第474話「お荷物少女の面倒を見た」
俺は可も無く不可も無い宿の朝食を食べてからギルドに向かった。どの料理もそつない味で、極端に不味いというわけではないが、美味すぎるというわけでもないため印象にまったく残らない料理だった。現に俺は朝食のメニューを忘れつつあった。卵とそれなりの肉が入っていたことは記憶に残っているのだが、それがどういった料理だったかのメニュー名を忘れていた。
どうもこの町は印象に残るものが少ない。その原因は間違いなく町が観光ではなく工業で発展しているからだろう。工業が悪いとは言わないが、そのおかげで観光地は必要無くなってしまったのだろう、大した観光地はなかった。もっとも、工場に『工場見学歓迎! 一緒に働きませんか?』と書かれた紙をよく見たので工場を見て歩きたいという人にとっては楽園なのかも知れないがな。そんな人が本当にいればの話だ。
ギルドに着いて中に入ろうとしたところで妙な直感が俺を襲った。『このドアを開けてはならない』俺の本能が何故かそう告げているのだが、生活費のかかるこの町であまり多くの休暇を取りたくはない。噴き出しそうな本能を抑えつつ、そうっとドアを開ける。
「なんで私が依頼を受けられないんですか?」
「怒らないでください。こちらとしても依頼を受けてくださるのは歓迎しますが、あなたは少々若すぎるのですよ。死者を出したら責任問題になるこちらの都合も考えてください」
どうやら依頼の受注で揉めているようだ。俺にはまったく関係無いことなので無視をしてクエストボードの方に向かった。揉めているのはディニタさんと見たことのない……まあこの町で見たことのある冒険者の方が少ないが……とにかく赤髪の少女だった。
「クロノさん! そこにいるのはクロノさんですね?」
ディニタさんが俺に気が付いたのか声を掛けてきた。無視することも出来るのだが、それをやってしまうとギルドでの評判が悪くなること請負なので仕方なく掛けられた声に反応した。
「なんですか……? 俺の勘がお断りするべきだという頼み事をする気でしょう?」
しかし俺の話を丁重に無視して彼女は話を進めにかかった。人の話を聞かない人は好かれないという基本中の基本を知らないのだろうか?
「実はクロノさんにお勧めの依頼がありまして……」
「へー……話くらいは聞きましょうか」
湖に垂らした一滴の葡萄酒くらいの薄い確率で良い依頼が舞い込むことだってある。第一ディニタさんは強権を発動していないのだ。つまりは俺以外の誰かが受けても問題無い依頼なのだろう。だとしたらそれほどの難易度ではないのかもしれない。
「実は……オークの討伐依頼なのですが……報酬は金貨五百枚をお支払いしますので黙って受けて頂けないでしょうか?」
おっと、ラッキーな依頼じゃないか。こんな楽そうな依頼があるなら早く言ってくれればいいのに。しかし何故俺に頼むのだろうか? さっぱり分からない。
「討伐対象がとても多いとかですか? やって出来ない事は無いですけどやりたいとは思いませんね」
そう答えるとディニタさんは狼狽した様子で首を横に振った。
「いえいえ、たった十匹討伐していただくだけでいいんです! どうです? 受けたくなってきませんか」
オーク十匹で金貨五百枚? それはまた随分な気前の良さだ。オークなら軽く倒せる、その割に報酬は非常にいい。これを受けない手があるだろうか? いや、これを受けないと俺の評価が『オークも倒せないやつ』という不名誉なものになってしまうかもしれない、出来ることならそれは避けたい。
「分かりました、その依頼を受けましょう」
するとディニタさんは腰を九十度に曲げてお辞儀をし『ありがとうございます!』と言った。そこまで感謝される謂れは無いと思うのだが……
「ではこちらのエーコさんとの共同受注ということでよろしくお願いしますね!」
「は?」
思わずマヌケな声が出てしまった。彼女が指さした先には先ほど揉めていた十代前半の少女が堂々と立っていた。
「ふん、共同受注ですか。まあ受けられたならいいでしょう! このクロノとかいう人にも私の偉大さを教えてあげますよ!」
「良かったです、コボルトの上位種を倒せるクロノさんならお任せしても安心です。では、お二人とも仲良くオークを討伐してきてくださいね!」
「え? ちょっと待って……」
「何をしているんですか? あなたは私とオーク討伐を受注したんですよ? そこの行き遅れに構っていないでさっさと討伐にいきますよ」
その一言に空気が少しだけ底冷えしたような気がした。俺でなくてもこのエーコと呼ばれる少女がディニタさんと仲が悪いことくらいは理解した。この状況で話し合いを長引かせるとギルド内で大喧嘩になりそうだったのでエーコの手に引かれるままギルドを出ていった。その時にギルド内の連中で俺たちの方を見て要る人は一人もいなかった。ああ素晴らしき事なかれ主義だな!
やけになりながらギルドを出て町の出口に行くと通信魔法で伝わっていたとおりに俺とエーコがオーク討伐をするということで素通ししてくれた。エーコは冒険者だがこの町で生まれ住んでおり、ギルドで依頼を受けようとしたのは生活費を稼ぐためということだった。まあ俺が全力を出さなくてもあのエセ神による永続バフが切れる心配は無さそうなので、最悪でも俺が全部やればいいだろう。始めの頃はそう考えていた……
『リバース』
俺はオークの石斧に頭を潰された死体を蘇生中だ。エーコのペースに合わせるために加速魔法を使わずオークの討伐をしていたら、見つけた瞬間にダッシュで勢いよく斬りかかっていき、エーコ渾身の斬撃はオークに擦り傷を負わせてその後に怒れるオークに頭を潰されていた。
素早さだけは間違いなく早いのだが、実力も武器もまったく追いついていない。幸い時間遡行でさっさと蘇生してその場にいたオークは俺が倒した。頭にナイフを突き立てたので生き返る心配は無いだろう。エーコが目を覚ましたときにはオークの死体をストレージに入れるところだった。
「あれ? 私は何をしていたんでしたっけ? ここで寝ていた……?」
「ああ、俺にオーク退治は任せると言ったから俺が倒しておいたぞ」
ところがその言葉はエーコにとって非常に不満だったらしい。途端に怒った顔になって俺に文句を付けた。
「私だけでも華麗に倒せるところを邪魔しないでいただけますか」
初手がアレで反撃に頭を潰されていたやつの言う台詞だろうか? たまたま周囲に目撃者がおらず、討伐が簡単な対象だったから片手間に蘇生してやったんだぞ? 時間遡行を使ってまで助けたのに随分と強気な姿勢だな。
「クロノさん、次のオークは私に譲ってくださいよ?」
「はいはい……」
それからもエーコは何度も死んで俺が死体のまま放っておいてオークを倒してから蘇生を繰り返した。これでディニタさんが依頼を受けさせたくなかった理由はよく分かった、単純明快な実力不足だ。
「クロノさん?」
「……」
「くーろーのさん!」
「……」
「聞いてくださいよ! なんで私が都合よく寝ていて、クロノさんがオークを倒しているんですか? 私はクロノさんが倒す瞬間を見ていませんよ!」
当然だろう、倒したときに死体だったのだからな。死体が目撃していたら怖いに決まっているだろう。
「とりあえず十匹狩ったから町に帰るぞ」
「むぅ……」
納得いかない顔をしているものの、あたりにオークも見当たらないのでギルドへと帰還を急いだ。
ギルドのドアを開けると無傷のエーコを見てディニタさんはニコニコ顔で言う。
「エーコさん、いかがでしたか? クロノさんが本物の実力者だと分かったでしょう?」
不承不承頷くエーコ。彼女がどんなものかは知らないが、あまり俺の邪魔はして欲しくないなと思った。
「これで私がオーク退治に協力したのは分かっていただけましたよね! 次からは……」
「ダメです」
にべもない返答に絶句するエーコだが、ディニタさんの判断は当然だろう。この子供にオークを倒す力は無い。
「ではクロノさんは査定場でオークの死体をお願いします、そこの乳離れが出来ないお子様は家に帰ってミルクでも飲んでいてください」
よほどいき遅れといわれたのを気にしているのだな、さっきの暴言の意趣返しをエーコにして揚々と俺を査定場に案内していった。うん、どうやらこのギルドは排除の姿勢は取らないものの平和の裏では結構な努力が行われている様子だった。
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