
仕方ないな……
俺はエーコのところに歩み寄って話をしようとした。
「おー! くろのさんじゃないれすかあ……いっしょにのみませんかあ?」
「お前な……そういう飲み方をすると早死にするぞ?」
「だってえ……みんなわたしにちゅうもくしてくれないんれすよぅ……あんなにちやほやしてくれたのにぃ」
ダメだこりゃ。
俺はこっそり時間加速の魔法を使った。
『オールド』
対象はエーコ、体の中から酒が抜けるの早めるために使用した。酔っぱらうなとは言わないが、その歳で真っ昼間から酔い潰れているのは感心しないんだよ。
すぐにエーコの頬が赤く染まっていたのがひいていく。すっかり素面になったところでエーコの相談に乗ってやることにした。
「どうしたんだよ、酔い潰れるなんてお前の歳でやるような事じゃないぞ?」
「だって! お金が稼げなくなったんですよ! 悲しいじゃないですか!」
まさかコイツは自分が飽きられることはないとでも思っていたのだろうか? 当然のことが分からないのは気の毒なことだと思う。
「あの程度のトリックだったら飽きられることが分からなかったのかよ……」
「クロノさん! 正論ですよ! 正論を言っても人は幸せにならないって知らないんですか!」
「えぇ……」
正論を封じられたらどうしようもないじゃないか。というかエーコはどんな言葉をかけて欲しいんだ? まるで意味が分からんな。
「クロノさん、まだそこそこ稼いだお金が残っているので飲みに行きましょう! クロノさんにも責任の一端はあるのですから断りませんよね?」
「仕方ないな、今日は付き合ってやるから程々に飲もうか」
結局俺が撒いた種だしな。俺がしっかりアフターケアをしてやらないと各方面に迷惑がかかりそうだ。
「行くぞ、ここで飲んでたら迷惑だからな」
そう言って俺はエーコの手を引いた。手のひらの熱さから食べ過ぎて火照っているのではないかと思うほどだった。
「『黒猫亭』ですか、ここらじゃそこそこ高い店ですね」
「勘定は俺持ちだから安心しろ。あそこで酔い潰れられていると俺が困るんだよ」
ギルドからで手向かったのは少しお高めの店、ここを選んだ理由は、高い店だと酔い潰れるほど酒を出さないからだ。程々に飲ませて機嫌を取って帰ってもらおう。
「いらっしゃいませ、個室で構いませんか?」
「ええ、お願いします」
俺たちは案内された個室に行ってこの店の今日のメニューを注文した。
「クロノさんは、こういうお店によく来るんですか?」
「まさか! エーコがああやって潰れていたから仕方なく連れてきただけだよ」
「私は潰れてなんかいません!」
頑なに酔い潰れていたことを認めないエーコだった。その時食前酒が運ばれてきたので喧嘩に発展することはなかった。葡萄酒だったが、グラスに注がれたそれをエーコは一息で飲み干した。コイツはどこででも酔い潰れることができるのではないだろうか?
そう思いつつあきれていると、料理が運ばれてきた。野菜、肉、魚の様々なものが並んだ美味しそうな料理だった。
すぐにエーコはフォークを伸ばし肉に突き刺す。この辺から少しだけ機嫌が戻ってきたようだった。
「クロノさんはどうして私に収納魔法を教えてくれたんですか? その……クロノさんに貸しとかないですよね?」
「そうだな……ただ単に平和に暮らして欲しいって思っただけだよ。ハッキリ言うならお前は生き急ぎすぎなんだよ」
「そうですか? 私はそんなつもりはないのですが……」
自覚が無いのかよ……余計にたちが悪いな。
「お前、俺が助けてなかったらとっくに死んでるぞ? わざわざ助けたやつにそうそう死なれてたまるかっての」
「そうですかね? そうかも……」
自覚が無いのは問題だなあ……とにかく飯の種の確保は上手くやって欲しい。
「なあエーコ、これからは薬草採集とかの楽で安全な依頼を受けていかないか?」
「嫌です! 私は偉大な冒険者になるんですよ!」
何を言っても無駄だろうな。フォークで肉を刺しながらそう思う。人間今までやってきたことを急に変えろと言われてもできないものだ。ましてそれが記憶が無いおかげで成功体験しかないならな。
「まあ今は良いがな……俺が町から出て行ってすぐに死ぬようなことはしないでくれよ」
十分そう言うことがありそうで怖いんだよ。この向こう見ずな性格が碌でもない事態に発展しないことを祈るばかりだ。
そう思っていると手元のパンを食べ終わった。料理も食べ終わっていたので二人で店を出た。
「頼むぞ……死なないでくれよ」
「はぁ……まあクロノさんがそう言うなら、その意見は尊重しますよ。私だってクロノさんがいなければかなりヤバかった自覚はありますからね」
そうか、そう思ってくれるだけで勇者連中よりはよほどマシだな。
町中を歩きながらエーコが俺に訊ねてきた。
「クロノさんもいずれ町を出るんですよね?」
「まあな……」
そう答えると、エーコは少し寂しそうな顔をしていたと思えた。しかしその真意はさっぱり分からないなあ……そして別れて俺は宿に帰った。
俺がエーコに言えることは一つ。『慎重になれ』だがその言葉がどこまで届いたのかは分からない。
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