第484話「魔導書店にエーコと行った」

 その日、朝食をのんびり食べながら何をしようかなと考えていた。幸い金は十分にあるので、今日くらい遊んで問題は無い。何より窓の外の平和そのものの町並みを見ると何かすることはないのだろうなと予想がついてしまう。


 しかしこの宿の朝食はわりと美味しい。ペッパーステーキとのことだが、そこそこいい肉に貴重な胡椒まで使っている。これで不味いはずもないだろう。


 そうして満足いくまで朝食を食べてから宿を出た。


「クロノさん!」出るなりいきなり大声をかけられた。声の主はもちろんエーコだ「魔導書店に付き合ってくれませんかね?」彼女は平然とそう言った。


 別に暇をしているので構わないのだが、コイツ魔導書店に何か用があるのだろうか? 魔法が使えるなんて聞いたこともないのだが、実は才能があるとかそう言ったやつだろうか?


「なあエーコ、お前魔法が使えるのか?」


 するとエーコは渋い顔をしてから答えた。


「いえ……魔力は十分にあるんですがね……いかんせん勉強をしていないもので、体系だった勉強をしようと思うんです」


 勉強熱心なことは結構なことだ、しかしそれよりコイツが魔力をそこそこ持っているという方が驚きだった。そんなそぶりは欠片も見せなかったからな。


「そうなのか、人は見かけによらな……」


「私が魔法を使えそうには見えない……と?」


「いや、なんでもない」


 黙ることにした。正直言ってまったくそうは見えないのだが、本人もコンプレックスなのかデリケートな話のようなのでそこを深掘りするのはやめておいた。


 そうして二人してしばし歩くと巨大な店に出会った。そこには看板に『ルリ魔導古書店』と看板が出ていた。個人経営の店だろうが、それに見合わず大きな建物だった。建物のサイズから結構儲けているのだろうと予想がつく見た目をしている。


「さあ、クロノさん! 行きますよ!」


「……分かったよ」


 正直中はどうなっているのか不安だったが足を踏み入れた、思いに反して店内は照明用の魔石が天井に設置してあり、内部は小綺麗なものになっていた。


「へぇ……」


 薄暗い店内に年老いた店主が無愛想に接客をしている様子を考えていたので肩すかしを食らってしまった。この書店はなかなか儲けているようだな。


「ねえクロノさん、魔道書でオススメってありますか?」


「普通の魔法は専門じゃないんだがなぁ……」


 そう言いながら書架を見て回った。エーコでも役に立つ魔道書か……どんなものがあるだろうか? そもそもそんな都合のいいものを売っているのだろうか?


 棚を見て回ると『サルでも出来る火炎魔法』とか『新生児から始める氷結魔法』などと言う本が目に付いた。これらを試してみたらどうだとエーコに尋ねてみたところ、「どこまで私を舐めているんですか!」と怒られてしまった。エーコにはこのくらい簡単な本から始めた方がいいと思うんだがな。


 それから本を物色していくと、『知らなくても大丈夫! 時空魔法の使い方』という物があったので、個人的な興味から店主のところへ持っていった。


「これ、いくら?」店主にそう尋ねると「金貨一枚です」と答えられたので破格の安さに即座にそれを支払って買い取った。俺にぴったりの魔法だな。


「クロノさん……私の魔道書を選んでくれるって約束でしたよね? 何をしれっと自分の分を買っているんですか!」


「え……? そんな約束はしてないんじゃ……」


「いいですね?」


「はい」


 エーコの圧に負けて俺は頷いた。意志が弱いな……


 それから大きな書店でエーコに合う魔道書を探すことになった。


「これとかどうだ?」


 俺がまず手に取ったのは『炎魔法入門』だ。それをエーコに見せたところ「なーんか表紙が堅苦しいんですよねえ……もう少し読みやすそうなやつはないですか?」と言われてしまった。俺は内容をペラペラと目を通していたがそれほど難しい内容ではなかった。それでも表紙が気に食わないなんて理由で断られたら選択肢もクソもないだろう。


 そうして探し歩いていると面白そうな魔導書が一冊見つかった。


『冒険者に役立つ生活魔法』


 ふむ……生活魔法なら大体使えるが体系だって学んだことはなかったな。勝手に買うと文句を言われるのでエーコに見せてみたところ「生活魔法なんて町に住んでいれば必要無いでしょう?」と身も蓋もないことを言われたので、俺はそれを店主のところに持っていって購入した。値段は金貨二枚、割と安いな。


 それから続けて書籍を漁っていたところ、店の一角に、カゴに乱雑に詰め込まれた魔道書が『全品銀貨五枚』で売られているのを見つけ、面白そうなのでそこを探すことにした。


 そこには様々な魔道書があり『胎児から始める、回復魔法講座』とか『伝説の魔導師がその生涯を使って極めた魔法を余すことなく収録!』と書かれている本があったが、後者にはもう既に知られている魔法しか載っていなかった。


 このコーナーは外れの集まりかなと思って漁り続けた、そこへ横から声がかかった。


「クロノさん! この本どうです? いいとは思いませんか?」


 そうしてエーコがさしだしている本には『高等雷撃魔法概論』と書かれていた。


「買いたいなら止めはしないけどさ……読めるの? ソレ」


「私にかかれば余裕……」


「じゃあ始めの数ページを読んでみろよ」


「ええと……『本書では雷撃魔法における有効な活用法を紹介している、対象読者としては初等雷撃魔法を習得済みのものとする』ダメじゃないですか!?」


 言わんこっちゃない。魔道書には『ある程度分かっている人』向けの本が普通に売っている。普通はタイトルから察するものだがエーコは魔導書を読んだ経験が少ないのだろう、ほとんど分かっていないようだった。


 そうしてカゴの中を漁っているとちょうどよさそうな魔道書を見つけた。


「エーコ、こんなのはどうだ?」


 俺は可愛い絵柄の入っている魔導書を一冊見せる。


「なになに……『図解で分かる、火炎魔法基礎』ですか……クロノさん、そんな幼児向けのものを……」


「待て待て! これは図解しているだけで別に子供向けってわけじゃない。分かりやすいために解説図が入っているだけだよ!」


「ホントですか……?」


 疑わしい目を向けながら魔道書に目を通すエーコ。次第にその魔道書に興味を引かれたらしくじっくり見て店主のところに持っていった。


 買い取って満足したエーコと共に店を出た。面白い本が一冊買えたな。


「クロノさん、ありがとうございました!」


「別に感謝するほどのことでもないよ、ただせっかく買ったんだからきちんと読めよ?」


「もちろんですとも!」


 いい返事をしてエーコと別れた。宿に帰って夕食までの間に魔導書を読んだのだが、時間遅延魔法や、空間拡張魔法など、時空魔法の基礎がずらっと載っていた。それを片っ端か暗記していき一通りの魔法は使えるようになった。せいぜいエーコも魔道書を頑張って読んで欲しいものである。

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