第479話「酔っぱらいの介抱」

 朝起きると、エーコが隣で寝ていた。俺は床に転がっている。誓って言おう、決してやましいことはしていない……はずだ。


 この状況を冷静になって思い出す。昨日酒場でぐでんぐでんになっていたエーコがいて、それに思い切り絡まれて……ああそうだ、アイツの愚痴を聞いている間に酔い潰れたから仕方なく宿のベッドに寝かせたんだ。ほぼ全ては言いがかりのような粘着質な言説であり、俺もまともに相手にしていなかったから記憶には微塵も残っていない。ただ多少覚えているのはエーコが俺にグチグチとしょっぱい依頼を受けたことに文句を付けてきたのだったな。


 傍迷惑なやつだが、とりあえずこの現状をなんとかしないとな……


 布団を剥ぎ取る、エーコには着衣の乱れが全く無い。間違いなくセーフだな。


「とりあえず起こすか」


 酒で酔い潰れているようなので収納魔法で下級ポーションを取り出す。酔い覚ましならこの程度のもので十分だ。上級ポーションまで持っているが、あとで請求したら恨みを買いそうな値段がするからな。


 ポーションの瓶の栓を開け、エーコのクチに突っ込んだ。


「ん゛~~~!?!?!? ゲホ! カハア」


「おはようエーコ、目覚めの気分はどうかな?」


 まったく、何で俺がこんな事をしなくちゃならないんだ。とりあえず目は覚めたようなので何よりだ。出来ればさっさと部屋から出ていって欲しい。


「うーん? 不思議なことに気分が良いですね、二日酔いもなさそうですし……ついでに言うなら昨日の記憶も……はっ!? まさかクロノさん!」


「無い! あり得ない! お前の想像しているようなことはあり得ないからな!」


 濡れ衣を着せられたらたまったものではない。コイツは俺にどれだけ信頼が無いんだ……俺がエーコに絡んだならともかく、向こうから絡んできたのに疑われる要素はゼロだろう。


「あれ? これはポーション瓶ですね」


「そうだよ、さっきお前に飲ませたやつだ。そこそこの値段がするぞ」


 嫌味も兼ねて値段アピールをする。下級ポーションとはいえ素材にこの前コイツが収穫した薬草一かご分くらいは使っている。


「ではクロノさんは『これの代金を払えないなら分かっているよな』と私を脅す気ですね! 私は詳しいんです!」


「一体何に詳しいのか知らんが……俺はただ単にお前が自分で勝手に酔い潰れて俺に運ばれただけという事実を認めてくれるだけでいいぞ」


 余計なことを求めるべきではない。そもそもエーコは美少女だが見た目『だけ』なら勇者パーティは全員そこそこの線をいっていた。連中の性格が終わっているのは確実なので見た目で人柄を判断するとロクなことにならんのだ。


「私は別に……」


「何も無いからな、俺とエーコとの間には虚無が横たわっているだけだぞ。何か不穏なことを考えているような気がするから先に言っておくぞ」


 俺は先手を打った。コイツが何か特別な感情を持っていても俺には非対応だ。大体前から面倒事を押しつけられてばかりだというのに信用だのなんだのをしろという方が無理なのだ。


 世の中の大半は自分本位に物事を考えている人であることを忘れてはならない。笑顔の裏には金になりそうだとか俗なことを考えているものだ。


「クロノさん? 私の考えていることを何か深読みしていませんか? 私はただクロノさんにお礼を言いたいだけですよ?」


「ああそうか。どういたしまして。俺は全然気にしていないから感謝の気持ちは捨てていいぞ」


 俺は好意的な意見を気にしないことにする。助けてやったなんて感情をいつまでも持っていてはいつか困ったときに『なんで助けてくれないんだ』なんて八つ当たりをする羽目になる。そんなくだらない恨み言を言うくらいなら人を助けることに見返りを求めるべきではない。


「クロノさんってもしかして人間不信なんですか? 私はしっかり信用していいですよ? クロノさんは私が『予想を裏切らない人材』と呼ばれていることを知らないんですか?」


 うん、それは『依頼を完璧にこなしてくれる人間』という意味ではないだろうな。多分『期待を裏切り、予想を裏切らない』って言う皮肉だと思うぞ。あるいはエーコが何か特別な力を持っているのかもしれないが、俺にはさっぱり分からなかったな。


「ところでエーコ、俺はポーション代は結構だと言った」


「そうですね」


 ポカンとしているエーコに俺は一枚の紙をさしだした。


「酒場の代金、俺が払ったんだよな。もちろんこっちは払ってもらうからな?」


 そう言って俺が立て替えた代金の伝票の控えを机に叩きつける。それを恐る恐る覗き込んだエーコが悲鳴を上げた。


「これは陰謀です! 絶対私はこんなに飲んでいません! ちょっとエールを三杯くらい引っかけただけですよ?」


「そこから酔っぱらったエーコが他の酒も飲み始めたと店主が言っていたが?」


「記憶にございません!」


 クソみたいな対応をするエーコにあきれながら、この代金は俺持ちでいいので関わろうとするなと言いたくなった。


「くだらない答弁をすると俺でもいい加減怒るぞ? 金貨五枚分も酒を飲みやがって、その反応は理不尽だと自分で思わないのか?」


「私は前後不覚になってもしっかり家まで帰れる人ですから! こんな風に誰かの宿に引き込まれることなどあるはずがないのです! これはクロノさんの下心の成果だと思います」


 開き直るエーコ、俺はお前が飲み過ぎていたことを知っている。蒸留酒をボトル一本空けた時点で十分ヤバいのにそこから葡萄酒も一本空けている、これで酔うなという方が無理だろう。


「じゃあその伝票に書いてある酒を今から買ってくるから全部飲んでみろよ? それで酔っぱらわなかったら信用して代金のことはもう言わない」


 俺が言うとエーコは伝票を見て顔色が変わった。


「いやいや……こんなに飲んだら死にますよ!?!?!? 蒸留酒をボトルまるごと飲むなんて危ないことやりませんよ!」


「やってたんだよなあ……」


 俺はエーコが飲んだくれていたところを目撃している。俺が店に入ったときにはエール数本を飲み干し、困惑気味の店主にさらに強い酒を要求していた。


「うぅ……クロノさん、出世払いとかはダメですか?」


「自分が出世すると思っているなら結構なことだと思うよ」


 その言葉にエーコは反論をした。


「失礼な! 私だってもう少ししたらギルドの出世頭になるべき冒険者ですよ! 最近私をギルドが歓迎しているのを知らないんですか?」


 知ってるぞ、昨日酒場で『エーコのやつがいい相棒を見つけたのでギルドがそいつを使うためにエーコに来て欲しがってるって噂だ』と見知らぬ酔っぱらいが俺にゴシップを教えてくれたばかりだ。


「分かりました……お支払いしましょう! その代わりと言ってはなんですがクロノさんに一つお願いが……」


「なんだよ、条件付きか?」


 少しモジモジしてからエーコは口を開いた。


「しばらくクロノさんに依頼の受注を協力していただきたいなと……これを払ったらお金がなくてヤバいんですよ!!!!」


「分かったよ……好きにしろ」


 そうしてエーコは金貨を取りだし俺に手渡した。しばし一蓮托生なのかと思うとあの代金を請求しない方が良かったかなと思ってしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る