第477話「ギルドに素材を卸した」

「いらっしゃいませ! クロノさん、本日はあの生意気娘はご一緒ではない?」


 ギルドに入るなりディニタさんが強烈な言葉を浴びせてくる。勘弁して欲しいものだ、俺とエーコをセットにしないで欲しい。俺は嫌々アイツに付き合わされていただけで好き好んで一緒に依頼を受けていたわけではない。


 いたって不本意な話だが、ここ数日の評価で俺とエーコはセットであると考えられているらしい、迷惑な話だな。そもそも俺はソロでやってきたので一人きりで依頼を受けることがほとんどだった、今さら誰かの面倒を看ろなどと言われても困ってしまう。そこでふと思いついたのだが、この町は結構栄えている。ではそこそこの高値で売れそうな物もあるのではないか? そんな考えが頭をよぎった。


「ディニタさん、いくつか買い取っていただきたいものがあるのですが、とりあえず見ていただけませんか?」


「構いませんよ、今日は退屈ですしね。それに……」言葉を区切ってディニタさんは続けた「クロノさんは面白いものを持っていると私の勘が告げているのでね」


 と言うわけで二人して査定場に行きとりあえず素材として優秀なものをいくつか提出した。


「ほほう……ホブゴブリンの死体ですか。皮を剥ぎ取るには十分な品質ですね」


「でしょう、高品質な装備には使えませんが初心者向けの装備には使えそうでしょう?」


「ええ、確かに十分便利そうなのですが……」


 ディニタさんは奥歯にものが引っかかったような言い方をする。何か不手際があっただろうか?


「クロノさん、このホブゴブリンの死体なんですが、今さら一撃で死んでいることに疑問を呈するほど無粋ではありません。しかし何故ここまで『新鮮』なのですか? まるでこれじゃあ殺してすぐにギルドに運び込んだようで……ここ最近この近辺でホブゴブリンの目撃例はないのですが、何故見つかってもいないものを倒して来れたんですか?」


 痛いところを突かれた。まあいくらでも言い訳などある。適当に誤魔化しておけば問題無いだけだ。


「そこら辺は秘密……と言いたいところですが、実はエーコと出たときにホブゴブリンをたまたま見つけましてね。エーコに見つからないように倒して死体を収納魔法でしまっておいたのですよ」


 適当に誤魔化した。ディニタさんが全てを知る必要は無い、エーコと出たときにエーコの見ていない瞬間はあるのでその時に倒したと言い張ればそれを否定することは出来ないのだ。


「クロノさんが嘘をついているような気がしてならないのですが……そういうことにしておきましょう。素材として優秀なものを逃す手はありませんからね。極論、我々ギルドからしてみれば犯罪以外で手に入れたものなら正当な値段で買い取りますよ」


「それは良いことです。商機を逃さないのは商売の基本ですからね」


 そしてディニタさんは素材となったホブゴブリンの死体をつぶさに観察したりひっくり返したりしながら調べ上げた結果、査定表に次々と項目を書いていき、それが埋まったところで俺の方を向いた。


「金貨百枚、いかがでしょうか?」


「良いですね。ケチケチしないギルドには好感が持てますよ」


 そうして俺はサラサラと買い取り同意書にサインをして売却となった。


「それで、クロノさん? どうせこれだけではないのでしょう?」


 おやおや、随分と勘のいい人だ。ディニタさんはギルドに居るにはもったいないくらい勘が良いようだ。


 俺はストレージに手を突っ込んでドラゴンの爪を素手で引っこ抜いて取りだした。永続バフのおかげか、こんな馬鹿げた力まで出せるようになってしまった。まるで人間では無いような力だな……


「これは……ドラゴンの……」


 ディニタさんは言葉も出ないようだ。確かにドラゴンは珍しいが存在しないわけではない。居るところには居るのだからこのくらいに驚いていてはやっていられないだろう。


「ほほう……貴重品ですね。クロノさん、本当にこれを納品していただけるのですか?」


「あなた方が正当で俺が納得出来る金額を提示していただけるなら、ですがね」


 俺は念のため買い叩かれないように念を押しておいた。


「当然です! ここまでのものを持って来てくださる方を無碍にするほど私たちは愚かではありませんよ!」


 そう言ってドラゴンの爪を観察したあとで、ディニタさんは俺に向かって言う。


「これはギルマスへの相談が必要ですね。そのくらいの金額がつきそうです」


「構いませんよ。どうぞ相談してきてください、俺には時間がありますからね」


 俺がそう言うとドラゴンの爪を大事に抱えて査定場を出て行った。ギルマスに相談しにいったのだろう。別に偽物に交換などしたら一発でバレるのでそんなマヌケなことはしないとこのギルドを信用している。それにそんなことをして今後利用者からそっぽを向かれるような愚かな行為はしないはずだ。


 ※ギルマス室にて


「ギルマス! 私の担当がこんなものを持ってきたのですが……」


「なんだ……ディニタか。よくある納品だろう? 慌てるんじゃない、我々が焦るなどと言うみっともないことを……」


「とにかく! これを見てください」


 ディニタは布で包んでいる納品物を見せた。中身を見た途端ギルマスの目の色が変わった。


「これは……ドラゴンの爪だな!? こんなものをお前の担当が持ってきたのか!?」


「はい! クロノさんが納品したいということで収納魔法で取り出しました」


「ふむ……いくらで買い取ったものかな……」


 考えるギルマスにディニタが声を上げた。


「これは無理をしてでも買い取るべきだと私は思います!」


「何故だ?」


 ギルマスは少し慌てたもののそれをすぐに冷静な顔で覆い、ディニタの話を聞くことにした。


「クロノさんはこれを


「それがどうしたというんだ? 収納魔法を持っている冒険者など珍しくもないだろう?」


「クロノさんは旅人ですが……それはともかく、収納魔法を持っていて腕の立つ冒険者は貴重だと思いませんか?」


「確かにな、そういった人材を確保するために高値で買い取れと言っているのか?」


「いえ、これはあくまでも私の直感であり何の根拠もない話なのですが……」


「なんだ、言ってみろ」


「あの方の収納魔法は大容量です。私の勘が確かならば……」そこでディニタは言葉を句切って言う「クロノさんはもっと貴重なものを持っている可能性が高いです。ここで高値を付けておけば以後も納品してくれる可能性は上がるかと」


「なるほど、貴重なものをうちに収めてもらうための投資ということか」


 ギルマスはしばし考えてから重い口を開いた。


「金貨五千枚だ、どこまでその投資にリターンがあるかは分からんがその程度の価値はあるだろう」


「分かりました! クロノさんにその金額を提案してきますのでギルマスはお金を用意してください」


「分かった査定場だな? 持っていかせる」


 ※査定場に話が戻る


「クロノさん! 私の交渉で金貨五千枚まで引き出しましたよ!」


 そう言って自慢気にディニタさんは俺に言う。なるほど悪くない金額だ。


「分かりました。その金額なら文句はありません、売却します」


 ディニタさんには喜びの他に安堵の色も顔から見て取れた。どんな交渉をしたのか知らないがなかなか頑張ってくれたようだ。


「ではこちらにサインをお願いします」


 俺は買い取り同意書にサインをして、無事所有権はギルドに移った。その時査定場のドアが開き一人の男がずっしりとした袋を持って入ってきた。


「ご苦労様です、そこに置いておいてください」


 それを置いて男は出て行った。どうやらアレが俺への報酬のようだ。


「クロノさん、ご確認を」


「ええ、分かりました」


 俺は置かれた袋を開けてみると金貨がぎっしりと詰まっていた。それをポイッとストレージに放り込む。


「ディニタさん、交渉ありがとうございます」


「いえいえ、クロノさんが満足していただけたなら何よりです。今後とも当ギルドをごひいきに……」


「ええ、俺も金払いのいい人は信用することにしているんでね」


 お金は嘘をつかない。だからそれを得るために頑張ってくれたディニタさんを裏切るつもりはない。


 こうして三者三様の事情を考えながら売却は終了した。

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