第482話「エーコとジャンク市を回った」

 その日、朝食宿で食べていると、窓の外の町並みがなんだか騒がしいことに気付いた。オークの焼き肉を噛みしめながら窓の外を観察すると冒険者らしき連中が町並みを行き交っていた。はて、何か特別なことでもあっただろうか?


 考えていても仕方ないし、表に出てみれば分かることか……そう思い、肉の最後の一切れを口に入れて飲み込んだところで席を立った。そこで給仕に声をかけられた。


「クロノさん、あなたが食べ終わったら会いたいと言っているかたがお越しなのですが心当たりはありますか?」


 ギルドの連中だろうか? 何にせよ心当たりはたっぷりある。


「分かった、その人は何処に居るんだ?」


「宿の前でお待ちです」


「ありがとう」それだけ言って俺は宿を出ることにした。その前に「伝言ありがとう、チップだ」そう言って給仕に銀貨を一枚渡して宿を出た。


「クロノさん! 待ってましたよ!」


 お前か……まあ可能性としては一番高いとは思ったけどさあ……期待というか予想を裏切らないやつだなあ。俺は当然の如く立っているエーコを眺めて考えを巡らせた。


 撒くにしてもこの町の中にいる限りは関わり合うよな、仕方ない、話くらいは聞こうか。


「なんだよ一体……わざわざ俺を待つようなことがあったのか?」


 俺がそう答えるとエーコはポカンとしてから俺に言う。


「クロノさんってもしかしてこの町名物のジャンク市をご存じなかったんですか? そういう時期ですからこれ目当てに町に来たのかと思っていたのですが……」


「悪いが俺の度は行き当たりばったりなんでな、先の町の下調べなんてしない方なんだよ」


『ほほぅ……』とエーコは頷いて少し考えたかと思うと話を始めた。


「この町では年に一回装備から道具まで何でも揃うジャンク市をやっていましてね、あたるか外れるかは目利き次第という面白いイベントなのですが、それを目当てにやってくる方もたくさんいるんですよ!」


 なるほど、俺がそのジャンク市目当てにこの町にやってきたと思われたわけか。実際周りを見ると最近見たことのなかった連中が大量に行き交っているので、どうやらそれ目当てに来ている連中も多いらしい。


「何か面白いものでも売っているのか?」


「主に鑑定不能品を売っているんですよ! 当たりを引いたら高級装備が安値で手に入るチャンスですよ! これを逃す手はないと一級の博打打ちが集まって買いに来ているんです!」


 そう言われると怪しげな祭りだな……要するに手に余るブツを適当な値段をつけて売り払うって言う祭りだろう? 買う方も買う方だとは思うが売る方も売る方だ。


「それで、エーコはどうして俺の所に来たんだ?」


 その事を聞いていなかった。何か理由があるに違いないと思っていたのだが、理由が取り立てて思い当たらない。


「クロノさんならなかなか目利きが出来るかなと思いまして……」


「あいにくと、俺は大した鑑定は出来ないよ。人並み程度だ」


 そもそも鑑定なんてする機会があまりなかったからな。俺が武器を取って戦うようなことは、勇者パーティにいた頃はほぼ無かった。それから先はナイフと魔法でなんとかしてきた。なんなら今では素手でもどうにかなってしまうほどなので、武器に頼る必要は取り立ててない。


「それでも十分ですよ、冒険者には知り合いがいないので、クロノさんが目利きを助けてくれると助かります」


 仕方のないやつだ。そのくらいの手伝いはしてやろうか。コイツ地味に金を持っているので好きに買えば良いのではないかと思うのだが、安くいいものを手に入れたいのだろう。それはきっと人の当然の欲望なのだろう。


「ではクロノさん! 本日は私に付き合ってください!」


 俺も正直ジャンク市というものには興味が湧いたので参加することにした。エーコには適当にアドバイスしてやればいいだろう。コイツの資金力からすればまともな装備だって揃えられるはずだ。もっとも、本人の実力がアレなので余り頼りにはならないのだが。


「ではクロノさん! とりあえずエリクサーの販売コーナーから回りましょうか!」


「分かったよ、そう急ぐな」


 歩いて行っても十分間に合うだろうと思ったのだが、俺が承諾するとすぐにエーコは急いで俺を引っ張った。そんなに人気なのだろうか?


 そうして連れられていった先は、冒険者たちでごった返していた。結構な人数が集まっているが、それに足るだけのエリクサーの入ったフラスコがその場には並べられていた。雑な商売だな……普通はエリクサーをそんなにぞんざいな売り方はしないぞ。


「ねえねえ、どれがあたりのエリクサーですかね?」


 俺にそれを訊くか? まあエリクサーなんてしょっちゅう作っているのでどれがあたりで、どれがポーションとそう変わらないかなんて事くらいは分かる。


 一本を指さしてあたりの大勢に聞こえないようにエーコに耳打ちする。


「これはわりと高品質だぞ」


 そう言うとエーコは迷わずそれを手に取ってバザーの店主に金貨を一枚渡し買い取った。店主の方も鑑定など一々していないらしく、一瞥しただけで、安すぎると文句をつけることもなかった。


 俺も見回してみたが、大半がポーションより少しマシ、と言う程度の品質ものばかりだったので買うのはやめておいた。周囲の冒険者たちが喜び勇んで購入しているのを見るとそれなりに需要はあるのだろう。


「ではエリクサーも買いましたし装備品のコーナーに行きましょう! 今回のジャンク市の目玉ですよ!」


「はいはい、言っておくが俺は装備の目利きは出来ないからな?」


 始めに言っておかないと自分の命を預ける装備を雑に選ぶことになってしまう。命の保証を俺にさせられても困るだろう。


「参考意見程度にしておきますが……一人より二人の方がいいものが見つかりそうでしょう?」


 確かにな、エーコ一人よりはマシだろう。多少であれマシになるならいいだろう。そう考えながら装備品のコーナーに行った。


 そこにはきらびやかな品から、質実剛健といった飾り気のない盾まで様々なものが揃っていた。


「ねえねえ、これかっこいいと思いませんか?」


 そう言ってエーコがさしだしてきたのは宝石がいくつも埋め込まれているように『見える』金細工まで付いている絢爛豪華な剣だった。俺は一目見てその宝石がガラス玉であることに気がつき、金細工のように見えるのは真鍮であることを察した。


「やめとけ、いざというときに曲がりそうな剣を選ぶのは死ぬようなものだぞ?」


 俺はそっと耳打ちをしてから、刀身の細く、軽くて持ちやすい品を手に取ってエーコに渡した。


「こういうのが向いていると思うぞ」


 飾り気の無い剣に不満そうだったエーコだが、持ってみると思ったよりも軽かったらしくそれを銀貨五枚で買っていた。もう少し高いのかと思ったが、よく周りを見るときらびやかな剣の方が売れ行きがいいようであり、実用性は無視するのが基本なのだろう。


「あとは鎧ですね」


 軽いとはいっても剣をエーコは両手で持っていたので盾は装備出来ない。となると鎧で身を守るしかないだろう。


 鎧のコーナーに行くとでかでかとフルプレートアーマーが大量に売られていた。どれも少し戦闘経験があると使い物にならないとすぐに分かる品ばかりだった。俺はできるだけ丈夫な革装備を探して買い取った。


「エーコ、これをやる。このくらいが軽くて動きやすいぞ?」


「いいんですか! やった!」


 もう少し反対するかと思ったが喜んで受け取ったので、俺の事も少しは信用してくれたのかもしれない。


 こうしてしばし装備一式を揃え、ジャンク市が終わるまで俺は露店で牛肉の串焼きを注文して呑気に食べた。


 その後、趣味で買ったものをエーコに自慢されたのだった。

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