第473話「コボルトキングの討伐」
俺は待ちに来た翌日、呑気に優雅に朝食を食べていた。宿の朝食は美味しくて文句は付けようのないものだったが、なんだか文句の付けられない朝食というのに物足りなさを感じていた。俺も変なものに慣れてしまったのだなと思う。それでも習慣というものは抜けないもので、宿の食事をしっかり食べてギルドに向かった。
ゆっくりのんびりギルドへの道を歩く。この町でどの程度の依頼があるのか知らないが、出来ることなら景気の良い依頼があって欲しいものだと思う。ケチくさい町は好きじゃないんだよな。
しかし、今日の俺には割の良い依頼であるだろう予感があった。町並みが綺麗で町を囲う壁も立派だった。つまりは町の運営が金をケチることをしていないということだ。それは町としてとても好ましいものである、こうした町は大抵ギルドにも金をかけているものだ。
ギルドまでの道のりがついつい気分のいいものになり、足取りも軽くなってしまう。残念だがまだ俺はギルドでそれほどの信頼を勝ち得ていない。あの愛想の良いディニタさんも俺を信用したわけではない。ただ単に収納魔法が使えて、先日たまたまエリクサーを持っていただけの運のいい人でしかない。当面はあの人の信頼を勝ち得る必要があるな。
ギルドにたどり着くとドアを開けて中に入る。中はギルドらしくない談笑と紳士的な話に溢れていた。ギルドといえば喧噪と暇さえあれば荒事が起きているようなものだが、この町ではそんなことはないようだ。平和でいい事とも言えるし、言い方によっては儲け話が少なそうだとも言える。
受付に向かうとディニタさんは退屈そうに気怠げな視線を天井に向けていた。俺が近寄るまで気づきもしない程度には暇な様子だった。
「あ、クロノさんですか。何かご用ですか?」
「いや、何か良い依頼があったら見繕ってもらおうかと思いまして」
あまりギルドに依頼の選択を任せたりはしないのだが、信頼されたいならギルドから紹介された実力に見合った依頼を受ける方が早いだろう。危険な依頼を成功させても信頼を勝ち得ることは出来るが、それをやると『コイツ人の忠告を聞かずに危険な依頼を受けるな』という認識をされかねない。
それでも依頼をこなせるのだが、『コイツに任せて大丈夫か?』という疑念は消えないだろう。依頼はギャンブルではない、安全な方法で遂行するのがセオリーだ。
「クロノさん向けの依頼ですか……そうですね……討伐はいけるクチですか?」
「依頼とあらばドラゴンだって倒して見せますよ」
その言葉を冗談と受け取ったのだろう、ディニタさんはクスリと笑った。信用無いなと思うが無理もないことだ。この町に来たばかりの人間に信頼なんてものは無い。もし昨日であった人間を信頼するならそれは馬鹿か頭の中がスカスカなのだろう。疑ってくれるくらいで丁度いい。
「クロノさんって冗談も言えるんですね。そうですね、最近出てきたコボルトの群れの討伐などはいかがですか? 危険もあまりないですし報酬は金貨百枚ですよ、悪くないでしょう?」
そう、本当に悪くない依頼を出してくれた。俺の中でディニタさんの評価が向上する。旅をしてきたならそのくらいは不可能では無いはずだという推測と、いきなり危険すぎる依頼を押しつけるのは不安という考えの交ざりあった結果、微妙に大丈夫そうで最悪でも死ぬことは無いであろう依頼を提案してくれた。それはなかなかできることでは無い。
「目的地は……荒れ地のど真ん中ですね。こんなところにコボルトが?」
「ええ、群れからはぐれたコボルトが集団をなしているようです。面倒な依頼なんですよね……コボルトなので倒すのは難しくないのですが、数がそこそこいるようです。単価が安い依頼なので受けてくださる方がいないんですよね。丁度いいのでクロノさんがこの依頼をそつなくこなせるか見極めようと思いまして」
見くびられたものだが実力など見せていないので無理もない。コボルトは倒しても素材としての価値はほぼ無い。だから冒険者だって進んで受けようともしない、ましてやこの町なら安い金で面倒なだけの依頼を受けるやつなど少なくて当然ということなのだろう。
「その依頼は他に受けようという人はいないんですか?」
狙っている人がいるなら横取りになってしまうからな、確認はしておかないとな。
「いませんよ! ハッキリ言って好事家でもないとやらないような依頼ですからね。今回はクロノさんが見繕ってくれと仰ったので紹介しましたけど、実力のハッキリしている方にはもっと難易度の高い依頼を渡しますから」
なるほど、俺は実力が分からないから死なないであろう依頼を受けてくれということか。ディニタさんは歯に衣着せない人のようだ。
「分かりました、コボルトの討伐で良いんですね? 軽く潰してきますよ」
「はい、お願いします」
そうしてギルドを出たのだが、出てからコボルトの討伐ごときで意気揚々と出て行く様は小物のように見えたかもしれないなと少し後悔した。
町の門には通信魔法で伝えられていたのだろう、門兵が俺の顔を見て門を開けてくれた。
「新人さんだろうがヤバいと思ったら逃げ出せよ? お前さんが死んだら後始末は俺たちがする羽目になるんだかな? 負けるのは恥だが生きていれば挽回出来る。無為に死ぬんじゃないぞ」
「ご忠告痛み入ります」
門兵さんの忠告をしっかり覚えて俺は荒れ地に向けて歩いて行った。晴れ渡る空の下、荒野を歩いていると獣の匂いが漂ってきたので俺は探索魔法を使った。
「コボルトの群れだな……」
確かにボスを中心としたコボルトの群れが居るようだった。雑魚相手だが一応加速魔法くらい使っておくか。
『クイック』
加速して荒野に出来た僅かな水場に集まっているコボルトの群れに襲いかかった。それは一瞬のできごとであり、ほとんど全てのコボルトは何が起きたか気付くこともなかっただろう。俺のナイフで気がつく前に首を落とされていた。ただ一体だけ、ナイフに反応してかろうじて腕で防御をして腕は落とされたものの、首を守ることに成功した個体が一体いた。
「コボルトキングか……」
まったく……ディニタさんももう少し依頼を精査して欲しいものだ。よく確認していればコボルトの変異種がいることくらい気付けただろう。とはいえそれは今となっては後知恵だ。
「グルルル……」
人語を解せないのか、あるいは仲間を殺された恨みかで凶暴になっているコボルトキングに向かって突進し心臓にナイフを突き立てた。『グゴ……』と小さな断末魔の叫びを上げて群れのリーダーが倒れた。これにて依頼完了。
収納魔法で討伐の証拠としてコボルトの小隊をまとめてストレージに放り込んでおいた。割と綺麗に倒したので皮としての価値は多少あるだろう。そんなことを考えながら町に帰った。
「おう、大丈夫だったかい?」
「ええ、おかげさまでね」
門兵と軽くやりとりをしてギルドに向かった。ギルドでは静かに食事をしている人もいたので俺はディニタさんにこっそりと話しかけた。
「コボルトの討伐は終わったので……査定をして頂けますか?」
「はい、査定ですね。討伐の証拠を出して頂けますか?」
「いや、死体を丸々持ってきたのでここで出すと騒ぎになります、査定場をお願いします」
するとディニタさんは呆れ顔になって俺に言った。
「収納魔法の容量がどれだけあるんですか……? この前はたまたまエリクサーを持っていただけだと思っていたのですが、まさか日常的に入っているんですか?」
「ご想像にお任せしますよ」
「はぁ……査定場にどうぞ」
そうして案内された査定場でコボルトの死体の山と、一体のコボルトキングの死体を取りだした。コボルトキングの死体を見たところでディニタさんは渋い顔をした。
「コボルトキングじゃないですか……クロノさんがこれを倒したんですか?」
「はい、あんまり強くなかったですね」
するとディニタさんは俺に責めるような視線を向けた。
「いいですか? 今回はたまたま勝てる相手だったから良かったようなものの、無理だけはしないでくださいね? 私の責任問題にもなりますので」
「ごめんなさい、ついつい倒せそうだったので倒しました」
「まあいいですけどね……報酬に色を付けておきますよ」
そうして査定は終わり、ギルドの受付でコボルトの討伐報酬金貨百枚と、コボルトキングの討伐代金貨五十枚の計百五十枚をもらった。悪くない依頼だと思ったが、ディニタさんの評価はあまり上がらなかったようだ。勇敢な戦士というより向こう見ずなバーサーカーとでも思われたのかもしれなかった。
まあいいか、報酬はきちんと五割り増しでもらえたのだしな。
その日、町の酒場で飲んだのだが、一体何を飲んだのか記憶が飛んで、ついでに二十枚ほど金貨が財布から飛んだのだった。
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