第487話「エーコのゴブリン討伐アゲイン」

 その日、朝食を食べていると、ついにずけずけと俺の安息の地にまで割り込んできた者がいた。


「おねーさん、私にもクロノさんと同じものを! 料金ですね? はい、どうぞ」


 勝手気ままに注文をしているのはエーコだ。どうせまたろくでもない話を持ってきたのだろう。たまには自分でなんとかして欲しいものだと思うのだが、それを言いだしてもキリが無いだろう。コイツ……エーコは平気で協力を仰ぐようなやつだ。


 それでも一応無理だと思ったら協力を求めるだけマシなのではあるが……勇者たちは荷が重い依頼でも平気で受けて、俺が必死に手助けしていたからな。あいつらが覚えているかはさておいてな。


 しかし平然と俺と同じテーブルについて当たり前のように俺の仲間のように振る舞っているのは胆力があるというか、何も考えていないというか……


「で、何の用なんだ? どうせまた無謀な依頼でも受けたんだろう?」


 我が意を得たりといった顔をしたエーコが自慢気に今回の依頼について話し始めた。


「ゴブリン退治なのですが、クロノさんに協力を仰ぎたいというわけですね。そうそう、ディニタさんが言っていましたが、今回は討伐依頼ですが討伐が完了したかどうかはギルドの人が確かめるから焼き尽くしたって問題無いそうですよ?」


 俺はぞんざいな返事をする。


「そうかよかったな、得意分野なら自分だけでこなせるんじゃないか? どうせ大した相手でもないんだろう?」俺がそう言うとエーコは文句を付けてきた。


「クロノさんの護衛があることが最低条件なんですよ……討伐対象はゴブリンなので私一人でも十分どうにかなると主張はしたんですがね……あのババアには理解出来なかったようです」


 俺はシンプルな答えを返す。


「お前が『あのババア』と呼ぶような人でもお前が死なないように配慮してくれているんだから感謝しろよ」


 ディニタさんも恨みを買いそうな役割をやっているんだな。損な役回りとしか言いようがないよ。


「ところでどうして協力者が俺限定なんだ? 別に協力するなら誰だっていいだろう?」


 そう尋ねると心底嫌そうにエーコは答えた。


「ギルドで協力者がいるなら構わないって話だったんですがね……誰も私と目を合わせようとしないんですよ。ひどいと思いませんか?」


「味方ごと焼き尽くすような攻撃をしてればそりゃあ一緒に受けたくもなくなるってもんだろ」俺の正論に渋い顔をするエーコ、しかしそれが事実だから一応自覚もあるのだろう。それに反論は出来ない様子だった。


「お待たせしました、山の幸の煮物です」


 そんなことを話していると給仕が料理を持ってきた。山菜が多く使われた煮物が俺たちの前に置かれると、俺は食べ始めた。しっかり食べておくと面倒な依頼でも割とこなせるものだ。エーコだってそれは変わらないだろう。


「クロノさん、こう言う渋い料理でお腹を満たすのはオススメしませんよ? 私は好き嫌いしないので食べますが、肉じゃなきゃ嫌だって人もいるんですからね?」


「好き嫌いは良くないと思うがな……」


 出された食べ物はしっかり食べるべきという考えはおかしいのだろうか? 飢饉が起きたときなど山の木の皮を剥がして煮込むくらいのことを考えれば、きちんと食べられる山菜が出てきているのだから文句などないだろう。


 エーコは山菜をちびちび食べながら依頼の詳細を話し始めた。


「それで依頼なのですが、ゴブリンの討伐ですね、ゴブリンの巣が出来そうなのでそこを叩いてきてくださいということです」


 どうやら本当にゴブリンを討伐するだけのようだ。だったらエーコ一人に任せてもいいんじゃないかと思ってしまう。


「私だけでもできると言ったのですが……うわこれは苦いですね……いざというときの保険と、依頼を遂行したことの見届け人が必要だと言われましてね。まったく細かい集団ですよ」


 心底うんざりしたようにそういうエーコ。好きにすればいいが、ディニタさんも俺を巻き込むなっての。


 そんな愚痴を言っても仕方がないので俺はエーコに頷いた。ゴブリンの巣が出来ると面倒なことになるからな。跡形もなく吹き飛ばすのは簡単だが、それをやると被害が尋常ではないことになり、あとが面倒なことは確定だからな。


「クロノさんは話が分かりますね! ではこれを食べ終わるまで待ってくださいね……うわ、苦い」


 山菜なんだからそりゃそうだろうと思うのだが、食べているだけ偉いのかもしれないな。食べずに捨てるよりはずっといい。


「ふぅ……ゴブリン退治より大変な相手でした」


「お前、炎魔法を覚えたからって調子に乗りすぎだぞ」その言葉はエーコに届いていないようだった。


「さて、行きましょうか」


 料理を全部食べたエーコは俺に目標の位置を説明した。それは町から近い岩山のふもと、そこにゴブリンが集まりつつあるということだった。


 宿を出ると日差しが俺たちに容赦なく降りかかる。嫌でも朝から目が覚める光の量だ。それを浴びながら、依頼はもう受けたということで、俺はもう頭数に数えられているらしいことにうんざりした。


 それから町を出たのだが、出る時に門兵さんが『やり過ぎるなよ』と言っていたので、一応エーコの実力も知られつつあるらしい、あまり良い評価ではないようだがな。


「じゃあ行くか、案内を頼む」


「なんでクロノさんが主導権を握っているんですか……」


 何か言いたげなエーコから岩山の場所に案内してもらう。最悪の事態になれば俺が岩山ごと破壊出来るようにしておかないとな。


「案内をするのも立派な役目だろう?」俺がそう言うと渋々ながらも俺の前を歩き始めた。俺はそれについて行くだけで簡単な依頼のような気がしていた。


 しばし歩くと探索魔法にゴブリンがそこそこの数引っかかった。それが巣を作ろうとしているゴブリンだろうなと判断したが、今回は全滅させれば討伐の証拠は必要無いそうなのでエーコの自主性に任せることにした。


 少し歩いたところでエーコは止まって、もうよく見える距離まで来た岩山を指さして言った。


「あの山の麓にゴブリンが巣を作ろうとしているんですよね。じゃあ『私が』片付けますね」


 わざわざ『私が』を強調して言うあたりあまり信用されていない自覚があるのだろう。エーコは迷うことなく『フレイムボム』を山の麓にたたき込んだ。


「どうですかクロノさん! これが私本来の実力ですよ!」


「なかなかやるじゃないか。大体全部が一発で片付いたな」


 それを訊いて焦るエーコ。


「大体全部ってなんですか!? 壊滅でしょう!? 一発で全滅でしょう!?」


 そういうエーコに俺は残念な事実を告げた。


「あそこに一匹、炎に耐性を持ったホブゴブリンがいるぞ」


 俺が指さした方には怒り心頭に発すと言った様子で、魔法の飛んできた方向に向かってホブゴブリンが歩いて来ている。


「まあチョロいな」


「へ!?」


 エーコの言葉を最後まで聞かず、俺はホブゴブリンの方へ向かって飛び出し、永続バフによって強化された脚力で高速移動して、バフの影響を受けた腕力でホブゴブリンの頭を殴った。


 一撃でポーンと首が飛んで体の方は一瞬遅れて倒れ込んだ。探索魔法を使っても、先ほどのエーコの大技で片付いていたようでゴブリンの反応は無かった。


 エーコのところに戻り、『片付いたな』と言うと泣きそうな顔のエーコが俺に頭を下げた。


「ありがとうございます! 私だけなら死ぬところでした!」


「気にするな。あの程度ならどうとでもなる、それよりギルドに報告だろう?」


 それで気を取り直したエーコは『そうですね!』と笑顔に戻って言い、町への帰途を歩いた。


 町の入り口では敬礼で出迎えられ、早速ギルドに向かった。


「片付きましたよ! 私をもっと尊敬してください!」


 エーコのディニタさんへの一声はそれだった。その無根拠な自身のせいで危ない目に遭っても気にしないようなので、ディニタさんもあまり信用はしていないようだった。


「クロノさん、ゴブリンが壊滅したことの確認は取りましたか?」


 俺に話を振ってきたので頷いておいた。


「ええ、きっちり綺麗に何も残っていませんよ」


 ホブゴブリンの死体をストレージに入れているのは黙っておくことにした。耐火装備を作るのに役立ちそうなのでせっかくだから保管しておくことにする。


「それでは、こちらがエーコさんへの報酬で、こちらがクロノさんへの報酬です」


 同じような大きさの袋が二つ置かれた。俺はなかを覗いてみると金貨が入っていたのだが、おそらくエーコとあまり変わらない金額だろう。金額から推測するに、結局面倒な部分は俺がやると分かっていたのだろうなと思った。

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