第478話「薬草採集は地道な作業です」

「クロノさん……あなたは本当にこんなに退屈なことをよくやっているんですか……」


 隣のエーコから愚痴が上がった、うるさい。俺はいつもやっていることだからいいが、コイツは勝手についてきただけだろうに、やかましいぞ。


「薬草採集はわりと安全で金になるんだよ。それにお前だって危なくない方がいいだろう?」


 俺はエーコにそう言う。コボルトでさえ倒せるか怪しいコイツにはぴったりの依頼だろう。そもそも何故薬草採集をしているかといえばギルドでロクな依頼がなかったからだ。そこでディニタさんにこれを受けたいといったところ渋られたのだが、エーコが参加するといいだしたところで諸手を挙げて賛成された。要するにエーコの面倒を見てくれるなら歓迎するということだろう。


「しかしクロノさんでも薬草採集なんてやるんですねえ……退屈じゃないんですか?」


 くだらないことをエーコが訪ねてきたので俺は答えを返す。


「安全に金が手に入るならそれにこしたことはないんだよ。死ぬ思いをしてまで強敵と戦うのが旅人じゃないんだよ」それから続けて補足した「ま、ディニタさんには受けが悪いようだがな」


「そりゃそうでしょう、クロノさんならもっと強敵だって勝てるのに相手が草ですよ草! どこに草刈りに騎士にも負けない人を動員するアホがいるというんですか? クロノさんには役不足なんですよ」


「でもエーコには丁度いいだろう?」


 そう、この依頼が案外すんなり受けられたのはエーコが一緒に受けるからだ。ギルドだって人死にを進んで出したいわけではないからな。


「私に丁度いいかどうかは関係無いでしょう! というか私ならもっと難易度の高い依頼だって受けられますよ! クロノさんの強さの秘密が気になったから共同受注をしてみればやることが草刈りなんですよ! この悲劇の感覚が分かりますか?」


「いや、分からん。好きにすればいいのに勝手に受注に割り込んできて『一緒に受けたい』って依頼の詳細も聞かずに言ったんだろうが? そもそも俺は一言もこんな依頼を一緒に受けてくれなんていってないぞ」


 まったく……人のせいにするのも大概にして欲しい。そもそも俺の強さの秘密なんて大したものじゃない。勝手に押しつけられた魔法やスキルを人に教えることなんてできるはずもないだろうに。


「だって! クロノさんが断られそうになっている依頼ですよ! 絶対に大冒険になるはずだって思うじゃないですか!?」


「残念ながら相手は草なんだよなあ」


 諦めろという意味も含めてエーコにそう言った。俺は薬草をウインドエッジで刈ればいいのだが、地道に手でむしっているエーコに合わせるように俺も手でむしっている。地道な作業だが、背中にカゴを背負ってそこに入れているエーコに比べれば収納魔法にポイポイ入れている俺の方が楽だというものだ。


「クロノさん、この辺にドラゴンでも出てきませんかね? 退屈なんですけど」


「ドラゴンが出てくるような依頼だったらあんな簡単にエーコが受けられるわけがないだろうが……」


「どういう意味ですか!」


 怒るエーコだが当然だろう。ドラゴンなんてそんなポンポン出てきてたまるかっての。いやまあ出るときには出るんだけどさ……少なくとも安全な依頼の薬草採集でドラゴンなんて出てきたらギルドに苦情が大量に入ること待ったなしだぞ? あいつらがそんな町の周囲の下調べなんてしていないはずがないだろうに。


「とにかくギルドをもう少し信用しろ……そうそう危ない依頼……分不相応な依頼を喜んで受けさせてくれるような組織じゃないよ」


「そうですか、ギルドの皆さんは有能なことで、もう少しギルドに無能な人が入ってきませんかね?」


「無能が入ってくることを願うのはお前くらいだろうと思うよ」


 ギルドはいつだって有能な人材を欲している、そうそう無能が入ってくることはない。時折偶然のミスはあるがな。


 そうして話し合っていると、念のためにエーコに危険がないよう俺を中心に張っておいた結界に一角ウサギが引っかかったので時間停止で止めておく。俺はエーコを任されているのだからな、コイツに危険がおよぶことなどあってはならないんだ。


「退屈ですねえ……クロノさん、オークとかがアクシデントで出現しそうな気配とか無いですか?」


「無いな、皆無だ」


 俺は断言する。始めるときに探索魔法で辺り一帯をかなり広く調べ上げていたのでオークなどの魔物が出てくる心配は無いのだ。安全確保は大事なお役目だからな。


「そろそろ疲れてきましたね、もう終わりにしましょうか」


 愚痴っぽく言うエーコの背負ったカゴには依頼で頼まれた量の薬草が入っている。これでエーコも依頼成功ということになりそうなので、俺は最後にまとめて薬草を刈り取ることにした。


『ウインドエッジ』


 バサァと薬草が根本付近から風の刃に切り取られていく。俺はそれを収納魔法でストレージに放り込んだ。


「ク・ロ・ノ・さん? そんな簡単な方法があるなら初めから使ってくださいよ! 真面目に一本ずつむしっていた私が馬鹿みたいじゃないですか!」


「だって俺だけ依頼達成してめでたしとはいかないだろう? ちゃんとエーコも依頼達成しないと『薬草採集にも失敗するやつ』なんて評価がされるんだぞ?」


 俺は成功したがな、と言う言葉は黙っておいた。


「はぁ……しかたないですね、クロノさんも私のお手伝いをしてくださったのですしその努力は認めますよ」


「何をしれっと自分がメインみたいな話し方をしているんだ……お前は俺の依頼に割り込んできただけだろうが」


 隙あらばマウントを取ろうとするあきれた根性をしているエーコ、自分の実力が知りたいんだったら一角ウサギの一匹とでも戦ってみればいい、俺が助けなければ深手を負うか命を落とすであろう方に大金を賭けたいくらいだ。


「クロノさんは私の実力をご存じない? この前ゴブリンを討伐したでしょう?」


「確かに一匹だけな。それも一匹倒しただけで半死半生だったじゃないか」


「細かいことです」


 あきれるほどの開き直りでエーコは断言する。まあ好きにすればいいんじゃないか、俺の知ったことではないのだからな。


「薬草も採り終えたし、町に帰るぞ」


「はーい……」


 こうして俺たちは町へと帰った。門兵は俺にご苦労さんと言っていた。エーコに対しては関わりたくない様子だったので以前からトラブルメーカーなのかもしれない。


 ギルドに行くとニコニコ笑顔のディニタさんが出迎えてくれた。


「クロノさん、本日はありがとうございました」


「ちょっと! なんで私にはねぎらいの言葉がないんですか!」


 文句を言うエーコだがディニタさんは冷酷に言う。


「だってあなた、クロノさんの受注に寄生しただけじゃないですか?」


 その言葉にエーコが固まった。怒りの感情すら無視してポカンとしている。どうやらハッキリ言われすぎて反論すら出来ない様子だった。


「はいはい、それではエーコさん、薬草のカゴを渡してください」


「はい……」


 ショボンとした顔をしてエーコはカゴを渡し金貨を一枚もらっていた。


「で、問題はクロノさんですね。どうせ結構な量を隠しているんでしょう? 査定場に来てくださいね」


 案内されるままに査定場に行き、まとめて刈った薬草を収納魔法で取りだした。


「相変わらずとんでもない収納力ですね、商人が放っておきませんよ?」


「俺は誰かの下につくのが苦手でしてね」


 それだけ言うと、俺の本音は知っていたのか『でしょうねえ……』とだけ言って、デスクから金貨を何十枚か取り出し俺に買い取り票にサインさせた。


 こうして無事薬草採集は終わったのだが、その日、飲みにくりだしたときにたまたま酒をガブガブ飲んでいるエーコに出会って延々とウザ絡みをされたのだった。

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