第481話「犯罪組織の掃討」

 その日、朝食を食べてからギルドに向かうとそこは暗い雰囲気に包まれていた。この町のギルドとしては珍しいことだ。なんだかんだでいつも繁盛しているギルドがここまで落ち込んでいるのは珍しい。しかも職員も利用者も全員が暗い顔をしている。


 気にせずクエストボードに向かおうとしてところでディニタさんに声をかけられた。


「クロノさん……ちょっといいですか……?」


「なんですかディニタさん?」珍しく落ち込んだ顔をしているディニタさんがいた「何かあったんですか?」


 するとディニタさんは重い口を開いた。そこにはこの町に潜む闇が入っていた。


「はい、町の恥にもなるは無しなのでカウンターまで来ていただけますか」


 どうやらただ事ではないらしい。面倒なことだろうから出来れば関わりたくないのだが、ギルドがずっとこの調子でも困るので話は聞こうか……


 カウンターへ案内される途中、ギルド内を見るとエーコもいた。俺が視線をやるとそっと目をそらしていた。アイツがこうして断るような事情があると言うことだろう、目立ちたがりのアイツが断りたいような依頼とはよっぽどだぞ。


 カウンターに着いた俺とディニタさんはコソコソと話を始めた。どうせひどい依頼なのだろう、期待は初めからしていないぞ。


「クロノさんへのお願いは一つです。町の犯罪組織である『闇の目』を潰していただきたい……のです」


 ものすごく小声でそう言ったディニタさんだが、耳ざとい連中がいくらかこちらに好奇の目を向けてきた。よく聞こえるものだな、そして知っていて無視をしている連中であることが確定する。


「なんですかその犯罪組織って……皆さん見て見ぬふりをしているようですが、よほどヤバい連中なんですか?」


 かなりヤバい連中でもないと依頼を誰も受けないという事態になどならないだろう。よほど面倒な連中が相手だとしか思えない。『闇の目』というセンスからしてアレな連中が相手なのだろうが、ネーミングセンスからして強くなさそうな気がするのだが……


「『闇の目』は町で薬物を販売しているんですよね、その本拠地を叩いていただきたいのです」


 はて……? 何かおかしいような?」


「御法度な物を販売している連中を倒せばいいということですか?」


 俺がそう尋ねるとディニタさんは重い口を開いた。


「実は、違法ではないんですよね……用法用量を守れば一応薬効がある品ではあるのですが……」


「なら何の問題も無いのでは?」


 違法薬物の売買をしているのかと思ったらそうでも無いようだ、だったら放っておけば良いのでは無いか?


「それがですね……誰一人として用法用量を守っていないんですよ。恥ずかしい話ですが人は快楽には勝てないんですよね」


「それはまた、珍しい薬ですね……そういう使い方をするものもあるんですね」


「正しい使い方ではないんですがね……そこでクロノさんにはこの組織を理不尽な暴力で潰して欲しいんですよ」


 理不尽な暴力って……ギルドがそんなものを推奨していいのか? しかしディニタさんはいたって真面目に提案を続ける。


「ほぼ正しい使われ方をされていないとはいえ違法な品ではないですからね、町の中の人たちはやりたがらないんですよ。『建前上は』何も悪いことをしていない組織を潰すわけですからね」


 人間の面倒くささを凝縮したような依頼だな。そういう依頼を受けるのは気が進まないのだが……まあ報酬次第だな。


「それで、ギルドとして支払える報酬はいくらですか?」


「『闇の目』から奪ってください」


「は?」


 えーっと、聞き間違いかなあ? ディニタさんの言うことをそのまま解釈すると、ほとんど『強盗してください』という意味にしか聞こえないんだけどな、まさかギルドがそんなことを推奨するはずがないよな?


「相手も一応は合法的な組織を運営しているので、ギルドとして報酬を出すと『ギルドが金を払って合法的な組織を潰した』という事になってしまうんですね。それはマズいということで、罪には問わないので組織から資金を巻き上げてくださいというわけです」


「ギルドって本当に腐敗が凄いですね! その『闇の目』とか言う組織の方がまともに見えますよ」


 なんだよ強奪を推奨って……正気で言っているのか?


「というわけなので、クロノさん、よろしくお願いしますね!」


「受けたくない、ものすごく受けたくないですよ」


「そう言わないでくださいよ、町の治安のためです」


 はぁ……受ける流れになったなあ……面倒だけれど潰すとするか。


「では組織の詳細ですが……」


「ちょっと待ってください! 『闇の目』とかいうご大層な組織名なのに素性が割れているんですか!?」


「そりゃまあ、売っているのは合法な品ですからね」


「えぇ……」


 あきれた……そういう組織を放っておいて、始末は俺みたいな町と関係無いやつに任せるのか。自助努力というものを知らないのだろうか?


「では組織は町の中央を少し東に外れたところに工場を持っていますのでそこを潰していただけますか?」


 もう俺は反論を諦めて頷いた。


「分かりましたよ、やればいいんでしょうやれば!」


「あっ、一応合法な組織なので死人は出さないでくださいね」


「ほんっとうにクソな依頼ですねえ!」


 あきれながら俺はギルドを出た。至極面倒くさいことこの上ない依頼だが仕方ないだろう。この町の治安に関わるというのは本当のようだしな。やりたくはないが潰す必要はあるのだろう。


 そうして俺は『闇の目』の建物の前を歩いてみた。いたって普通に強固な警備がされているわけでもなく、ただ警備をしている人が数人いるだけだった。


 しかし、だ……死者を一人も出すなと言う無茶振りというか要望を出されている。ハッキリ言って建物ごと破壊するだけなら簡単なのだが大量の死者が出てしまう。穏便にいくには……久しぶりにアレを使うか。


『ストップ』


 広範囲……町全体を覆う規模の時間停止を使用する。このくらい大きくやっておかないとみられる可能性を排除出来ないからな。


 町を含む広範囲が止まったところで収納魔法から鋼鉄製のワイヤーを取り出す。死なない程度に縛り上げていくか……


『クイック』


 加速魔法を使ってからまず護衛を縛り上げる。気がついたら縛られていたと分かればさぞや驚くことだろう。


 そして護衛の居なくなった工場兼社屋に潜入をする。軽いものだな。


 目に付くやつを片っ端から素早く縛り上げていって、社屋をドンドンと昇っていく。サクサク進んでいくのに不安を覚えるが、動いている反応は探索魔法にないので気にせず進んでいった。そしてトップの部屋へとたどり着いた。トップを縛り上げ全ての人員を捕縛することに成功した。


 そこから出て吹き抜けになっている工場部分に人がいないのを確認して空間圧縮で薬の製造機を破壊しておいた。ここまでやっておけば復旧には当分かかるだろう。


 さて、復旧前にやっておかないとな……


 俺は根本的な目標物を探しに社長を縛り上げた部屋に入った。そこに探索魔法を使うと大きな金属の反応があった。反応のあった壁を砕くと隠し金庫が出てきた。この際隠し金庫があったのは隠し部屋で正規の入り口があったことは気にしないでおく。


 金庫があったのでダイヤル部分に時間遡行を使って『開いていた』時間まで戻して金庫を開ける。そこには幾ばくかの金貨と、薬の販売マニュアルがあった。現金は財布にそっと入れて、マニュアルをストレージに入れて建物を出た。そこで時間停止を解除すると大騒ぎになったのだが俺は人波に逆らってギルドの方へと向かった。


「と、ご存じの通り綺麗に死者ゼロで組織を潰しましたよ?」


「ありがとうございます! おかげで当面の間は大丈夫でしょうね」


 ディニタさんは『当面の間』という部分を強調して言った。そう、相手が作っていたものは違法なものではないので捕まえることは出来ないという寸法だ。


「さて、ギルドに納品したいものがあるんですが買い取っていただけませんか?」


「まだ何かあるんですか……?」


「ええ、とってもお気に召すものだと思いますよ」


 俺はストレージから『闇の目販売マニュアル!』と書かれた書類を取りだした。俺も目を通していたが、内容は用法用量を守らずに薬を使用することを客に推奨する販売法が書かれていた。これが出回ればさすがに作っているものに問題が無いとは言えアウトだろう。


「クロノさん……それを買い取れと?」


 恨みがましい視線を向けてくるディニタさんにニコニコと俺は頷いた。このくらいの金はもらってもいいだろう。


「分かりました、金貨千枚でいかがですか?」


 いかにも渋々と言った風に提示された金額で俺は手を打った。


「よろしい、それではどうぞ」


 そして出された金貨袋をありがたく頂いて俺は帰った。ギルドから出る時には『マジで犯罪の証拠あったのかよ』『俺も参加すりゃあよかったなあ……』等など、今回の依頼を無視していたギルドの皆さんの未練がましい台詞を聞いた。

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