第488話「エリクサーを納品する、早速使われる」

 その日、優雅に朝食を食べていたのだが、その日はエーコによる割り込みが無かった。のんびり食べられるのでじっくり味わえ、いかにのんびりとした朝食が貴重なものかを思い知った。


 それはそれとして静かな朝食はありがたいので、のんびりオーク肉のステーキを切り分けて噛みしめた。


 そうして肉の最後の一切れを食べると、宿を出てギルドに向かった。誰にも邪魔されることの無い朝食を食べた後だとギルドへの足取りも軽いものだった。


 そうして俺は呑気にギルドに入ったのだが、ギルド内には微妙な緊張感とでも呼ぶべき者が漂っていた。珍しいこともあるものだ。


 俺はそう言った空気感とは無関係にクエストボードを眺めていた。そこには金色の塗料が塗られた依頼票が貼ってある。いかにも受けてくださいと言った感じだが、そういう見た目で釣ろうとしている依頼はあまり好きじゃない。だからそれは見逃そうと思ったのだが……


「クロノさん、その依頼を受けて頂けませんか?」ディニタさんが俺にそう声をかけてきた。


 この人はどうして面倒そうな依頼を俺に押しつけるのか? 何か俺が悪いことでもしたと言いたいのだろうか? 俺はいたって真面目に依頼を受けてきただけだぞ。しかし、ディニタさんの言葉のどこかに本気のようなものを感じたので、俺は話半分に聞くことにした。


「条件次第ですね。美味しい依頼なんですか?」


 俺の問いかけにディニタさんは首を振る。やはり微妙な依頼を俺に受けさせたかったらしい。迷惑な話だなとは思ったが、何か事情があるのかもと思い話を聞くことにした。


「まあクロノさんにとってはそれほど難しい依頼ではないですね。報酬も渋いですが……」正直に情報を開示してくれるディニタさんがそう言うということは、慈善事業に近いものなのだろう。難しくないというのがせめてもの救いだろうか。


 しかしだとしたら俺が受ける必要も無いのではないだろうか? 依頼票に目をやると『エリクサー納品、報酬金貨十枚』と素っ気なく書かれていた。安いのは確かだな。しかしエリクサーの安物ならその金額でも買えるだろう。そうせずに何故ギルドに納品依頼を出しているのか謎だ。


「みたところ、ケチくさいエリクサーの納品依頼のようですが……納品すればいいんですか?」


 俺がそう尋ねるとディニタさんは渋い顔をして言った。


「それが……高品質なものでないと受け取って頂けないんですよね。依頼者さんもなかなか目が利くようでして……」どうやらうるさい依頼者らしいな。金貨十枚で高品質エリクサーを求めるなんて無茶もいいところだろう。


「それを俺が受ける意味がありますか? あまりにも割に合わない依頼だと思うのですが……」


 その言葉にディニタさんは声音を一段低くして言った。


「確かに安いですし面倒な依頼です。しかしクロノさんがこれを受けないと後悔すると思いますよ……詳しいことは機密保持のために喋れないのですがね」


 視線は至極真剣であり、どうあっても俺に受けて欲しい様子だ。何かよほどの事情でもあるのだろうか? 思い当たる節は無いが、しかしディニタさんの真剣さには気圧されるな。


「それ以上の情報開示は無しですか……」


「ええ、申し訳ありませんが依頼者のプライバシーに関わるものでして……」


 ふーむ……受けるべきだろうか? いや、受けても大した損害にはならないか。せいぜいが高級エリクサーを買い叩かれるくらいだ。そんなものはまた作ればいいわけで、俺にとっての損害は非常に小さい。時間のロスくらいはあるが問題にならない範囲だろう。


「分かりました、この依頼を受けましょう」


 ディニタさんは頭を下げて感謝の意を示してくれた。


「ありがとうございます。クロノさんなら受けてくださると思っていました!」


 そうしてディニタさんの感謝の元に俺はその依頼を受けることになった。


「ではエリクサーを調達してきますね」


 それだけ言ってギルドを出た。なんとなくではあるが依頼者が切羽詰まっているような気がしたので、宿への道を急いだ。ついつい早足になってしまうがそれを落ち着けながら宿にたどり着いたら即座に自室へ入った。


 収納魔法で錬金道具と山のような薬草を取り出す。高品質エリクサーを作るためには大量の薬草が必要だ。俺は自分に加速魔法を使って大急ぎで薬草をすり潰していく。


 ゴリゴリ……ゴリゴリ……


 ドンドンと緑色の濃い液体が出てくる。それを大量に集めてフラスコに入れ、魔石の欠片を入れていく。クズ魔石ではない、普通の魔石を砕いたものだ。


 それを投入して加熱をしていく。色がドンドン変わって鮮やかな青色になっていく。複数のフラスコに入れたこれを一つに集めて濃縮していく。


『オールド』


 時間加速を使用して急いで濃縮する。加熱と共に効率よく反応をさせていく。魔石から魔力が漏れていってエリクサーに魔力が浸透していく。透明感を帯びた綺麗な青色のフラスコ一本分のエリクサーが完成した。かなりの高品質品だ。これで文句を言われることは無いだろうな。


 俺は駆け足でギルドに戻った。なんとなくだがあの依頼は一刻を争っているような気がしたからだ。完成したものを一晩寝かせる意味も無いし、大急ぎで納品しなければならないような気がした。


 ギルドに着くと『クロノさん!? まさかもう完成したんですか!?』とディニタさんが驚きと共に出迎えてくれた。


「ええ、しっかりと完成しましたよ。高品質エリクサーです」


 ディニタさんに収納魔法でストレージから取り出したエリクサーを見せると、驚きの顔をしたもののそれを受け取ってもらって、ディニタさんの検品を通す。


 一通り問題がないものであることを確認してディニタさんは金貨のは言った袋を俺に渡してくれた。


「問題ありませんかね?」俺がそう訊いた。


「ええ、素晴らしい品質のものをどうもありがとうございます。よろしければ明日ギルドに寄ってくださいね?」


「ん? まあそれは構いませんが……」


「それではクロノさん、ありがとうございました」


 そう言って送り出された。夕焼けが綺麗な道を宿に帰り、平和な夕食を食べてその日は寝た。


 ――翌日


 ディニタさんに言われたとおりギルドに向かうと、最近見慣れた顔が居た。


「クロノさん! 先日はどうもありがとうございます!」


「エーコか……なんだよ大げさな。この前のお礼なんてするやつじゃないだろうが……」


 妙に謙虚なエーコに不気味なものを感じながらそう言うとエーコは首を振って答えた。


「クロノさんの納品してくれたエリクサーのおかげで長年患っていた病気が治ったんですよ! そりゃ感謝しますって!」


「え? 何、お前病気だったの?」


 怒濤の展開に追いついていけない。


「ええ、徐々に進んでいく病だったので、父がエリクサーの納品依頼をしてくださいまして……クロノさんが納品してくれるかなと思っていたら本当に納品してくださったので、それを飲んだんですがすっかり良くなりましたよ!」


「それは何より……」


 ディニタさんもそんな事情があるなら正直に言ってくれればいいのに。まあエーコ側から依頼があったのかもしれないし、仕方のないことだろう。そしてディニタさんが今日ギルドに来るといいと言っていた意味がよく分かった。


 確かに安い依頼だったが、向かい合って笑っているエーコを見ると、それほど悪くはないんじゃないかなと思えるのだった。

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