第485話「エーコ、火炎魔法を使う」

 俺がその日食堂に行くと、注文を取る前にバスケットが差し出された。給仕に『これは?』と尋ねると渋い顔をして答えが返ってきた。


「その中に二人分のお食事が入っていますので表でお待ちの方を連れて行ってくれませんか? その……お客様が入って来づらい……と言いますか」


「……? まあいいです、分かりました」


 給仕の渋い顔も気にせず宿を出ると見知った顔が待っていた。


「何の用だ? エーコ」宿の表に立っていた少女に尋ねるとドヤ顔で俺の方へ指を一本さしだしてきて言った。


「ちょっとウサギ狩りと行きませんか? 私は今調子がいいんです」そう答え、俺の方へ差し出されている指からは小さな炎がぽうっと灯っていた。どうやら先日の魔道書はしっかりと効いたらしい。


 しかし小さな、とても小さな炎一つで狩りをする気だろうか? どうせまたエーコの介護をする結果しか思い浮かばないのだが……


「エーコ、何か依頼を受けてきたのか? まだ断るには間に合うぞ」


 俺は善意から先手を打つようにオススメした。無謀な受注はよろしくない、素直に逃げるのは決して悪いことではない、少なくとも死ぬよりはずっとマシだ。


「クロノさん、そのバスケットはなんですか?」俺は宿からエーコを引き離すことをこっそり頼まれていたことを思い出して「とりあえず離れようか」と言っておいた。エーコは町の出口へと歩いて行く、どうやら依頼の受注は確定のようだ。


「なあエーコ、一体なんの依頼を受けたんだ?」俺がそう尋ねるとエーコはドやぁという顔で答えた。


「一角ウサギの十頭以上討伐です! 私とクロノさんがいれば余裕ですよね!」


「そうだな、俺が大体全部やることになるだろうがなんとでもなるだろうな。取り分はもちろんもらうがな」


 その答えに不満だったようで、エーコは不機嫌そうな顔をした。


「クロノさん、いくらあなたが強いからと言って炎魔法を覚えたのをバカにしているんですか? 私は魔道書のおかげでとおおおおおおっても強くなったんですよ?」


 強くなったと言っても火花を少し大きくしたような火種くらいしか出せないやつが戦略になるとは思えない。大体一角ウサギを倒すにはそれなりの火力が必要だぞ? 先ほどエーコが出した火力では一角ウサギを調理するときの火種程度にしかならない。しかも一角ウサギはそれなりに素早いので火力の他に正確性か、あるいは周囲一帯を焼き尽くすような火力が必要だ。


「なあエーコ、お前が炎魔法を使えるようになったのはよーく分かった、だからもう少し強くなるまで訓練しないか?」俺の穏便な提案にも一切気にすることなく歩みを緩めることはなかった。どうやら心はしっかりと決まっているらしい。傍迷惑なことこの上ないが、迷惑を被るのが俺だけなら我慢すればいいだろう。


「信用無いですねぇ……私だって日々修練しているんですよ?」


「お前はいいとこの娘なんだろうが……ギルドなんぞで危ない目に遭うこともないだろうに」


 そう、エーコはおそらく生活に困っているというわけではない。だったら大人しくしていて欲しいと思うのが常識的な心理だと思う。しかしエーコは常識などと言う万人が共有する知識をガン無視して動くつもりのようだ。後始末をする俺の身にもなって欲しい。


「私は自由が欲しいのですよ! 自由って素晴らしいと思いませんか?」


 断言するエーコに俺は釘を刺しておいた。


「自由だからってなんでも出来るわけじゃないぞ。結局完全に自由だろうが自分の力の限界という制限はあるんだからな?」


 しかし気にした様子も無いので、どうしようも無いなと諦め俺はそっと歩みを早めた。仕方ない、俺が手助けすれば死ぬこともなく助けることは可能だろう。俺が速度を速めたことに気がついたエーコが気分もよさそうに言う。


「さあ行きましょうか! 私の自由のために頑張りましょう!」


 俺は自分のために動きたいなあと思いつつ、放っておくとエーコがトラブルを起こす未来しか考えつかないのでそれについて行った。


「クロノさんかい、ご苦労さん」


 門兵さんも俺への信頼からかエーコを連れ出すことに何も言わなかった。これも慣れというやつなのだろうか? しばし歩いてからエーコが俺に文句を言った。


「クロノさん! あの門兵、クロノさんにしか挨拶をしませんでしたよ! 私だっていたのに! これは不敬ですよ!」


「お前は一体何様なんだよ……別に止められなかっただけでもいいだろうが、一人だったら町から出られたかも怪しいことを分かってるのか?」


 エーコの自己評価の高さはどこから来るのだろう? その自信だけは凄いものだとしか思えなかった。


 そうしてしばし歩き、草原に着くと俺は収納魔法でバスケットを取り出して昼食と言うことにした。エーコも腹が減っているのかそれには反対しなかった。内容はオーク肉サンドだった。噛みしめるほどに味が出てくる結構なものだった、宿の配慮には痛み入る。しかし元はと言えば厄介払いのために持たされたものなので複雑な気分だ。


 そんなことを考えている間に俺がいくつか食べただけで、エーコの食欲から残りを全て平らげられてしまった。まあ……エーコのために作られたようなものだし別にいいんだけどさ……


「さて、一角ウサギが右の前方に居るのは見えるか?」


 俺はエーコに探索魔法で見つけた一角ウサギの大体の位置を教える。どこまで見えるのか知らないが、遠くから攻撃した方が安全なのは確かだからな。


「任せてください! 『ファイアーランス!』」


 エーコの詠唱と共に炎の矢が吹っ飛んでいき……かなりの範囲を焼き尽くした。なるほど、倒すだけの実力はあるのだろう、そこは認めてやる。しかし問題がある。


「なあエーコ、確かに一角ウサギは討伐したな、で……その証拠をあの焼け野原からどうやって回収するつもりだ?」


 見事に地表に出ているものを全て焼き尽くしたので綺麗さっぱり更地になっていて、もちろんウサギが居たことなどまったく分からないように焼き尽くされていた。


「え……ええっと……そうですね、蘇生魔法を一角ウサギに使うというのはどうでしょう?」


「アホか、どこの世界にウサギ相手に蘇生魔法を使ってくれるような物好きが居るんだよ」


「デスヨネー……」


 俺は全てを諦めて言った。


「ウサギは俺が狩ってきてやる、その代わり今度は焼き尽くさないように魔力を加減出来るように練習していろ」


 渋々ながらエーコは頷いた。俺は探索魔法で見つける範囲の一角ウサギの元へと駆けていった。やはり神の力というのは便利なものであっという間に目的地について、片っ端からウサギを殴った。ポキポキと一角ウサギの角を折って回収して依頼は完了だ。


 完了したのだが、もう少し魔力の使い方に慣れてもらうために俺は少し遅れてからエーコのところへ行くことにした、幸い敵は探知出来なかったので問題もあるまい。


「エーコ、そこそこ練習したようだな。それにしてもこれは……」


 草原だったはずが辺り一面が焼け野原になっていた。エーコのやつはやりすぎなんだよ、加減を考えて欲しいものだ。しかし熱心に修練したようで息も上がっていたし、そろそろ潮時だなと思って二人で町に帰った。


「ご苦労さん」


 それだけ言って門兵さんの前を通り過ぎて、俺たちはギルドへ完了依頼をしにいったのだが……ギルド前でエーコが俺を手で制した。


「クロノさん、討伐の証拠を私に」


「やれやれ、別に共同でやったってことにしてもいいだろうに……」


 あきれつつストレージから一角ウサギの角を十本取り出してエーコに渡した。それをしっかり持ってギルドのドアを開けていった。俺には来るなと、目で止めていたので入らない方がいいのだろう。


 エーコが入っていったときに少しギルドから驚きの声が聞こえたが、めざといディニタさんがギルドの外にたっている俺を窓の外に見て全てを察した様子だった。


「クロノさん! 報酬ですよ! 金貨二十枚をもらったのでクロノさんは十枚でいいですか?」


「良いわけあるか、十九枚よこせ」


 その言葉を予想していたのか、エーコはすんなりと金貨を俺に財布から渡した。


「案外聞き分けがいいんだな?」


「そりゃまあ倒したのはクロノさんですからね。ところでなんて私に一枚残してくれるんですか?」


「そんなの決まってるだろう?」俺はエーコの方を見ながら当然のことを言った。


「努力賞だよ」

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