第489話「魔物の大量発生、仕方なく大量破壊をする」

 その日は薬草採集で一日潰した後、ギルドで納品をしていた。


「はい、規定量はありますね。クロノさん、もう少し多めに採ってきてもいいんですよ?」


 ディニタさんは俺にもっと多く稼いでくることを勧める。俺はあくまでも生活費が稼げれば十分だ、必要以上のお金はあればいいが、無理をしてまで欲しいものではない。そもそも規定量で十分な金をくれれば済むだけのような問題だと思うがな。


「どうぞ、薬草代です」


 俺はディニタさんから革袋をもらってギルドを出ていった。平和な日々が続いているのでこのまま続けば良いのにと思う。戦いに明け暮れるような人生は嫌なんだよ。


 そうしてその日は宿に帰って寝た。


 そして翌日の朝食にパスタを食べていると町がなんだか騒がしくなってきた。不穏な感じがするな……大抵こういうときはロクな話ではないのだ、宿に引きこもっておいた方がいいのではないだろうか?


 危ないことには関わらないように宿に籠もろうとしたところで灸治から声をかけられた。


「クロノさん、客人がお越しですがいかがいたしますか?」


 俺は少し考える。どうせこのバカ騒ぎの原因についてだろう。窓から見える町のせわしなさから予想はつく。しかしおそらく来たのは……


「分かった、会いに行くよ」


「では、お待ちいただくようにお伝えしておきます」


 そして目の前のパスタを簡単に全部食べた。肉がそれなりに使われていて美味しかったが、不安があると呑気に食べることも出来ない。


 仕方なく一気に食事をすませ宿のロビーに行く。そこには案の定というかなんというか……まあ……要するに……エーコがいた。


「何の用だ? この前の依頼ならもう済んだことだろう?」


「違いますよ!」エーコは慌てている様子でそう言う。どうやらまた面倒事が起きているらしい。これはまた面倒な話が飛び込んできたのだろうな……出来れば関わりたくないというのが正直な話だ。


「じゃあなんなんだ? どうせロクな話じゃないんだろうが怒らないから言ってみ?」


「ギルドに来れば分かりますよ。あそこじゃ今大騒ぎをしていますしね」


 ふむ……ギルドが大騒ぎか。ギルドの面子ならどうとでもなりそうな気がするが、俺が出向く必要があるのだろうか? しかし現実におそらく、エーコはギルドから俺を呼んでこいと言われたのだろう。それを無碍にするのもなんだか少し悪い気がする。


「ここでの情報公開はする気がないと?」


「ええ、今のところギルド内だけの秘密ですから」


 没交渉か、行ってみるまで分からないってやつだな。ふん、まあいいだろう、どうせ大した依頼ではないに決まっている。サクッと片付けて報酬をもらえばいい。


「分かった、ギルドに行く」俺がそう言うとエーコが俺の手を取った。


「言いましたからね? 早いところ行っちゃいますよ!」


 そうして駆け出すエーコに引かれながら宿を出てギルドに向かった。途中でも大した騒ぎは起きておらず、大したことではないことを予想させる。


「クロノさん、町中で余計なことはいわないようにお願いしますよ」


 エーコが真剣な顔でそう言う。どうやらよほどのことなのかもしれないと不安になってきた。面倒なことは嫌いなんだがな……


 世の中の面倒事というのは、『今は忙しいから』などと言って待ってくれるようなものではない。だからこそ傍迷惑なのだ。俺に投げるのは本当にやめて欲しいのだがな。


 そんなことを考えている間にギルドに着いた。『休業』と書かれたプレートがドアにかかっているのも構わず、エーコはドアを押し開ける。暗く沈んだ顔の面々が揃ったギルドがそこには広がっていた。


「ディニタさん、一体何なんですか? 人を呼びつけて来た割には随分と景気が悪そうですね」


 嫌味っぽくそう言うとディニタさんは、悲痛な面持ちで地図を見せてきた。その地図には、町の周辺の山岳部分に大きく赤い丸が描かれていた。


「何ですかこれは? ただの地図……と言うわけでもないのでしょう?」


 すると彼女はとんでもないことを発言した。


「大量発生した魔物の群れです。これを少しでも押しとどめ、数を減らすために皆さんの命をくださいとお願いしています」


 はぁ? どこからどう見たって一つの山に魔物が発生しただけにしか見えないのだが、そんなに大変なことだろうか?


「いや、普通に討伐すればいいじゃないですか? なんで命が同行の話になっているんですか?」


 山いっぱいに魔物が発生したところで倒すことは可能だと思うのだが……


「無理です、相手はオーガの群れですよ! 私たちが命を張って食い止めるのが限界です!」


 は? オーガだと……たかがオーガ相手にこの人はビビっているのか? なぜたかがオーガでこれほど悲痛な面持ちをしているんだ?


「いや、たかがオーガでしょう? 山ごと吹き飛ばせば……」


 あ、これは失言だったな。ディニタさんの目の色が変わった。これは面倒なことになりそうだ。


「クロノさんならこのオーガの群れを討伐出来ると?」


 嘘をつくのも嫌なので俺は素直に頷いた。


「ではクロノさん! 金貨十万枚を払います! ですからどうかオーガの群れを倒してください!」


 金額はどうでもいい、どう見られるかの方が問題なのだが……今までの話し方からするに、このギルドでオーガの群れを駆除出来るのは俺だけみたいだな。仕方ない引き受けるとするか。


「分かりました、依頼の詳細をお願いします」


「はい、目的は山で繁殖を繰り返したオーガの群れですね。本来はオーガがこれほど大量になるまで放置しておくことはないのですが、何故か今回は急速に繁殖を繰り返しているようです。しかも普段なら山から下りてくるのを叩くところなのですが、山に籠もって繁殖を繰り返しているのに気がつきませんでした。観測班が気付いて報告してきましたが、オーガの数は計測不能です」


「それはまた観測をサボりましたね……」


 山いっぱいになるまで気がつかなかったのは町の落ち度だろう、そのツケがギルドに回ってきたか。


「ですのでクロノさん! 討伐出来るならどうかお願いします!」


「分かりましたよ、山ごと吹き飛ばしてきますよ」


 ディニタさんは力なく笑った。


「ハハハ……その言葉を聞くと安心してしまうのですから不思議ですね……」


「では、ちゃちゃっと行って片付けてきますね」


 俺は地図を暗記してギルドを出た。ロクな装備をしていない俺を止めようとしたが、収納魔法でロッドを取り出すと黙り込んだ。そこそこ使い込んだ馴染んでいるロッドだ。コイツを使えばオーガの群れくらい軽く倒せる。


 町を大急ぎで出て、見られなくなったところで加速魔法を使う。


『クイック』


 そこから駆けだして山の見えるところまで大急ぎで向かう。目標物が見える頃には山で蠢くオーガたちが視認出来るほどたくさんいるのが、探索魔法を使うまでもなく分かった。


「さて……あのエセ神の永続バフがどの程度のものかねえ……」


『圧縮』


 山が一点に収束していく。あっという間に全てのオーガを潰しながら縮んでいった。


『解放』


 圧縮する力から放たれた山だったものは、全てがぐちゃぐちゃになって、元の山と同じ重さの土の山がドサリと落ちた。木々もなくなりオーガの死体は全て破裂しアンデッドになりようもないほど粉々に飛び散った。


「そこそこ威力は上がってるな……」


 バフ前より破壊力が上がっていることを確認して、俺は余裕で町へと帰った。先ほどの様子は山を監視している監視塔から丸見えだろうが、そのくらいは仕方ないことだ。


 町に帰ると皆が大騒ぎをしていた。山が一つ土塊になったのだから無理もないだろう。振動も凄かったしな。


 ギルドに行くとディニタさんが笑顔で出迎えてくれた。


「クロノさん! 本当にありがとうございます! 正直少しだけ疑っていました、ごめんなさい。倒していただいたこと心より感謝します」


「そいつはどうも、報酬を頂けますかね?」


 そう言うと思っていたのかギルド内には大きな革袋が用意してあったのでその中身が金貨なのを確認してストレージに入れた。


「クロノさん、どうして実力を隠していたんですか? アレだけのことが出来るならいくらでも受けられる依頼はあったでしょう?」


 ディニタさんの質問に俺は簡潔に答える。


「その方が楽な依頼を受けやすいでしょう?」


 その言葉にディニタさんはあきれている様子だった。

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