第486話「エーコのブラッドウルフ討伐」

 その日、宿で朝食を食べた後でギルドに向かった。最近エーコに付き合うことが多かったので依頼を受けられないだろうかと思ってのことだ。一応分け前としてはもらっているが、エーコ同伴だとどうしても簡単な依頼を受けることになって効率が悪い。もう少し稼ぎの良い依頼を受けてもいいだろう。


 そう、俺は今、割の良い依頼が欲しいのだ、ケチくさい依頼なんてわざわざ受けたくはない。


 そう思いながらギルドに入ってクエストボードを眺める。目立つ原色で飾られた依頼票が嫌でも目が付いて読んでみた。


『依頼遂行の補助、報酬金貨百枚』


 うん、美味しい依頼だ。メインの部分は他の人がやってくれると言うことなのだろう。問題は発注者がエーコであるということだな。まあ依頼を丸投げすること自体は珍しくないが、結構な金額を払うんだな……


 依頼主がエーコでなければ楽して儲けられる良い依頼なのだが、いかんせん俺が全部手助けしないとならない気がする。問題はエーコが受けられる依頼だから難易度は低いだろうが、俺が全部代行するわけにはいかない。アイツが依頼主ということはおそらく自分の実力を知らしめるためだろう。でしゃばりなエーコを黙らせるのは難しいだろうと思う。


 そっと依頼票から目を逸らすと後ろから声をかけられた。


「クロノさん、クロノさんですね! お願いしますからエーコさんの依頼を受注してください!」


 ディニタさんの声だった。まあ確かにこれは悪い依頼じゃないのだが、いかんせん注文の多そうな依頼者なので出来れば断りたい。しかしディニタさんも必死の様子だった。


「お願いしますよ! エーコさんが調子に乗ってブラッドウルフの駆除なんて受けるんですよ! クロノさんならエーコさんがそんなものを受けたらどうなるか分かるでしょう?」


 まあそれはそうだな、大体オチは瀕死か死亡になるだろう。面倒だが受けてやるのがエーコのためとは分かっているんだがな……どうにも、ものぐさな俺にはそう言った道徳的な選択をする気にはなれない。


「それって俺が受けなきゃダメなやつですか?」俺はまず前提の問いかけをする「エーコが受けるくらいの依頼ならいくらでも協力者が出てくると思いますが?」


 そう、アイツの金払いの良さと、一応の実力からすればなんら問題が無いはずだ。


「クロノさんに会ってからエーコさんが魔法を使うようになったせいで始めに受けたパーティが『焼き殺されるかと思った』と言ってしまったので受ける人がいないんですよ……エーコさんは自分が手出しをしないと納得しない様子でして、なんとかクロノさんが上手くいくように手伝っていただけると助かります」


 面倒くさいけれどこれで受けないとこの村とギルドと俺の間に溝が出来そうだ。選択肢はほぼ無いようだな、嫌でもなんでも受けるしかできることは無いのだろう。


「はぁ……じゃあエーコが受けた依頼の詳細を教えてもらえますか?」


 その言葉を了承と受け取った様子でディニタさんはウキウキで話し始めた。


「ブラッドウルフの一頭以上の討伐がエーコさんが受けた依頼ですね。大した相手ではないのですが、始めに依頼料を見て受けたパーディが目標を見つけると、エーコさんが辺り構わす炎を出して根こそぎ焼いたんですよ……おかげで『自分たちの方にも飛んできた』と主張するパーティが辞退しまして……一応ブラッドウルフは倒したと皆さん主張しているのですが、綺麗に焼き尽くされたので証拠がないわけですよ……」


「それで一人で行かせるわけにもいかないからこんな依頼が出たわけですか?」


 我が意を得たりという顔をしているディニタさんが俺の手を取って頭を下げた。


「お願いします! エーコさんが少しは手を貸した程度の満足感を残して依頼を達成させてあげてください!」


 つまりはそういうことか。なんとも面倒な依頼だな。そんなことを考えていると俺の肩が叩かれた。ディニタさんではない、彼女は今俺の目の前に居る。


「クロノさん? 受けてくれないんですか……?」


 後ろを振り返ると目を潤ませているエーコがいた。ギルドで依頼を受けた以上、ここにいるのは何もおかしな事では無いのだがな。心がここから逃げたいと言っているのだが、その一方ここで逃げると後悔するぞという声も聞こえる。心というは至極複雑なものだ。


「分かったよ、受けてやる。でも加減はしろよ?」


「やったあ! これで依頼達成は確定ですね!」俺が手助けするだけで依頼の成功は確定ということにされてしまった。逆恨みも怖いし失敗するときはそうなると言ってやりたい。


「まあ……成功率は上がったかな。じゃあ行くか。ブラッドウルフくらいなら倒せるだろう?」


「完全に焼き尽くしてやりますよ!」


「学習能力ゼロか! それで失敗したんだろうが!」先行き不安でしかないが、やる気があるということは悪いことではないのでギルドを出ることにした。


「ではクロノさん、エーコさんをお願いします!」


 こうしてギルドを出たのだが、ギルドを出るなりエーコから愚痴が入った。


「失礼だと思いませんか? あの人、私が依頼をこなすのにクロノさんに感謝しているんですよ?」


 そりゃ協力依頼なんて出せば協力者が主力なんだなと思うには十分だろう。ディニタさんからすればエーコはあまりあてにならないのだろう。


「いいからさっさと討伐に行くぞ」


「はーい」


 そうして町を出て草原まで向かった。草原は平和そのものだったが、ブラッドウルフが数匹、遠くで獲物を狩っていることは探索魔法で分かる。だから俺はその逆方向にエーコを誘導した。


「エーコ、ここからしばらく、俺がいいと言うまで後ろに下がれ」


「そっちに獲物が居るんですね! 任せてください!」


 ドタドタとダッシュするエーコ、しばし歩いたところで俺は『止まれ』と言って適切な距離でエーコを止めた。そこまで寄っていって探索魔法を使う。ターゲットとエーコの魔力を計算して安全な部分か確認する。どうやらギリギリ『射程外』のようだ。


「よし、ここから俺が来た方向に向けて炎魔法を使え」


「へ!? そっちは私が離れていった方ですよ!?」


「だからいいんだよ、試しに一発撃ってみろ」


 半信半疑といった様子だがエーコは『フレイムランス』を使用して前方を綺麗に焼き尽くした。


 探索魔法を使って予想通りの結果になっていることを確認し、エーコと二人、着弾地点の向こう側まで歩いた。そしてそこにそれは大やけどを負ってなんとか形をとどめているブラッドウルフの死体があった。


「生きてますかね? 追撃が必要ですか?」エーコがそう問うたので俺は「必要無い、死んでるよ」と答えた。


「どうして私を下がらせたんですか?」


 エーコはそれが疑問のようだが、その答えは後ろに広がる焼け野原が全てを語っている。


「直撃させたら死体も残さず焼け野原になるだろ? ここは倒すには十分な距離で、死体が消えない程度には離れてるんだよ」


 それを聞いて納得はしてくれた様子のエーコは自前のナイフでブラッドウルフの耳を切り取ってカバンに放り込んだ。俺は死体がアンデッドにならないように聖水をかけておいた。


「さて、目的は達成したから帰るぞ」


 そう俺が言うとエーコは不満げに答えた。


「えー……もっと討伐しましょうよ?」


「こうやってギリギリの距離を探るのが面倒くさいんだよ、一匹でも十分達成だから帰るぞ」


「はいはい」


 エーコは大いに不満そうだったが、俺の手助けがなければ距離をとれないので諦めてギルドに帰ることになった。


 ギルドに帰るなりエーコは喜びながらディニタさんにブラッドウルフの耳を提出して報酬をもらっていた。


 そしてその報酬を入れた財布をディニタさんに渡している。それを受け取ったディニタさんは俺の方にやってきた。


「こちら、クロノさんの報酬になります」


「赤字だろうなとは思っていましたがエーコはなんでこんな依頼を出したんですか?」


 俺が収納魔法でお金をしまいながら訊くと『エーコさんは自分の功績が欲しいんですよ』とだけ言って受付に戻っていった。俺は金があるのにどうしてそんなことをするのだろうと思った。とことん人間の欲望というのは分からないな。

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