第475話「エーコとの食事」

 俺はその日、町の食堂を使って朝食を食べていた。宿を使わなかった理由は簡単、宿の食事は数少ない観光客向けだからだ。観光客向けということで味は薄めになっている、これが我慢出来ないのだ。


 この町には工場が多いだけあって予想通り町の食堂では栄養たっぷりの……ある意味では肥満を誘発する……食事が提供されていた。この町で食べられるオークのステーキは一般的な町で食べるものよりはるかに脂身が多く、分厚くなっている。これをガツガツ食べれば重労働でも栄養切れにならないと言うことだろう、観光客にこれをオススメとして提供することを提案したくなるほどの美味さだった。


「おや、クロノさんではありませんか?」


 俺が食事を腹に入れて、食後に水を飲んでいるところで声がかかった。そちらを見ると、この前散々手助け……いや依頼の共同受注をしたエーコが俺の向かいに無遠慮に座るところだった。


「おねーさん、この席にオークステーキを一つ、クロノさんは食後ですか?」


「ああ、美味い肉をたっぷりもらったよ」


 そう答えるとエーコがニヤッと笑って注文に付け足しをした。


「こちらの方にはクリームサンドをお願いします」


「いや、俺は……」


 食べ終わったからと言おうとしたところでエーコが手で制した。


「代金は私が持ちますから食べていってください。この町のクリームサンドは絶品ですよ!


「たっぷりのホイップクリームを二つに切ったパンで挟んだ隠れた名物なんです、これを食べずにこの町に来たと言いはるのはニワカですよ」


「まったく……強引なやつだな」


「いえいえ、私はただこの前のお礼がしたいだけですよ」


「俺は別に大したことはしていないぞ」


 たかがオークである。俺がオークを倒したことを自慢するつもりはないし、『オークを倒したんだぜ!』などと自慢気に言おうものなら無能が十人並みの行為を誇っているように思われるだけだ。そんなみっともないことをしようと思わないくらいの自制心は所有している。


「クロノさん、この前どうして私は寝ていたんですか? 寝る前にクロノさんにお願いしたのでしょうか? その辺の記憶がどこまで頭の中で考えても見つからないんですよね……」


 細かいことに拘るやつだな、勇者連中なんて時間遡行を使用してもまったく気付かず疑うこともなかったぞ。そういう意味ではエーコの方が勇者たちより神経質な質なのだろう。


「そんなのは些細な問題だろう? エーコは運良く都合のいい相棒に戦いを任せた、運が良かったと言うだけで説明をすませるのは不満なのか?」


 そう、エーコは引きが良かったと言うだけの話で問題があるのだろうか? 運良く都合のいい仕事を任せられるやつがいた、それでは不満なのだろうか、少なくとも勇者の皆さんはそれでご納得してくれていて、連中は一切の疑いを持たなかったぞ。


「私はクロノさんが何かしたのではないかと睨んでいるのですが、果たして私の思い過ごしでしょうかね?」


「考えすぎだよ、俺はただ単にエーコの指示に従っただけだ。むしろ俺に的確な指示を出せたんだから自信を持つべきだぞ」


「そうでしょうか……へへへ……」


 だらしない笑顔を向けてくるエーコ、俺はアレだけ苦労して助けてやったのだから朝飯の一つでも奢ってもらうのもいいかと思い始めていた。コイツ自身が覚えていては困るのだが、特別料金も取らずに何回蘇生してやったことやら。あまりにもくだらないことを理由に蘇生してやったのは久しぶりだ。


「クロノさんはこの町に来て間もないんですよね?」


「ああ、この前来たばかりだよ」


「退屈でしょう? 工場に行って働けば食い扶持は稼げるんでしょうけどね。私はもっと日常にスリルを求めているんですよ!」


 ドヤ顔でそう言っているが、コイツが手に入れようとしているのはスリルではなくリスクではないだろうか? むしろ死に急いでいるだけのような気さえしてくる。正気の沙汰とは思えない行動をしているのでいつか死ぬんじゃないかと思っている。


「お待たせしました、オーク肉のステーキです、こちらはクリームサンドになります」


「ありがとうございます! クリームサンドはそちらの方の分です」


「どうぞ」


 そうして給仕が持ってきたクリームサンドは俺の前に置かれた。


「なあエーコ、確かにコイツは名物なんだろうな。うん、間違いなくこれを見たやつは忘れないと思うよ」


 目の前に置かれたのはパンを薄く切ってその間に大量のクリームを挟んだものだ。いや、嘘をついた、これはパンにクリームを挟んだものじゃあ無いだろう。正確に言うなら『大量のクリームの上下にパンをあてたもの』だ。明らかにクリームの量の方が圧倒的で、まるで暴力的なまでの脂肪の塊のようだった。


「そうでしょう、地元民の私が言うのだから間違いないですよ! お代は先日の報酬からお支払いしますので遠慮せず召し上がってください」


「この前のアレで報酬をもらったのか……?」


 あきれた……コイツ何もしてないだろう。平気な顔をしてギルドからいくらかを巻き上げたわけだ、ぼったくりもいいところだが冒険者なんてものは金に汚いのが標準の業界なので当然と言えば当然の行為か。


 俺はスプーンでクリームの塊を掬って口に運んだ。あまりの甘さに口の中に砂糖とバターをそのまま放り込まれたのではないかと錯覚するほどだった。これを食って一日の労働のための栄養を摂るというわけか、いくら何でも過剰摂取ではないだろうかと思うのだが、この町を歩いている人を見ても極端に太っている人が少ないのだから凄い。


「ところでエーコ、お前はどうしてギルドで依頼を受けようとしてたんだ? この町の住人なら工場で働けば食うには困らないんだろう?」


 気になっていたことだ。腕っ節に自信があると言うことならともかく、アレだけ俺に蘇生をさせておいて実力に自信があるわけでもないだろう。


「クロノさんは結婚しないなら一生工場勤務しろと言われたらどう思いますか?」


「いやだなあ……そいつは随分と面倒な問題だ。相手は親か?」


「そうですよ、働くなら一攫千金を夢見て工場より冒険者でしょう?」


「俺は旅人なのでその辺はさっぱり分からん。でもな、戦いに生きるよりは労働で汗を流して命がけの綱渡りをしないという選択は十分ありだと思うぞ。少なくともそれを選んだとして責められるような事じゃないだろう」


 俺がそう言う、エーコは俺を退屈なものを見るような目で見る。俺は『退屈というのは贅沢な悩みだぞ』と言おうとして飲み込んだ。少なくともエーコにとっては重要な問題なのだろうそれを俺がとやかく言えるはずもない。


「クロノさんは私のことを理解してくれる側の人間だと思ったんですがねえ」


 カチャンと食器にナイフとフォークを置いてそう言うエーコ、俺の方も最後のひとかたまりのクリームを口に放り込んだ。


「ま、いいでしょう。クロノさんには今後もお世話になりそうな予感がしますしね」


「俺に頼るなよ……それとも俺に依頼でも出すつもりか?」


 指名依頼として出すなら断りはしないが、どう考えても赤字だろう。


「それは追い追い考えますよ。クロノさんの気まぐれを待つくらいの時間はありますからね」


 そう言ってクスクスと笑うエーコ。早速トラブルメーカーから目を付けられてしまったな……この先の波乱を予感すると頭の奥がズキリと傷んだ。

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